2012年05月12日 12:00

たまたまこういう巡り合わせなのか、それとも日頃の私の不行状のせいなのか?
私自身は後者のような気がしてならない‥‥。
たとえ閉店していても“看板娘”の務めをする、勤勉なミイロ。

でもミイロの威圧感あるたたずまいは、看板娘というより用心棒のそれのように感じるのは私だけだろうか‥‥?
そんな彼女も時折、このような物寂しい表情を見せる。
いつもは気丈夫なミイロの、こんな様子を目の当たりにすると、私はつい彼女の過去の奇禍を思い出してしまう‥‥。

ミイロは元々飼猫だった。ところが一昨年の秋、此処へ遺棄されたのだ。
信頼しきっていたニンゲンの酷い裏切りに遭ったミイロの心に、刻まれた傷の深さを、測り知ることなど、私には出来ない。
ただし、これだけは断言出来る!
「ミイロ、命をゴミのごとく捨てる冷血なニンゲンなど早く忘れてしまえ。そんなヤツは、いつか必ず報いを受ける。たとえ現世を無難にやり過ごしたとしても、来世では生まれてきたことを後悔するような宿業に苦しむはずだ」と。
それに、そんな飼い主と暮らすより、船長さんをはじめとするお前を愛してくれる人が多くいる此処にいるほうが幸せだ‥‥まだ。

そこへアイがゆっくりと近づいてきた。
ミイロが何か気になるものを発見したようだ。アイも思わず駆けよる。

近づいてみると‥‥その場には相応しくない妙なモノが置いてある。
それは“おにぎり”だ。包装をしていないモノまである。
いったい誰が何のために、こんな所に置いたのだろう‥‥?

ともあれ、それらのおにぎりが、海岸猫の歓心を買うことはなかった。
アイが、いつものように体をすり寄せてきた。

シャムの血を継ぐ、この愛らしい猫が生粋の野良猫だなんて、私は未だに納得が出来ずにいる。
次に出会った海岸猫は、巨漢のシシマルだ。

私の接近に気付いているのに、悠然と毛繕いするところなんて、さすがはエリアのボスである。
でもこの偉丈夫な猫の性格は、見かけによらず温和で優しい。

そのシシマルの優しさを一番知っているのは、アイだ。
アイがシシマルにぴったりと体を寄せて、甘えはじめる。

するとシシマルは、アイを慈しむようにグルーミングをはじめた。
シシマルに身を任せ、うっとりと眼を閉じるアイ。

念のためにいっておくが、この2匹の海岸猫は血縁ではない。
シシマルとアイは以前から仲は良かったが、ここまでの親密性を見せるようになったのは、去年あたりからのような気がする。特にアイのシシマルへの思慕の念が強くなったような‥‥。

ところで、“血は水よりも濃し”というが、猫社会はいざ知らず、人間社会に限れば、私は素直にこの諺に賛同出来ない。
見よ、このアイの至福の表情を。

陶然としたアイの仕草からは、艶めかしささえ感じるほどだ。
その時、何かの気配を感じたのか、シシマルがついと顔をあげた。

シシマルの視線を辿ったら、独りぽつねんとうずくまったミイロがいた。
仲睦まじいシシマルとアイを見つめる元飼猫‥‥、その面持ちには、何か物思いにふけるような寂しさがある。
中断した毛繕いを続けてくれといわんばかりに、アイが嬌態を見せる。

と、またシシマルがカブリを振って、表情を硬くした。今度はアイも、同じ方向を見遣った。
シシマルの横顔からは緊張感が伝わってくる。

2匹の視線の先にいたのは、トラブルメーカーのシロベエ‥‥。
すると、シシマルはおもむろに体を起こして、シロベエに向かってゆっくりと歩きはじめた。

ところが、シシマルが道路に出てみると、シロベエの姿が消えていた。
シシマルの出現に怖気づいたのか、シロベエは物陰に身を隠している。その目には怯えと、ほんの少しの敵意が含まれているように感じた。

そこへミイロまでやってきて、シシマルと共にシロベエに警戒の目を向ける。
やはり、エリアの用心棒を自任しているのか‥‥?
ややあって、シロベエは物陰から出てきた。
そのまま2匹の前を通り過ぎようとしていたシロベエが、ふいに立ち止まった。

私には、シロベエがそのまま立ち去るかどうか、逡巡しているように見える。
やがてシロベエは、シシマルとミイロに向き合うようにうずくまった。
先日推察したように、シロベエは仲間に入りたいのだ。構ってほしいのだ。

が、シシマルとミイロのすげない態度を見て、シロベエは諦めたようだ。
思いを断ち切るように立ち上がると、静かに歩を進めはじめた。

前回もそうだったが、尻尾を垂らしたシロベエの後ろ姿には悲哀が漂っている。
そのシロベエを見つめるシシマルの表情は、あくまでも険しく、警戒心が緩むことはない。

不自由な後ろ脚を引きずりながら、とぼとぼと去っていくシロベエ。
去年シシマルは、右頬に顔の形が変わるほどの酷い傷を負った。加害者はおそらくシロベエ‥‥。

以来、シシマルはシロベエに対して、公然と敵愾心をあらわにするようになった。
誤解のないようにいっておくが、エリアの海岸猫たちはシロベエの脚が不自由だから嫌っているわけではない。私が見るところ、原因はあくまでもシロベエの側にあるようだ。

猫は遊びの一環として“じゃれ合い”をするが、シロベエの場合、途中で本気(マジ)になってしまうのだ。ニンゲンにもいるだろう‥‥、プロレスごっこをしている途中で、いきなりムキになってしまう無粋なヤツが。
ただし、シロベエが粗暴になったのは、不自由になった後ろ脚が少なからず影響を与えていると思われる。
未だ姿を見せない海岸猫を捜すため、私はエサ場を離れた。

途中、珍しい海岸猫と目が合った。人には決して心を許さない猫、茶トラだ。

以前同様、茶トラは胡乱な表情で私を睨む。目付きが更にきつくなったような気がする。
「お前の呼び名はとっくに決めているんだけど、発表する機会がなくて残念だよ」
私は敢えて見て見ぬふりをしていたが、エサ場からずっと尾行するヤツがいる。
‥‥ミイロだ。

用心棒の職務で、私を護衛しているのかもしれない。
私は違うエリアまで足を伸ばそうとしている。
だから、このままミイロを引き連れていって、よけいなトラブルなど起こしたくはない。
「ミイロ、付いてくるんじゃない。お前は自分の縄張りに戻るんだ」

しかしミイロは私の諫言を、あっさり無視した。そして今度は、水先案内人よろしく、私の前を歩きはじめた。
やがてミイロは立ち止まり、険しい表情を作った。

更に身をかがめて、警戒の姿勢をとるミイロ。
ミイロの視線が捉えていたのは、散歩中の犬だ。
でもむこうは、ミイロの存在など歯牙にもかけない様子で、黙々と歩いている。

ミイロは犬が通り過ぎても、固まったように姿勢を変えない。
犬が遠ざかったのを見届けると、ミイロは警戒心を解かないまま慎重に体を起こした。

以前、このエリアには、よくコジローが出張ってきていたのだが‥‥。

このエリアにただ1匹残ったキジ白は、すでに闖入者の存在に気付いていた。
私も闖入者であるが、彼女が警戒しているのは、同じ海岸猫のミイロだけのようだ。

ところがミイロのほうは、キジ白の存在にまったく気付いていない。
キジ白は上体をかがめ、ミイロの一挙一動を鋭い三白眼で凝視しはじめた。

まるでスナイパーのような目付きに、“デューク”と名付けたいのだが、メスには相応しくないので、迷っている。

ほかのエリアに来て、逆に警戒心が鈍麻したのか、ミイロは物見遊山でもしているように、のんびりと辺りを見回している。
〈次回へつづく〉
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