残された猫

2012年10月17日 09:00

私がいないあいだの湘南海岸に起こった変事は、海岸猫だけにとどまらなかった。
その情報をもたらしてくれたのは、久しぶりに会った猫おじさん猫おばさん夫妻だった。

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そのとき夫妻は、昨秋国道で交通事故死したボスの母親の世話を終え、同様に面倒を見ているほかの海岸猫のもとへ移動中だった。
ところが自転車で並走していた私を置き去りにして、ずいぶん手前の防砂林の脇道へと二人は入っていく。



私は慌てて二人のあとを追い「ここにも世話をする猫がいるんですか?」と問うたら、猫おばさんが「チビの世話を頼まれているの」と少し悲しそうに言った。
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「チビって、あのチビ太郎のこと?」と私が訊くと「そう、おじさんが病気になって小屋を出ていったから」と猫おばさんは答えた。
私はことの重大さに気づき、二人に同行して防砂林の中へ入っていった。



長靴おじさんの小屋を最後に訪れたのはミケが亡くなったときだから、もう2年以上の月日が経過していた。
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茶トラのチビ太郎‥‥、この海岸猫に会うのもその時以来になる。


元気にしていたことはグッドニュースだが、飼い主である長靴おじさんがいなくなったのは、この猫の行く末を思うとバッドニュースだ。
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そういえば、複数の人からチビ太郎らしき猫が数百メートル離れたほかのエサ場に出没していると仄聞していた。


おそらく空腹のせいで、食べ物を求めて遠くまで出ばっていたのだろう。
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ミケの存命中もよくエサ場へきて、サンマと何度も睨み合っていた。


真偽は定かでないが、飼い主の長靴おじさん曰く“茶トラのオスが一番喧嘩が強い”そうだ。
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でもこの海岸猫が、ほかの猫と取っ組み合いの喧嘩をしているところを目撃したことは一度もない。ひょっとしたら、チビ太郎の見た目の迫力に相手が怯んでいただけかもしれない。


不敵な笑いを浮かべているように見えるが、これがチビ太郎の常態である。
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当時、頻繁にミケとサンマのエサ場に来ては騒ぎを起こしていたので、少々手荒な方法で撃退したことがある。だからチビ太郎は、私にいい印象を持っていないはずだ。


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猫おじさんと猫おばさんは別の海岸猫に食事を与えるため、慌ただしく小屋をあとにした。


それにしても、いったいチビ太郎はいつから独りで暮らしているのだろう?
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また長靴おじさんはいつごろ快復する予定なのか、そしてここへ帰ってこられるのか‥‥、猫おじさんたちに肝心なことを訊けなかった。


「チビ太郎、久しぶりにだな。元気そうでなによりだ‥‥」
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チビ太郎は今年で7歳になる。
捨て猫だったチビ太郎は長靴おじさんに引き取られ、以来この小屋で一緒に暮らしている。



猫の平均寿命‥‥野良猫が4~6歳、家猫が10~16歳だとされているが、チビ太郎の場合、どちらの範疇に属するのか、はなはだ曖昧だ。
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ともあれ、これまでは家猫に近い境遇だったかもしれない、しかし今は違う。そして、これから先がどうなるかは、まったく分からない。


仔猫で拾われたチビ太郎は、その時すでに眼を病んでいた。
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おじさんの看病で病の進行は止まったが、眼には一生消えない傷痕が残った。


強面に見えるのはそのためで、彼自身も本意ではないはずだ。
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小屋に戻ったチビ太郎は、いきなり大きな鳴き声をあげた。一回、二回、三回と‥‥。その声音は、突然いなくなった長靴おじさんを呼んでいるのか、やけに悲しげに響いた。
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だが、いくら呼んでもおじさんの返事はない‥‥。
するとチビ太郎は、私の目にも分かるほど悄然としてうなだれた。



私はそんなチビ太郎にゆっくりと近づいていった。
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そして抵抗されるのを覚悟の上で、後ろからそっと手を差し伸べ、そのままチビ太郎の身体に触れた。


すると案に相違して、チビ太郎自ら私の掌に頭をすり付けてきた。
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「チビ太郎、おじさんがいなくなって寂しいのか?」


人の優しさを求めていたのだろう‥‥、チビ太郎はますます力をこめて頭をすり付けてくる。
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そんなチビ太郎を見ているうちに、不覚にも涙が溢れてきた‥‥。
チビ太郎のおかれた苦境、そしてそのチビ太郎を独り残して小屋を離れざるを得なかった長靴おじさんの心情を思ってのことだ。



ふと足もとに視線を移すと、愛称の由来となった長靴が置いてあった。
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長靴おじさんがこの長靴を履いて、再び生業である石鯛釣りをすることはあるのだろうか?


猫おじさんと猫おばさんは朝しかこの小屋を訪れない。
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そこで、保存の効くカリカリを置いていくことにした。


「おいチビ太郎、お前はさっき猫缶を食べたばかりだろう」
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結局、チビ太郎はカリカリをほんの少し口にして、食べるのを止めてしまった。
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どうやら味見のために試食をしただけのようだ。


虚空を見つめるチビ太郎‥‥。
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彼の脳裏に去来するものは、いったい何なんだろう?


「チビ太郎、時々様子を見に来るから、寂しいだろうが、辛抱しろよ」
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「そしてこれからは、ほかのエサ場へ行って、トラブルを起こしてくれるなよ」


私が去るのを察したのか、チビ太郎は見送るように小屋の前に佇んだ。
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こうして猫に見送られるのを、私は苦手としている。


彼らの気持ちを思い切なくなり、自分の無力さに後ろめたさを感じるからだ。
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私はやり場のない情動をその場に打ち捨てるように、小屋をあとにした。


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海岸猫と関わっていると、嬉しく感じることなど稀で、大抵の場合は辛く切なくなる。



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海岸猫たちの朝

2012年11月07日 22:00

明け方の湘南海岸‥‥。
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ランエリア
この春生まれたランの子チャゲは、すでに目覚めていた。

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そしてアスカも、エサ場から出てきて私を迎えてくれた。


人がそうであるように、猫も同じ親から生まれた兄弟であっても資質や性格はそれぞれ違う。
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チャゲとアスカ兄弟の性格の相違も徐々に分かってきた‥‥。


私との距離のとり方にも、その違いがすでに表れている。
チャゲは好奇心が強く積極的な行動をとる。対してアスカは慎重で消極的な子だ。

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チャゲは人慣れしていて、私が近づくといきなり地面に体を横たえ愛らしい仕草を見せる。


父親の性格が不明なので確かなことは言えないが、この人懐こさは母親譲りだろう。
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チャゲは甘えた鳴き声を発して、盛んに私に訴えかける。実に直截的な表現で、何を言いたいのか私にも伝わってくる。


ランの立ち振る舞いは落ち着きを増し、ますます母親らしくなってきた。
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でもランがまだ1歳にも満たない幼い猫であることを知っている私は、その変化に切なさを感じてしまう。


チャゲの訴えに応えて、さっそく朝食にした。
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早朝のこの時刻は、野良が一番腹が減っているころである。日中は複数のボランティアの人がこの子たちにエサを与えている。


仔猫たちの食欲は相変わらず旺盛だ。2匹は脇目も振らず一心不乱に猫缶を頬張る。
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よく見ると、まともに咀嚼しないで飲み込むように食道へ送りこんでいる。


先に猫缶を平らげたチャゲの視線はアスカのトレイに注がれている。
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そして、アスカがほかに注意を逸らした隙を逃さなかった。


しかしアスカは、そんなチャゲの暴挙を責めもせず、猫缶を仲良く食べる。
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そんな兄弟の食事風景を、私は微笑ましく、そして羨ましく眺めた。


食べ盛りの仔猫にはまだ足りないらしく、チャゲが缶に残った欠片を漁りだした。
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すると、それを見たアスカも缶の中に顔を突っ込み、缶の内側をぺろぺろと舐める。


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仔猫たちのために追加分をトレイに盛ったのだが、それへ最初に口を付けたのは母親だった。
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朝食を続けるのはランとアスカだけで、チャゲの姿はすでになかった。


周囲を見回すと、チャゲは防砂ネットの陰に身を潜めていた。
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私が名を呼んでも、もう近づいてはこない。理由は明瞭だ。腹が満たされたのでニンゲンに愛想を振りまく必然性が無くなったからだ。
それでいい、野良で生きていくには最低限の警戒心は必須だ。



結局、最後まで残ったのはランだっった。思えば、この猫もまだ育ち盛りなのだ。
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アスカもトレイから離れ、満足気に舌なめずりをしている。
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アスカのお気に入りの場所は防砂ネットの側だ。ここならネットの下を潜り抜ければ安全な防砂林へ逃げ込める。


ランもやっと腹が満たされたようだ。身体を起こし、おもむろに辺りを見回す。
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私はランに問い質したいことがある。他でもない、元のエリアに残してきた娘のユイのことだ。


父親が違うから残してきたのか、それともメスだから残してきたのか‥‥。
しかし当然ながらランからはっきりした理由を聞くことは出来ない。

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私は考える。ランとユイに元の母娘の絆を取り戻させる良い方法はないものだろうか、と。


私はラン親子に別れを告げて、別の海岸猫に会うため海岸沿いの道を東へ向かった。
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テント小屋に着いて名を呼ぶと、チビ太郎は小屋の中からおもむろに姿を現し、私の目の前で端座した。
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チビ太郎の様子と食器の状態から、今朝はまだ世話をしている猫おじさん猫おばさん夫妻が来ていないことが分かった。


ただ、たまたま私のほうが早かっただけで、いずれ夫妻はここを訪れるはずだ。かといって、いつ来るか分からない二人を待つことも、腹を減らしたチビ太郎をそのままにして立ち去ることも私には出来なかった。
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夫妻には今度会った時に事情を話せばいい。だいいち、こんなことで気分を損ねる人たちでもない。


長靴おじさんの話では、チビ太郎とミケは一時期ここで一緒に暮らしていたそうだ。ミケがボウガンの矢で首を射抜かれ、3ヶ月の入院治療を受けたあと、長靴おじさんが引き取ったのだ。
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ところがチビ太郎は成長するとミケをしつこく追い回すようになり、やがてミケ自ら別のエリアへ移ったと聞いている。


そしてその後もチビ太郎はミケのエサ場へ現れては、小さな諍いを起こしていた。
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ミケのエサ場に棲みついたサンマとチビ太郎が険悪な雰囲気で睨み合うのを目撃したのも一度や二度ではない。


だが何度記憶を辿っても、実際にチビ太郎が他の猫と喧嘩をしているところを目撃したことはただの一度もなかった。
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チビ太郎は相手が自分の姿に怯えるのを、ただ見つめていただけだった。


当時私にはチビ太郎の底意を知る由もなかったが、もしかしたらミケに特別な感情を持っていたのかもしれない、と今になって思うことがある。
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母として姉として慕っていたのか、それとも異性として心を寄せていたのか‥‥。


いまさらそんなことを質しても、この海岸猫は素直に答えてくれないだろう。
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「野暮なこと訊くなよ、終わったことだ」とはぐらされるのが関の山だ。


満腹になったチビ太郎はゆっくりと歩き始めた。
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そして発泡スチロールの上に座ると、遠くを見るような仕草を見せた。
チビ太郎が見つめている方向には、この防砂林の出入り口がある。



防砂林の側道に人の気配を感じ、主の長靴おじさんが帰ってきたと思ったのかもしれない。
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それからチビ太郎は、防砂林の出入り口を向いたまま微動だにしなくなった。


忸怩たるものがあるが、私はこの海岸猫にかける言葉を持ち合わせていない。
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ただチビ太郎の願いと私の願いが同じだということを伝えるしかない。
「チビ太郎、おじさんが早く帰ってくるといいな‥‥」



陳腐な私の慰めは、この野良の心情を1ミリも動かしていないだろう。
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だが、今の私に何が出来るというのか?
せいぜい時折訪ねてエサを与え、益体もない贅言をくりかえすことくらいだ。



そんな思いにかられている私をおいて、チビ太郎は小屋の屋根へ跳び乗った。
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私は慌てて後退りして屋根の上を見上げた。
チビ太郎は確かな足取りで屋根の頂まで歩んでいった。



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そしてそのまま屋根の反対側へ姿を消した。


小屋の裏へまわってみると、シートの切れ目からチビ太郎が顔を覗かせていた。
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笑っているように見えるが、むろん猫は微笑まない。この表情がチビ太郎の普通の状態なのだ。口吻の歪みも幼い頃に患った病気の後遺症だと思われる。


顔を引っ込めたチビ太郎は、ブルーシートをハンモック代わりにして身体を横たえた。
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あの場所は彼のお気に入りの場所なのだろう。おそらくずっと以前から。


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この道を通って、長靴おじさんが帰ってくる日は果たしてやって来るのだろうか‥‥?


私はさらに東を目指して自転車のペダルを漕いだ。何としても会いたい海岸猫がいるからだ。
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故郷から戻って何度も足を運んだのだが、タイミングが合わなかったようで、未だ顔を見られずにいる。


元気だということは仄聞しているが、やはり自分の目で確かめないと気が済まない。
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しかし今回も、以前と変わらずこのエリアにいるだろう僅かな証を確認しただけだった。


「今度来たときには元気な姿を見せてくれよ、ソックス」
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脚注
このハンドルネームはご本人からの申し出によるものです。


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11月10日。
郵便受けに入らないからと、配達員から直接レターパックを手渡された。

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表書きを見ると、送り主は大阪に住む友人の『大阪 Cat Story』の管理人桐生明さんだった。

中には壁掛け用のカレンダーと卓上用のカレンダー、そして前回の個展に出展された写真が入っていた。
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写真がカレンダーに採用されるようになってから、桐生さんはこうして毎年カレンダーを郵送してくれる。
「桐生さん、ありがとうございました!」

この猫カレンダーは全国の書店とネットショップで購入できます。
来年1年を愛らしい猫と一緒に過ごしたい方はこちらへ。



そして12月には、大阪で桐生さんの個展が開催されます。

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「大阪 リバーサイドキャッツⅡ 大きな橋の下の猫家族」
12月11日(火)~23日(日)。17日は定休日。
大阪・東三国の猫カフェ「キャッテリア クラウドナイン」にて。




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その数時間後、今度は宅配便が届いた。
部屋番号を確認した
宅配便ドライバーは「重いですよ」と言ってダンボール箱を私に手渡した。
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フタを開けると、中にはキャットフードがぎっしりと詰まっていた。
送り主は『always』の管理人であるダージリンさんだ。これまでもダージリンさんからは海岸猫のために何度もキャットフードが届いている。



その中に手提げ袋が入っていた。最初は小分けのキャットフードだと思ったが、違った。
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同封されていた手紙を読むと、それは私のためのドリップコーヒーだという。
私としてはありがたいやら恐縮するやらで、しばらく気持ちが落ち着かなかった‥‥。
「ダージリンさん、ありがとうございました!」


東方の異変 (前編)

2014年11月02日 22:00

ここ数年で海岸猫の数が減っていることは前回の記事で述べたとおりだ。

防砂林に点在するエサ場のなかに、10数匹の海岸猫が棲む “ 東のエサ場 ” というエリアがあった。

敢えて「あった」と過去形で表現したのには理由がある。

なんとなれば東のエサ場は “ 消滅 ” したからだ。

それも、たった1匹のオス猫のせいで‥‥。


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東のエサ場。
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私がエリアに到着した途端に、1匹の茶トラが何処からともなく現れた。


眼光鋭く私のことをねめつける茶トラ。
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そして、「ニャーッ!」と大きな鳴き声をあげた。


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この海岸猫の名は『 チビ太郎 』。
命名したのは、ブログ上で私が『 長靴おじさん 』と呼んでいるホームレスの男性だ。



チビ太郎は防砂林に作られたテント小屋で、長靴おじさんと一緒に暮らす “ 飼い猫 ” だった。
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しかしその長靴おじさんは病を得て、チビ太郎独り残して海岸から去っていった。
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そして冬が目前にせまった数ヵ月後、テント小屋は防砂林の管理者によって完全に撤去され、チビ太郎は飼い主に加えてねぐらをも失ってしまう。
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それでもボランティアの人に発泡スチロール製のねぐらを作ってもらい、毎日給餌されていたチビ太郎は自分のエリアにとどまっていた。
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その頃だ、長靴おじさんを待っているチビ太郎の姿が、度々見られるようになったのは。
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「チビ太郎、おじさんは病気になったから、もうここへは帰ってこられないんだ。これからお前は独りで暮らしていくんだよ」


しかし私が何度説明しても、チビ太郎は聞く耳を持たず、防砂林の入り口を見つめたまま動こうとはしなかった。
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チビ太郎はそうやって、長靴おじさんが戻ってくるのを信じて待ちつづけていた。

こうして自分のエリアで暮らしていたチビ太郎だったが、しばらく経つと、姿を見せないときが多くなった。

寂しさに耐えられず、長靴おじさんを捜しに出かけているのだろうか、と思っていた。

これが、2012年秋に起こった出来事だ‥‥。


ところがそれ以後、チビ太郎が東のエサ場で頻繁に目撃されるようになった。
ただしチビ太郎は去勢手術を受けているので、メス猫を求めて移動したわけではない。

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だからチビ太郎が長年住み馴れたエリアを離れて、なぜよそのエリアに出張っていたのか、その理由は分からなかった。


ちなみに、私がチビ太郎と会うのはほぼ1年ぶりだ。
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「チビ太郎、久しぶりだな。やっぱりココにいたのか‥‥」果たしてチビ太郎は私のことを憶えているだろうか?


チビ太郎は悠然とした足取りで近づいてきた。
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普通、猫がモノに身体を擦りつける行為はカワイイと感じるが、チビ太郎の場合はやや伝法な印象を受ける。


朽ちかけた柵に寄りかかると、チビ太郎はそのまま歩みをとめてしまった。
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チビ太郎がどういう行動に出るのか、私は離れた場所で黙って観察することにした。チビ太郎もまた、目を伏せて沈思している。


ややあってチビ太郎は柵から離れると、砂山を降りはじめた。
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周囲に視線を巡らせながら、チビ太郎はゆっくりと私のほうへ近づいてくる。


そして私の脚に体を擦り寄せてきた。
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チビ太郎は私のことをちゃんと憶えていてくれたのだ。


「なあチビ太郎、あの話はホントなのか‥‥?」私はチビ太郎の顎をつかみ詰問した。
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「お前がここに棲みついたせいで、ほかの猫たちがいなくなった、というのは」
しかしチビ太郎は固く口を閉ざして何も言わない。



冒頭で述べた “ たった1匹のオス猫 ” とは、このチビ太郎のことだ
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かつて10匹以上いたエサ場はチビ太郎の出没をきっかけにして、徐々に機能しなくなり、ついには “ 消滅 ” してしまった、と仄聞している。


知人の話だと、ここに長年棲んでいた海岸猫たちは、1匹残らず四散したそうだ。
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私も面識がある、ここの猫たちの世話をしていたボランティアのKさんという女性もまた、それがために海岸へ来なくなったという。


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しかしそんなことが実際にあるのだろうか、と半信半疑の私は実際に自分の目で確かめようと思い、ここにやって来たのだ。


この海岸猫は多少気分屋のところがあるが、人懐こい性格を持っている。
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私が1年近く海岸を離れていた間に、いったいこのエサ場で何が起こったのか、チビ太郎には訊きたいことが沢山あった。


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さっきまでの青空はにわかに立ちこめた霧に覆われ、空と海を分かつ水平線も模糊としてきた。


私はエリアをゆっくりと歩きながら、ほかの海岸猫の姿を捜し求めた。
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しかし目を凝らしてネット越しに防砂林の中もさぐってみたが、猫の影すら視界に入ってこない。


やはりこのエリアにはチビ太郎しかいないのか‥‥。
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にわかに信じがたいが、チビ太郎ひとりのために、このエリアの海岸猫たちが居なくなったという話は信憑性をおびてきた。


ここがこのエリアのエサ場だ。
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水入れは残っているが、水が入っていない。それにいつも置いてあった陶器製の食器がすべて無くなっている。


エサ場としての役目を終えているという話は本当のようだ。
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とすれば、新たな疑問が湧いてくる。


「チビ太郎、お前は誰の世話を受けているんだ?」
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チビ太郎が誰かに食事を与えられているのは明らかだ。でないとココ(海岸)で野良猫は生きていけない。


Kさんが海岸猫の世話をしなくなったのなら、いったい誰が‥‥。残念ながら私にはその人物について、まったく心当たりがない。
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少なくとも見た目は可愛げのない強面の野良猫の世話をするからには、それなりの思い入れがある人だろう。


以前より体重が減って体が一回り小さくなっているが、それはその時分が太りすぎていたからで、体型としては今が標準に近い。
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試しに猫缶を与えてみたが、食べ方を見る限り飢えている様子はうかがえない。


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食料事情は良好なようだし、チビ太郎の健康状態もまた、良好のようだ。


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以前なら猫缶を開ければ、その匂いに誘われて数匹の海岸猫が姿を見せたのだが、その気配は、もはやどこからも感じられない。
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チビ太郎がこのエリアの猫たちをすべて駆逐してしまったという話、信じるしかなさそうだ。


「ねぐらもあって十分な食事を与えられていたのに、何が不満で元のエリアを離れたんだ。なあ、おいチビ太郎?」だが、やはりチビ太郎は黙してなにも語ってくれない。
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長靴おじさんと長年暮らしたテント小屋を、ニンゲンの手によって壊された光景がトラウマとなっているのだろうか。


チビ太郎の顔貌の印象を決定づけている爛れた目だが、これは仔猫のときに眼病に冒されたせいだ。
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長靴おじさんの治療の甲斐があって、病は悪化することなくその進行をとめた。これは長靴おじさんから直接聞いた話だ。


チビ太郎と私との付き合いは長く、初見は2009年11月で、当ブログを開設してから1ヵ月目のことだ。
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長靴おじさんから年齢も聞いたはずだが、あいにく失念してしまった。ただ記憶の断片から推し測ると8、9歳にはなっていると思われる。


2年前まで “ 飼い猫 ” 状態だったとはいえ、海岸猫としては長命である。
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チビ太郎が元気でいてくれたのは嬉しいのだが、彼のためにこのエサ場を追いやられた海岸猫のことを思うと、私の心境はかなり複雑になってくる。


しかしこの状況をニンゲンが介入して元に戻すことはできない。たとえ元のエリアに連れ帰しても、チビ太郎はすぐにここへ舞い戻ってくるだろう。
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それに今回の一件でチビ太郎を一方的に責めることはできない‥‥。


ニンゲン社会と同様に、野良猫も力のある者が勝者となる『 弱肉強食 』の世界に生きているのだから。
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加えてチビ太郎もまた、ニンゲンの都合で置き去りにされた犠牲者なのだ。


私は未だかつてこのエリアで、海岸猫が身をさらして寝ている光景など一度も見たことがない。
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豪胆というか、肝が据わっているというか、とにかくこの海岸猫はそうとう図太い神経を持っているようだ。
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考えてみれば、これくらいの胆力がないと、ひとつのエリアを壊滅させることなど出来はしない。


さらに東へ行ったところに、もう一箇所消滅したエサ場がある。

そこには私の大好きな海岸猫がいたのだが‥‥。


〈次回へつづく〉



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