猫探索

2011年07月21日 06:00

早朝5時‥‥。
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実家の老犬の朝は早い。そして、この日は私の目覚めも、また早かった。


そこで、いつもより早く老犬を連れて散歩に出かけることにした。
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朝日に染まる老犬の表情は、相変わらず物悲しい。
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こんな長閑な風景を目の前に、いったい何に怯えているのか?この犬が抱えているトラウマも根が深そうだ‥‥。


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此処は前回の記事でも紹介した故郷の町を縦断する川の河口付近‥‥。
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遠くを見やると、フェリーがゆっくりと航行しているのが目に入った。
海はすぐそこにあった‥‥。



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淡水と海水がせめぎ合っているこの場所を、川と呼ぶべきなのか、それとも海と呼ぶべきなのか、私には分からない。


私の故郷の海岸線はすべてコンクリートで固められている。
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そのため、砂浜と呼べるところはどこにもない。


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私には、目の前の海が“大きな水溜り”にしか見えない。


この故郷の海に慣れ親しんだ記憶を、私は何ひとつとして持っていない。
だから‥‥。

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私にとっての海は、湘南の海しかないのだ。そのことを、今回の帰省ではっきりと認識した。



町の北に位置する漁港。
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この船でもっていったい何を獲るのか、私は知らない。


今は引き潮なのだろう‥‥、水路の奥は干上がり、船底を晒した漁船が砂地に取り残されていた。
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隘路‥‥、そう呼ぶに相応しい道に区切られて、漁師町の家々は肩を寄せ合うように建ち並んでいる。
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人がやっと擦れ違える迷路のような路地に私は足を踏み入れた。
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家の中に人のいる気配はするが、通りに人影はない。
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そよとも風が吹かない日盛りだ‥‥、よほどの用事でもない限り外に出る気が起きないのは解る。
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解るが‥‥、動くモノがまったくない静止画のような光景は、私の目にやはり奇異に映った。


漁師町の中ほどにある社。
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樹齢何十年もありそうな木々の葉が日差しを遮り、暑さを凌ぐには絶好の場所なのだが‥‥、境内はひっそりと静まり、生き物の気配すらしなかった。


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私は、水路を挟んだ対岸へも足を運んだ。


こちら側は漁師町ではなく、普通の住宅街だ。
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瀟洒な家が建ち並ぶ一角にも人影はなかった。


猫が潜んでいそうな場所を探しながら歩き回ったが、結局私の視界はその影すら捉えることが出来なかった。
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猫の子一匹いない漁師町‥‥。
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否、私に言わせると、“猫が一匹もいない漁師町”

「いったい‥‥、猫は何処へ行ってしまったんだ?」



時間帯が悪かったのかもしれない‥‥。

今回、私が漁港を訪れたのは日盛りの時刻だった。
こんな時は、猫たちも涼を求めて物陰に避難していた可能性が高い。

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ということで、暑さが和らぐ夕刻に再度漁港へ赴くことにした‥‥。



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元海岸猫二題

2011年07月15日 06:00

チャチャさんから写メールが届いた。

それには、ツバサ改め“チビタ”が写っていた。
チビタ11-01
猫風邪治療中のチビタは顔の数倍もあるエリザベスカラーを装着している。しかしその表情を窺うと、幸せそうに笑みを湛えているようだ。


次の写真は別の日に撮られたチビタの昼寝シーンだ。
よく見ると、エリザベスカラーが更に大きなモノに換わっている。
チビタ11-02
チャチャさんのメールによると‥‥、飲薬と目薬の効果で眼の具合が良くなり、医師から許しが出てエリザベスカラーを外したところ、自分で引掻いてまたすぐ悪化させたため、病院で再びカラーを着けられたそうだ。
ともあれ、あのまま海岸にいたら、こんな治療は受けられなかったことだけは確かだ。





チャチャさんからのメールとほぼ同時に、はやま風銀さんからもメールが届いた。


そのメールには懐かしい“新入り猫”の近影が添付されていた。
去年の9月に、船宿エリアから旅立っていったこの子は言わばチビタの先輩にあたる。

かぼず11-01
はやま風銀さんの仲介により、横浜に住む里親さんへ貰われた新入り猫は“カボス”と名付けられ今は家猫として暮らしている。
しかし、未だ里親さんに体を触らせぬ頑なな態度を貫いているという。そんなカボスに対して里親さんは「カボスはすごく可愛い」と言って、触れる日を想って首輪を何個も買っているらしい。
そして少しずつではあるが、カボスが心を開く兆しを見せていると、里親さんははやま風銀さんに語ったそうだ。



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我が故郷を東西に分かつ清流。
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何の漁に使うのか分からないが‥‥、小舟が4艘ひっそりと浮かんでいる。


此処は磯の香がするほど河口に近い。川幅も広く、流れも緩やかだ。
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川向こうの彼方に、故郷の山々が連なっているのが遠望される。
私がこの町を離れて30有余年‥‥、町は少しずつ、しかし確実に変容しているが、それでもこの山河だけは、往時の面影を留めている。



私は、その川沿いの堤を1kmほど遡った。
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その川に架かる橋の上から川面を見つめているみすぼらしい雑種犬‥‥、実家で飼っている愛犬だ。


物忘れが酷くなった母にこの犬のことを訊いても要領を得ないのだが、11、2歳だと推察されるこの老犬、元は捨て犬だったそうだ。たまたま通りかかり、仔犬だったこの子を拾ってきたのだと、母は言う。
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更に母は、それまでにずいぶんと苛められていたらしいと言った。だからだろうか、今でも常に何かに怯えている。
この泣き出しそうな表情もこの犬の常態であって、けっして私の所為ではない。






さて、実家に帰ってから2週間余りが経った今、私は奇妙な想いに囚われている。


老犬の散歩、歩行が困難な母に代わっての所用、父との面会と、外出することも少なくないのだが、その際に猫の姿を見ていないのだ。
そう‥‥、ただの一度も。

行く手を横切る影や、物陰からこちらを胡乱げに見つめる視線に一度や二度は遭遇してもよさそうに思えるのだが。
家猫、野良猫に拘らず私の故郷には1匹の猫も外にいないということなのだろうか‥‥?

猫がいない町。

このことを意識するようになった私は、胸騒ぎに似た妙に落ち着かない気分を味わっている。

そこで私は、漁港へ赴くことにした。
漁港と猫‥‥、この組み合わせは全国共通‥‥、否、世界共通であると思えるからだ。

漁港
この“猫探索”の模様は次回の記事に譲ることにする。


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ご報告

入院直後に危篤状態に陥った父でしたが、医師の懸命な治療といくつかの僥倖のお陰で、自立呼吸が出来るまでに回復しました。

ただ、肺の奥深くに溜まった痰を摘出するための手術を来週受けることになり、その効果が表れるのに2ヶ月を要するとのことです。
また心臓にも疾患が見られることから、しばらくはICUでの治療が継続される予定です。

父のことがあり、所期の目的であった私の静養は隅へ追いやられました。
このことが私の精神にどのように作用するのか分かりませんが、今は静かに父の回復を待ちたいと思います。

今回の一連の私事に対して多くの方からコメント(鍵コメ含め)、ことづて、メールなどで温かいお言葉を頂き感謝しています。
この場を借りてお礼申し上げます。
管理人:wabi




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