ニューエリアの猫

2012年06月26日 12:30

早朝の海岸に着き、風景を撮影しようとした私は、いきなり名を呼ばれた。
目を遣ると、そこにいたのは、声の主であるゆきママさんと、ゆきパパさんだった。

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「いつもここまで散歩に来るんですか?」と訊くと、今朝は涼しいから、いつもより足を伸ばしたの、とゆきママさんは言った。


確かに、空を覆った灰色の雲のせいで、今朝は暑さが和らいでいる
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その曇天の下、ぜひとも確認したいことがあって、私はあるエリアを目指した。


郷里から帰宅してしばらく経った頃だったから、4月の初旬だと思う‥‥。
まだ海岸猫たちの顔を見る心境ではなかった私は、dodoさんとTさんに会うためだけに海岸へ赴いた。

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その途中、1匹の若いキジ白と遭遇した。
キジ白が現れた場所は、今までに海岸猫が棲みついたことのないエリアだった。



そのキジ白のことが酷く気がかりだったが、それ以後、姿を見ることはなかった。
それでも、海岸へ行くたびに、ついそのエリアで足を止めてしまう。

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そうして、この日も“ニューエリア”の前で立ち止まり、防砂林の中を窺った。


すると、1匹のキジ白が足早に歩み寄ってきた。
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以前会った猫が、このキジ白だったのか‥‥、正直いって、私は確信が持てないでいた。


この子も若く、同じように人懐こい。が、どこか印象が違っている。
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それに、かのキジ白はそのとき、明らかに妊娠していた。時期を考えると、すでに出産を終えているはずである。


目の前のキジ白も、またメス猫で、身体の大きさなどから、まだ1歳になっていないと思われる。
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とはいっても、猫は生後半年もすれば、受胎が可能なので、このキジ白が“妊娠猫”だった可能性も否定出来ない。


前述したとおり、このエリアはこれまで海岸猫がいない“空白のエリア”だった。
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ところが、『海猫伝説』の管理人であるまるこめさんから、このエリアで新顔の猫を7匹確認したという情報を直接得た。


おそらく、ほかの猫はこのキジ白の眷族だろう。120531-07.jpg
「それはそうと、お前は何処から来たんだ?」
あり得なくはないが、7匹同時に遺棄されたとは考えにくい‥‥。



ニューエリア近くには、国道の下を横断する隧道が、完全な形で現存している。
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海岸を安住の地にしようと、街猫がこの隧道を通り抜けてきたのかもしれない。
しかし、猫にとって海岸は楽園でもユートピアでもない、
野良である限り、何処に住もうが、厳しい生存競争が待ち受けているだけだ。



若いというより幼いといったほうが相応しいこのキジ白も、何かを追い求めて、眷族ともども海岸へやって来たのだろうか?
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このとき、キジ白の表情が、にわかに険しくなった。
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まるで射るような視線を、ゆっくりと巡らせている。


どうやら、私の後ろを何者かが通り過ぎたようだ。その気配は、私にも伝わってきた。
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予想したとおり、それは散歩中の犬だった。


猫と犬は元来仲が悪くない。特に幼い頃から同居させて、仲良くしている例はいくらでもある。
仲の悪いたとえとして“犬猿の仲”という言葉はあるが、“犬猫の仲”という言葉がないのがその証左だと、私などは思っている。

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だから、この幼い海岸猫が犬を警戒するには、やはりそれなりの理由があるはずだ。


これまで異種である犬との接触を殆ど経験していないか、敵視する、なにがしかの出来事があったのだろう。
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海沿いの道は、様々な犬種が行き交い、朝夕などさながらドッグショーのようだ。


「キジ白よ、一つ教えておいてやる。お前より多少体格が大きいくらいの犬が相手なら、喧嘩に負けることはない」
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「ついでに、もう一つ教示しておくと‥‥、“逃げるが勝ち”という教えどおり、無用な争いなどしないほうが賢明だ」


「お前が、母親ならなおさらだ。お前に不測の出来事があれば、乳飲み児は餓死するしかないぞ」
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私の話を理解したのか、キジ白はおもむろに防砂林のほうへ向かって歩みはじめた。


ところが、いきなり踵を返すと、足早に近づいてきた。
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そして、甘えた鳴き声を上げながら、私の脚に体をすり寄せてきた。


なかなか離れようとしないキジ白を誘うように、私は防砂林の中へ足を踏み入れた。
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私の後を付いてくるキジ白に尋ねた。「お前の家族もこの防砂林にいるのか?」


だがキジ白は、その問いかけには答えず、物寂しい表情を見せた。
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そのとき、私の目に留まったのは、被毛から顔を出している乳首だった。
「すると、あのときのお腹の大きなキジ白は、お前だったのか‥‥」



とすれば、この近くに仔猫がいるはず‥‥。だが、巧妙に隠しているので、簡単に見つけることは出来ない。
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それに、仔猫は一様に警戒心が強く、母猫以外の鳴き声に反応しない。


仔猫の居場所を知っているのは、この幼い母猫だけだ。
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当然のことながら、私が居場所を訊いても、絶対に教えてはくれないだろう。


私はそれから、防砂林の中を見て回った。
といっても、仔猫の居場所を探ったわけではなく、居たと聞いているほかの猫の姿を求めてのことだ。

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しかし、防砂林の中で動くものといえばカラスばかりで、1匹の猫も発見出来なかった。
まるこめさんが確認したという猫たちは、一体何処へ行ったのだろう?



物哀しい面持ちのキジ白は、相変わらず何も応えず、ただ佇んでいる。
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もしかしたら、このキジ白は出産したせいで、ココへ独り残されたのかもしれない。


そう考えると、やたらと人懐こいことや、こうして見せる悲哀漂う表情も説明がつく。
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私は、何とかしてこの子の実情を知りたいと思った。


このエリアには、シートで作られた住居が数軒点在している。
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私は、“家を持たない人”を特別視しないし、忌避もしない。
それは、私にとって“車を持たない人”や“高級ブランド品を持たない人”と同義だからだ。



ブルーシートをタープ代わりに張った下は、ちょっとした社交場の様相で、3人の男性が歓談していた。
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いつの間に先回りしたのか、キジ白が男性の足許で寛いでいた。


い、いや、違う。この猫はさっきまで一緒にいたキジ白ではない!
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顔も似て、体の大きさもおっつかっつだが、被毛の色が違っている。


全体的に毛色が薄いのだ。茶の面積が広いといったほうが適確かもしれない。
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更によく観察すると、尻尾の形状も異なっていた。長さが同じでも、この子のは丸く巻いている。


このとき、私は心の中で「あっ!」と驚嘆の声を上げた。
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このキジ白も、子供を産んでいたのか‥‥!


やがて、ずっと胸中にあったわだかまりが、徐々にほぐれてきた。
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「そうか、お前だったのか‥‥、あの日、大きなお腹を抱えて私にすり寄ってきたのは」


そこへ、さっきのキジ白も姿を現した。
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ココの住人に話を訊くと、この2匹は姉妹だと言う。
容姿からすると、同じ父親を持つ双子だと断定しても差し支えないだろう。



記事を書くのに煩瑣なので、さっそく呼び名を決めることにした。
毛色の濃いキジ白を“リン”

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そして、毛色の薄いキジ白を“ラン”と命名した。
私と同世代の読者なら、名前の由来をすぐに察するだろう。



共に母親、授乳のために栄養をつけなければならないので、揃って食欲は旺盛だ。
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住人の話によると、出産したのはリンのほうが先で、仔猫の数は4匹だったそうだ。
ただ、ランが何匹の仔猫を産んだのかは、まだ分からないと言う。



食事を終えたランは、男性に抱かれてご満悦の態である。
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男性の目を嬉しそうに見つめるラン‥‥、何とも心温まる光景だ。
前回の記事にも書いたが、やはり猫が一番心安らぐ場所は人の膝の上である。



このシーンに、私の拙いキャプションは邪魔になるだけだ。
ランの表情を見ているだけで、きっと何かを感じるだろう。

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一方、リンはというと、まだ食事の真っ最中だ。
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腹を空かせた4匹の可愛い子供のために、リンはひたすら食べる。


やがて、やっと満腹になったのか、リンは用意されている水を飲みはじめた。
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リンとランは、ココの人たちに可愛がってもらっているようだ。


テーブルの上には、いつでも食べられるようにカリカリも置かれている。
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しかし、今は2匹だが、いずれ仔猫を含めた大所帯になるのだ‥‥。


「ラン、お前の子供は何匹いるんだ?」と、つい訊きたくなる。
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更に住人から話を訊くと、確かに以前はこのエリアにリンとランの親兄弟も一緒に暮らしていたが、ある日突然、2匹を残してほかへ移動した、と言う。


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想像したとおり、リンとランは子育てのために、自らココへ残ったのだ。自身もまだ親に甘えたい年頃なのに、だ。


いとま乞いをした私を、リンが名残惜しそうに途中まで追ってきて、見送ってくれた。
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いかにも儚げな幼い母猫の姿を見ていたら、私は胸がいっぱいになった。
だから、思わず声をかけた。「頑張れよ、お母さん‥‥」



家路についた私の心は沈鬱だった‥‥。
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それでなくても、よく眠れないのに、この日はリンとランのことが頭から離れず、なかなか寝つくことが出来なかった。



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待っている猫

2012年06月15日 06:00

娘の膝の上で寛いでいる猫‥‥、元海岸猫で名を風(ふう)という。我が家の愛猫だ。
ゴールデンウィークの初日4月28日に行方不明になり、そして10日目に入った5月7日夕刻に無事保護した。これは、その直後のスナップだ。

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失踪時より少し痩せていたが、健康状態は良好だ。
行方不明期間は9日と3時間、その間どこで何を食べていたのか‥‥今もなお謎のままだ。



さて、先述したとおり、この猫は“海岸猫”だった。
そして私とこの猫との出会いは、2008年の秋に遡る‥‥。



2008年11月3日、1匹の茶シロの海岸猫が姿を現すと、長い尻尾をくゆらせながら、ゆっくりと近づいてきた。
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その頃、私もこの海岸猫を2、3度目撃したことがあったが、いずれも何者かに追われて、防砂林の中を脱兎のごとく疾走しているのを垣間見ただけなので、まともに対面したのはこの時が初めてだった。


その後も1週間に1度くらいの頻度で顔を合わせるうちに、警戒心も解けたのか、茶シロは徐々に私との距離を縮めてきた。
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そのうちに、眼の前でこんな仕草を見せるようになった。
仄聞したところによると、この年に海岸へ姿を見せるようになった新参者だという。
つまり、この茶シロは人の手により遺棄された“捨て猫”だったのだ。



それなのに、人を慕うボディランゲ-ジで愛嬌を振りまく茶シロが、私は愛しく思えてきた。
当時この猫に魅了されていたのは私だけではなかった‥‥。あるブロガーが、每日のようにこの海岸猫の写真をブログに掲載していたのだ。

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そのブロガーの名はdodoさん
私がこのブログを始める際に範として倣った『SURF RESEARCH』の管理人だ。
その頃の茶シロの様子を紹介しているページはこちらこちら



私は、今でもはっきりと憶えている。
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2008年12月6日の夕刻の海岸は寒風が吹き荒ぶ、凍えるほどの寒さだったことを。


寒風に逆らって海岸沿いの道を西へ向かっていた私は、路傍の枯れ草の中で体を縮め、寒さに耐えている茶シロの姿を発見した。
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私は足早に歩み寄ると、躊躇うことなく茶シロを上着で包み込むように抱きしめた。しばらくそうしていたら、腕の中からゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきた。
その時、私の心は決まった。



私は、茶シロを上着の内側に抱いたまま、自宅に連れ帰った。
風の強い日に保護したので、“風(ふう)”と名付け、そして家族の一員にした。

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海岸に遺棄されるまでは飼猫だったと推察される風も、すんなり我が家に融けこんだ。
猫トイレや爪研ぎ器の使い方などを、完璧に体得していたので、受け入れる家族の心証も良かった。



しかし、何の前触れもなく風が姿を消したことで、dodoさんのように心を痛める人たちがいたことを、その時の私には知る由もなかった。
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海岸散策を夕刻から早朝に変更してdodoさんと知り合い、風のことを報せるまでには、その後1年近くを要した。
このように、ある人たちからすれば、海岸猫が理由もなく、突然姿を消したように見える。



船宿エリアに限っても、カポネ、クロベエ、シズク、マサムネ、コユキが行方知れずになっている。
かつては10匹以上の野良猫が暮らしていた“西のエサ場”などは、徐々にその数を減らし、ついには1匹を残すだけになった。

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最近このような出来事に関して、妙な噂が私の耳に入るようになった。
「悪意ある人の手により捕らえられた」とか「猫盗り業者が駆除した」とか「関西の業者が三味線用に捕獲した」等々‥‥。



が、よく訊いてみると、目撃情報を得たわけでもなく、ただ“可能性”をいっているだけに過ぎないようだ。
本人がどう思おうと勝手だが、根も葉もないことを吹聴するのは止めたほうがいい。
そんな裏付けもないことをいう度に、自身がいかに皮相的で短絡的な人間であると喧伝しているようなものだからだ。

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原則的に、私は実証される事柄だけを、記事にしているつもりだ。
ちなみに、私が風を保護したように、海岸猫の世話をしているボランティアの人たちが複数匹の海岸猫を引き取っているのは、事実だ。



さらに、私は会っていないが、実はタビにはソックスとタイツのほかにもう1匹娘がいる。
その海岸猫は、私も知るOさんという男性に保護され、その後、家の引っ越しに伴い、今は関西で暮らしているのも事実である。

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このエリアを担当するボランティアのA夫妻は、私が伝えるまで事の顛末をまったく知らなかった。
最近、防砂林に住まう人からも、キャリーバッグ持参で海岸猫を保護している場面の目撃談を聞いたばかりである。
‥‥思えば、ミケやサンマの場合も、実情を知らない人からすれば、いきなり行方不明になったと感じたことだろう。



かといって、消息不明の猫たちの多くが幸福になっていると思うほど、私は楽観論者ではない。
(自他共に認める、悲観論者だ)
要するに、海岸猫が行方不明になる理由は一様ではなく、最悪な結果ばかりを考えるのはあまりに狷介だと言いたいのだ。


“石橋を叩いて渡らない
これは、周りの人が私の性格を婉曲にいい表すときに使う言葉だ。むろん褒め言葉ではなく、多分に揶揄が含まれている。
直接的にいうと、物事に対して、弱腰とか煮えきらないとか、とにかく思いきりが悪いのだ。

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最大限良くいって、用心深く無理をしない“慎重派”、ということらしい。
そんな私が、ゴールデンウィークの初日に、愛猫を散歩させようと思い立ったのだ。



慎重派の私は、万が一にも逃げないよう、愛猫にリード付きのハーネス‥‥所謂ハーネスリードなる物を装着させ、コースも人通りの少ない住宅街を選んだ。
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元海岸猫の風が、ハーネスリードを付けるのは今回が3回目。
過去2回もそうだったが、今回もハーネスリードに慣れないのか、風はそわそわと落ち着かない。



前から杖をついた老女が近づいてきたので、私は歩みを止めると、リードをたぐり寄せて、風を足許に座らせた。その際、それまで手首に通していたリードの輪を、つい外してしまった。
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そして‥‥、老女が我々の眼の前を通り過ぎた瞬間だった。風が渾身の力を込めてダッシュしたのは。


リードは私の手から、いとも簡単にもぎ取られた。
私は心の中で舌打ちした。「猫の瞬発力の凄さは知っていたはずなのに‥‥!」

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風は闇雲に疾走した。私は急いで後を追ったが、時速70キロで走れる能力を持つ猫に追いつけるとは思っていなかった。


それでも私は、高をくくっていた。
リードをしたままだし、私と風との信頼関係に自信を持っていたからだ。

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風は民家の門扉の下から中に潜り込むと、建物の陰に隠れてしまった。
庭にいた住人に尋ねると、門と反対側のフェンスを越えて隣家へ行ったと言う。



私は踵を返すと、いったん表通りに出てから、その隣家へと急いだ。
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そして見当をつけた路地に入って、風が越えたというフェンスを目指した


私は、目当ての民家が近づくと、風がいつ現れても対応できるように歩度を緩めた。
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風が越えたのは、おそらくあのフェンスだ。


と、その時、駐車場の車の下にうずくまる茶シロの猫を発見した。
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私は、てっきりそれが風だと思い、車の下から出てくるように促した。ところが、やがて出てきたのは、同じ毛色の違う猫だった。


自分の勘違いで無駄な時間を費やしてしまい、私は大きく嘆息した。
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私は再び踵を返すと、表通りへと目を遣った。


時間的には、この道路を横断していても不思議ではない。
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しかし、比較的交通量の多いこの道路を、リードを引きずったまま渡るだろうか?
ましてこの地区は、風にとって土地勘がないところ‥‥。



私はその道路を渡らず、最後の目撃地点を中心にして、猫が隠れそうな場所を捜すことにした。
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だが、目にするのは違う猫ばかりで、肝心の風の姿を見つけることが出来ない。
この時点で、私は完全に風を見失ってしまった。そして、すぐに捕獲できるだろうと高をくくっていた自信はすでに雲散していた。



次に、パニックに陥った猫が安心して身を潜めるようなところ‥‥つまり、人があまりいない場所を、範囲を広げて入念に見て回った。
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そして、住人らしい人を見かけると、「黄色いリードを付けた猫を見ませんでしたか?」と訊いてみたが、目撃情報を得ることは出来なかった。


物陰に隠れていたとしても、長さ1メートルほどのリードなら目立つはずだが‥‥。
風は、最初に侵入した家の住人に目撃されてから、まるで蒸発したように姿を消してしまった。

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結局、この日は捕獲するどころか、姿を見ることも出来ず、また有力な目撃情報も一切得られなかった。


次の日からは早朝から深夜まで数回、捜索範囲を広げて風を捜しつづけた。
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ところが3日経っても、目撃情報すら得られず、やむなく市役所、警察署、保健所、保護センターと、考えられる全ての機関に猫失踪の届け出をした。
黄色いリードを付けたままなので、すでに保護されているのでは、と期待したが、どこからもそのような情報は寄せられていなかった。



家族も時間が空いた時に捜索に加わってくれたが、やはり数人での捜索には限界がある。そこでチラシを作ってポスティングすることにした。
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次の日から、捜索と並行して迷い猫捜索のチラシをポスティングしていった。
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私としては、藁にも縋る気持ちで、一軒一軒ポスティングをつづけた。


失踪現場近くの『下山動物病院』、『そば処久月』、『サークルK』は人目につく場所へチラシを掲示してくれた。
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この3枚の貼紙に、どれほどの効果があるのか、その時は分からなかったが、悲観に傾きかけた私の心を立ち直らせる効果は大いにあった。


さらに失踪現場を中心にして、目立つ場所へ数枚のチラシを自ら貼り付けた。
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逃走のキッカケを作った当人として、風と再会するためなら、出来ることは何でもやろう、という気持ちだった。


すると3、4日経った頃、ポスティングされたチラシを見たSさんという男性から、風らしき猫を近隣の駐車場で目撃したという電話をもらった。
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時間帯を変えて、何度かその目撃場所付近を捜索したが、発見には至らなかった。


その電話を最後に、風の目撃情報が入らない日がつづいた。
もしかしたら、私が考えているより遠くへ行ってしまったのかもしれない‥‥。

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これは、ポスティング済みの家を印した地図。
ともあれ、私はこの地図を真っ赤に塗り潰すまでは捜索をつづけるつもりでいた。



にしても、いったい何枚のチラシを印刷したのだろう‥‥?
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具体的な枚数を調べる気などないが、カラーインク3個とブラックインク1個のカートリッジを使い切ったことは分かっている。この直後に、ブラックインクを交換)
ランニングコストが安い古いプリンターで助かったが、そうでなければインク代で破産するところだ。


それからも、範囲を少しずつ広げながら、連日捜索をつづけた。
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捜索途中で住人とおぼしき人を見ると、チラシを手渡しながら、風のことを尋ねた。


だが、リードを付けた茶シロの猫を見たという人と遭遇することはなかった。
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そうして、あと1時間で失踪から10日目に突入しようとした時だった‥‥1本の電話がかかってきたのは。


それは、私がポスティングしたチラシを見た女性からの電話だった。
「たった今、この猫ちゃんが近所の空家の庭にいるのを見ました。チラシを持っていって確認しましたから、間違いないと思います」

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私は電話を切ると、現場へ急行した。
すると、雑草が繁茂した庭に、見覚えのある縞模様の尻尾が揺れているのが見えた。
その瞬間、風に間違いないと、私は確信した。



ところが、近づこうとすると、風は身を翻して空家の床下へ潜り込んでしまった。
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エサを置いて離れると、床下から出てきてそれを口にするのだが、距離を縮めようとすると、すぐに身を隠す。
そこで、風の気持ちを落ち着かせるために、しばらく離れたところから様子を見ることにした。



そこへ、電話をくれた女性、Iさんが様子を見に来てくれた。
話を訊くと、チラシを見る数日前に、やはりこの空家の庭で目撃したときの風は、途方に暮れた様子で、「私は、これからどうすればいいのかしら、という感じでしたよ」とIさんは言った。

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Iさんは、風を目撃した後、わざわざ貼紙のあるサークルKを訪れ、風が保護されたかどうかを確認してから、私に電話をしてくれたのだ。


この空家‥‥、猫が身を隠すには絶好の場所だと思ったので、当初は何度か覗いていたが、三毛の野良猫を一度見ただけだったので、やがて捜索対象から外していた。
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風は床下から時々顔を覗かせるものの、私が名を呼んでも外へ出てこようとしない。
3年半で培った、風との信頼関係は、私の一方的な思い込みだったのか‥‥。



「そんなはずは、ない!」
私は疑心を振り払うように、床下の通気口へ足早に近づいていった。

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そして今度は、エサで誘う姑息なことはせず、床下にいる風に声をかけた。
「風、ゴメンな‥‥、辛い思いをさせて」私はとにかく、風に謝りたかった。



慣れないハーネスリードを装着させたこと、土地勘のない場所に連れ出したこと、さらに風の考えを察することが出来なかったことを。
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しばらくすると、風は床下から出てきて、私から5メートルほど離れた場所に端座した。
それからも、私はただひたすら風に謝りつづけた。



すると、今度は風が、まるで喋るように鳴きはじめた。
9日間自分がどんなに寂しく辛かったか、そしてどうして、もっと早くココへ来てくれなかったのかと、私を諌めるような抑えた口調で、風は話しつづけた

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風の言うことは、もっともだと、私も自責の念を覚えていた。


一般論として‥‥、
山で遭難したら、闇雲に動くことは愚挙である。徒に体力を消耗し、滑落などの危難に遭う可能性も高くなるからだ。助かりたければ、一所にじっとしていることだ。
そして、救助隊が来るのを信じて待つのが最良の選択である。



風は動物の勘で、その最良の行動をとっていたのだ。
何故かって‥‥、
空家の前、ここが私がリードを離してしまった、正にその現場だからだ。

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風は待っていたのだ。私が現場に戻ってくることを信じて‥‥9日間ずっと独りで。
土地勘のない風にとって、それが最良で唯一の方策なのに、私はそれを察してやることが出来なかった。



いったい、風と向い合ってどれくらいの時間が経ったのか‥‥?
やがて、風のほうから徐々に近づいて来ると‥‥、ついには私の脚に体をすり寄せてきた。

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私は、その体を両の手でしっかり抱きながら言った。「風、おかえり」と。


結局、発見から保護まで4時間を費やしたが、私は充足感と虚脱感がない交ぜになった妙な気分だった。冷めた興奮状態といえば分かってもらえるだろうか。
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それにしても、簡単に外れる首輪はまだしも、ハーネスリードも無くしているとは‥‥。
これでまた、謎が一つ増えてしまった。



私が海岸で保護するまでの環境がそうさせるのか、元海岸猫の風は猫缶などのウェットフードを口にしない。
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カリカリ以外の好物は、かつぶしとシラスである。
日頃は身体のことを考えて、少し与えるだけだが、今日は特別、いつもより多めに奢ってやった。



私を振り切って失踪してから9日と3時間、風はやっと安息の場所に戻ってきた。
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どんな柔らかなクッションやどんな厚い絨毯より、猫が一番心安らぐ場所は愛する人の膝の上である。


帰宅してから数日後‥‥。
失踪事件などなかったように、風は以前と同じ風情で窓の外を眺めている。

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その面持ちは穏やかで、空家の庭で見せた切迫した相貌とは明らかに違っていた。


私はそんな元海岸猫を見て、改めて思い知らされた。
猫はやはり、信頼し合っている人の側で暮らすのが一番幸せなんだ、と。

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今回の出来事を経験して、私はまた、猫に学ばせてもらった。
気ままですげなく見える猫は、犬に比べて飼い主への情愛が薄いと考えるのは誤っている。



表現が違うだけで、猫だって、飼い主への思いは強いのだ。
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ここにも、飼い主が迎えに来てくれるのを辛抱強く待っている猫がいる。


この赤トラは、おそらくこの場所で飼い主と別れたのだろう。
でないと、人目につくこんなところに身を晒している理由は、ほかに考えられない。

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私は前回口ごもったことを、はっきりと言い切った。
「赤トラよ、お前の願いは叶わないぞ。お前は、信じていたニンゲンに、ゴミのように捨てられたんだ」



「そんな血も涙もない極悪非道なヤツをいつまで待っているつもりなんだ?いい加減に諦めて、安全な防砂林の中で暮らしたほうがいいぞ」
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私は、この猫に会うたびにやるせない気持ちになる。そして、心の中で涙を流し、同じニンゲンとして謝りつづけている。


波音を子守唄にして眠っている赤トラは、どんな夢を見ているのだろう?
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願わくば、夢の中では愛する人の側で安らかにしている赤トラであってほしい‥‥。


付記
保護当日以外の写真は、記事制作のために、後日撮影しました。
(黒枠の写真を除く)



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赤トラの真意

2012年06月03日 11:00

この日私は、久しぶりに早朝の海岸へ足を運んだ。
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遥かに富士が遠望される。この季節、富士は靄に隠れてめったに姿を見せない。
これを吉兆だと思いたいが、“好事魔多し”ということも考えられる‥‥。


海岸には、白い波頭を立てて大きな波が打ち寄せている。
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この波は、サーファーにとって間違いなく吉兆であり朗報だ。


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海岸には、波が起こす海鳴りが響きわたっている。


その波音に負けじと、大きな鳴き声をあげる猫がいた。
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最近海岸に棲みついたニューフェースだ。


仄聞したところによると、5月の初旬にこの場所へ現れ、以後そのまま居着いたという。
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被毛の種類は、茶トラより“赤トラ”と呼んだほうが適切かもしれない。
ちなみに性別はオスで、去勢手術の痕が認められる。



持っていたカリカリを与えると、赤トラはがつがつと食べはじめた。
食器が置いてあるからには、食事の世話をしている人がいるわけだ。

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この時も、一人の女性が現れ、食事している赤トラを見ると「あんまりあげてもねぇ」といって立ち去った。


そして、所在無さそうに海を眺めているこの男性も、話を訊くと赤トラにエサを与えるために海岸へ来たという。
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悄然とした男性の後姿を見ていると、何だか自分が酷く悪いことをしたような後ろめたさを感じてしまう。
猫にエサを与えて、こんな思いに囚われたのは初めてである。



人目につく場所にいるからということもあるが、この猫が多くの人に愛されている理由は、それだけではないようだ。
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僅かな間しか接していない私にも伝わってくる、懐こく穏やかな気質のせいだろう。


さらには、この猫が抱えるバックストーリーを感じ取っているからだと思われる。
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その人馴れした様子から、最近まで飼猫だったことは、誰が見ても瞭然としている。


そして、飼猫がいくら迷ったとしても、こんな場所へ自ら来ることなどあり得ない。
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「お前も、酷薄なニンゲンの手によって、ここへ遺棄されたんだろ‥‥」


そんな目に遭っても、人を毛ほども警戒しない猫の姿に接するたびに、私は暗然とした気持ちになる。
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いくら最近まで飼猫だったとはいえ、こんな目立つ場所に居つづける赤トラの真意を理解できない読者も少なくないだろう。


過日、行方不明になった愛猫と数日後に再会を果たした私には、ある程度推察できる。赤トラの秘めた決意が‥‥。
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散歩中の犬が側に来ても、逃げることも敵意を見せることもなく、泰然と構えている。


たとえ元飼猫だとしても、この大胆不敵な態度は驚嘆に値する。
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体の下に前足を折りたたんだこの座り方は、一般的に“香箱座り”などと呼ばれ、無警戒で相当リラックスした証である。何故なら、危険が迫った場合、この体勢では瞬時に動けないからだ。


よしんば、この犬なら襲ってきても、たやすく逃げ切れるという自信の表れかもしれない。
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あるいは、元の家で、犬と同居していた可能性も考えられる‥‥。


そんな赤トラを、スマホでローアングル撮影する男性。
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ちょこまかしない赤トラは、被写体としても人気があるようだ。


この男性も猫好きなのだろう、撮影を終えると、赤トラを優しく撫ではじめた。
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赤トラも、その男性の行為に応えるように歩み寄ると、足許へうずくまった。


猫自身も、その人が自分にどういう感情持っているかを、敏感に察知する。
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朝陽を浴びて、輪郭を際立たせた眼の前の情景に、私の心は和んだ。


そこで私は男性に、顔をぼかす条件でブログへの写真掲載の許可を申し出た。
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すると、そのブログ知ってますよ。この間、迷い猫の捜索願いが載っていたでしょ、と男性はいった。
さらに、「顔を出してもいいですよ」と快諾してくれた。



この場を借りて、改めてこの男性に謝意を述べたい。
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ブログへの写真掲載の件もだが、寄る辺ない赤トラに優しく接してくれていることへの感謝だ。


海辺は、サーファーの数がにわかに増えてきた。
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海から目を戻すと、先ほどの男性の姿はなく、赤トラがぽつねんと佇んでいた。
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時刻は6時半を過ぎ、会社勤めの人がそろそろ海岸から引きあげる頃だ。


だが、赤トラはいくら優しくされても、人の後を追おうとはしない。
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その潔い態度に、私は改めてこの猫の真意を垣間見た気がした。


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やがてベンチにいた人たちも次々と立ち去り、赤トラと私だけが残された。


私が感知した赤トラの真の願い‥‥、本来ならそれが叶うことを祈ってやりたいのだが‥‥。
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「お前のその願いは、おそらく‥‥」


‥‥私はこれ以上、赤トラの心情に踏み込むのをやめた。
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お前の真意を見通したなんて、私の思い上がりだ‥‥きっと。


第一、先のことなど誰にも分からないし、この世は何事も起こり得るのだ。
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私は自分にそう言い聞かせながら、海岸を後にした。



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