海を眺める猫

2012年08月28日 06:00

湘南海岸‥‥、早朝。
120610-01
滅多に姿を見せない大島が、今朝は輪郭もくっきりと水平線に端座している。


眠れぬまま、まだ夜も明けきらぬ時刻に家を出たので、海岸に人影は疎らだ。
120610-02


いつもは寝ていることが多いサブが、珍しく目覚めていた。
120610-03
だが、訪れた私に視線も送らず、目の焦点も定まらぬ惚けたような顔をしている。
「ひょっとして寝起きなのか‥‥?」



“ベンチ猫”などと呼んでいるけれど、実際にサブがベンチの上にいるのを、私はまだ見たことがない。
120610-04b
そこで、誰もいないし、ベンチの上で食事をさせようとしたのだが‥‥、


サブは文字通り借りてきた猫のように、ただじっと佇むだけだ。そして険しい表情で前方を凝視している。
120610-05b
さっきから、私の姿を認めたカラスが、仲間を呼ぶために盛んに鳴いているが、それが気になりでもするのだろうか?


仕方なくベンチの下にトレイを移すと、サブはやっとエサに口を付けた。
120610-06b
この新参の海岸猫、寝相は大胆なくせに、妙なところで神経質だ。


ちなみに、カラスは人の顔を識別することが出来る。
120610-07b
このエリアのカラスに私も顔をしっかりと憶えられたようで、キャットフードを出す前から防砂ネットの上に陣取り、虎視眈々と隙を窺っている。


サブが食事を中断し、つと顔をあげた。
120610-08b
そしてエサをほとんど残したまま、トレイから離れてしまった。


この時刻、既に誰かから食事を与えてもらったのだろうか?しかしベンチの周りに、前回あったはずの食器類が見当たらないのだが‥‥。
120610-09b
そういえば、最近ベンチ下に置いてある器が、何者かに持っていかれると聞いている。軽いものならカラスが咥えて持ち去る場面を、私も数回目撃したことがあるが、重い陶器の器も何度か無くなっているのを不思議に思っていた。


おそらくこの場所で野良猫に餌付けすることを快く思わない猫嫌いのニンゲンの仕業だろうが、それならエサ遣りさんに面と向かって抗議をすればいいのだ。
120610-10b
そんな度胸もなく陰険で姑息な行為を繰り返す卑怯者には、怒りを通り越して憐憫すら感じる。


サブが不意に立ち上がり、ゆっくりと歩きはじめた。
120610-11b
その歩調は、この猫の性格を表すように、飽くまでも悠々としている。


サブはテラス横の階段を降りてしまった。浜に出て、いったい何をしようというのか‥‥?
120610-12
ややあって、サブは階段状のブロックの上を海に向かって歩を運びはじめた。


初めは用を足すためかと思ったが、それならばもっと近くに適当な場所があり、サブ自身もそこを利用している。
120610-13
サブの不可解な行動に私は好奇心を覚え、後を追うことにした。


サブを観察していると、何かを探している様子である。やはり用を足す場所を求めての行動なのか‥‥?
120610-14


波消ブロックから砂浜に降りたサブは、なおも海に向かって進んでいく。
120610-15
そして波打ち際まで来たサブは、歩を止めると湘南の海を眺めはじめた。


最近まで飼い猫だったサブは、海岸に遺棄されるまで“海”というものを知らなかったはずだ。
120610-16-17
サブは、その海を眼前にして何を思っているのだろう?


波がサブのすぐ側まで打ち寄せる。
体が濡れるのを極端に嫌う猫は、海に入ろうなどとは考えない、普通なら。

120610-16
やはりサブは海を、そして海の怖さを知らないのだと、私は認識を深めた。


海を眺めながら、しばし逡巡していたサブだったが‥‥、
120610-17
ついに諦めたと見えて、踵を返してこちらへ向かってきた。


120610-18
サブはしかし、私のいるところまで戻って来てもなお未練がましく海を見つめている。


そして、まだ何かを希求しつづけている風情のサブ。
120610-19
これまでのサブの不審な行動から、私は推測を試みることにした。


用を足す場所を求めての行動でないことは、既に明らかだ。
120610-20
初めからサブがその気なら、とっくに用を済ませているはずである。


サブは落胆した様子で、海岸沿いの道路を見あげると、
120610-22
さっきのルートを辿るように、とぼとぼと歩きはじめた。


その後ろ姿には、何かなし悲哀が漂っている。
120610-23
サブを見送っていたその時、私の考えはある憶説に行き着いた。


「そうだ、そうに違いない。海の何たるかを知らないサブは、だからあんな行動をとったのだ」
120610-24
「サブ、しばらく待っていろよ。お前の欲しがっているモノを持ってきてやるからな」


私はサブにそう言い残して、海岸沿いの道を、ある場所へと急いだ。
120610-25


これは公共の給水栓。
飲み水を補給したり、サーファーが砂まみれの身体を洗うために使われている。また、防砂林に住まう人たちにとっての、生活水でもある。

120610-26
私は、持参していたペットボトルに水を注ぎ入れた。


そしてサブのところへ取って返すと、トレイになみなみと水をついでやった。
120610-27
するとサブは、顔をトレイに突っ込まんばかりの勢いで水を飲みはじめた。


やはり喉が渇いていたのだ。それで、“大きな水溜り”である海の水を飲もうとして波打ち際まで行ったのだ。
120610-28
よほど喉が渇いていたのだろう、サブはひたすら水を飲みつづける。


一瞬たりとも休まず、ただ一心不乱に水を飲む、飲む‥‥、飲む‥‥。
120610-29
ついにはトレイの水が残り少なくなってきた。


やがてサブは、トレイの底に水を僅かに残して顔をあげると、満足げに舌舐めずりをした。
120610-30
ようやく人心地(猫心地)がついたのか、私にすり寄ってくると、そのまま足許にうずくまった。


ところがサブは、すぐにまたトレイに駆け寄って、僅かに残った水を舐めるように飲みはじめた。
私は急いでペットボトルから水を注ぎ足してやった。

120610-31
サブは、その水をさっきより幾分余裕を持って飲みつづけた。


尋常ではない喉の渇き‥‥。いったいサブは、いつから水を飲んでいなかったのだろう?
120610-32
いつもなら水の入った器が置いてあるはずである。
サブにとっては命の水ともいえるその水を、器ごと持ち去ったニンゲンの行為がこうして小さな命を脅かすのだ。



サブだって好きこのんで、ココに居つづけている訳ではない。
ココは、この猫が遺棄された現場‥‥、つまり飼い主と最後に過ごした場所だ。

120610-33
だから、サブはその飼い主が戻ってくるのを信じて、ココで待っているのだ。
そんなサブにどんな罪があるというのか?罪があるのは、彼を遺棄した酷薄で身勝手なニンゲンのほうだろう。
そして、あろうことか同じニンゲンが、なおも追い討ちをかけるようにサブを虐げているとは。
いったい、ニンゲンって‥‥。



サブがまた、水の入ったトレイに近づいていった。
120610-35
「サブ、好きなだけ飲みな。無くなったら、また持ってきてやるから」


ニンゲンに裏切られてもなお、サブはニンゲンを慕いつづける‥‥。
120610-36
犬と比べて気ままな猫は、忠義、忠節などを持っていないと一般的に思われているが、それは大きな誤解で、ただ猫が犬より自立心が強いというだけだ。


120610-42


ちょっと目を離した隙に、サブは眠りに就いてしまった。
120610-37c
それにしても前回に引き続いて、何ともはや大胆不敵な寝相である。


あまりの無防備ぶりに、見ているこちらが不安になってくるほどだ。
120610-38
近くに住む猫好きおじさんが立ち寄り、やはりサブを心配そうに見つめる。


120610-43


ベンチには誰もいなくなり、サブと私だけが残された。
私の目の前で、サブは相変わらず大胆な格好で眠っている。

120610-39
“夢寐(むび)にも忘れない”という慣用句があるが、叶わぬ願いなら早く忘れたほうが楽になる。


が、それを今のお前に求めるのは酷かもしれない。
120610-40
私も含めて、何人もお前を苦しめる権利など持ってはいないのだから‥‥。


120610-41


於・昼なお暗い郷里のネットカフェ



ブログランキングに参加中
気に入って頂けたら下のバナーをクリックしてください
にほんブログ村 猫ブログ 野良猫へ
いつも応援ありがとうございます

スポンサーサイト
関連記事

姉妹猫

2012年08月23日 09:00

ある早朝の湘南海岸‥‥。
120601-01


私がエリアに到着するやいなや、リンが出迎えてくれた。ランにはそこまで私を歓待する気はないようだ。
120601-02b
今朝は、途中で出会った猫好きおじさんと一緒にエリアを訪問した。
さっそく愛想をふりまくリン。



今はこうして人馴れしているが、ここに現れた当初は警戒心が強くて、手懐けるのに苦労したと、防砂林に住まう人が話してくれた。
120601-03b
トレイにカリカリを盛ると、ランもいそいそと駆けつけてきた。現金なやつだ。
この2匹、朝食はすでに小屋で貰っているはずだ。



リンは4匹の仔猫の母である。
120601-04b
子供らに乳を与えるためには、まず自分自身が栄養を摂る必要があり、だからいくら食べても腹が減るのだろう。


ランも、リンのすぐ後に仔猫を産んだと聞いている。
120601-05b
ただ、生まれた仔猫が複数匹というだけで、正確な数はまだ判明していない。


猫好きおじさんが見守るなか、脇目もふらず黙々と食べ続ける姉妹猫。
120601-06
思えば、この母猫たちもまだまだ食べ盛りの幼い猫なのだ。


「たくさん食べて大きくなれ。そして、海岸の過酷な暮らしにも屈しない体力を付けるんだ」
120601-07


シメは、姉妹猫の好物である“焼かつお”だ。
120601-08
ランがすぐさま、かつおに食らい付く。


私が2つ目の封を開けるのに手間取っている間に、匂いを嗅ぎつけたリンがランのかつおを奪おうとしている。
120601-09
姉妹に諍いが起こらぬよう、リンにも急いでかつおを与えた。


焼かつおをあっという間に平らげたリンを、猫好きおじさんが優しく撫でる。
120601-10
私の脚に、ランが甘えた声をあげてすり寄ってきた。もっとかつおをちょうだい、と訴えているのだろう。


猫好きおじさんは、本来こんなところで油を売っている暇はない。
生業である空き缶集めのため、これから自転車で海岸を一日かけて回るのだ。

120601-11b
そのおじさんを、リンとランが視線だけで見送る。


120601-13


やがてランが、やおら防砂林の中から出てきた。
120601-14
そして、草むらに鼻先を突っ込み、何かを探しはじめた。そこは、さっきリンが焼かつおを食べていた場所だ。


そのランの様子を、リンがじっと見つめている。
120601-15
おそらくリンも、ランの行動の目的が分かっているのだろうが、その表情からは何を思っているのか読み取れない。


ランはやっと、目的のモノを見つけたようだ。
120601-16
おそらく、それはリンが食べ残した焼かつおの欠片だろう。リンは焼かつおがよほどお気に入りのようだ。


ランが食べるのを中断し、ついと顔をあげた。
120601-17
その面持ちはいつになく真剣で、耳をそばだて防砂林の中を凝視している。
何かに意識を集中している様子だ。



すると、ランは体を起こして、急ぎ足で防砂林の中へ入っていった。
120601-18
怪訝に思った私が後を追うと、ランは立ち止まった。


そして、その場に留まったまま、私を顧みた。
120601-19
意味ありげなランの行動に誘われて、私はランの側に歩み寄った。


ところがランはそわそわと落ち着かず、明らかに行動をためらっている様子だ。
「私に遠慮することはない。お前には行くべきところがあるんだろ」ランの気持ちを察して、私はそう言った。

120601-20
私の言葉を理解したのか、やがてランは防砂林の奥へ向かって歩を進めはじめた。


途中で私のほうを振り返り、ランは「ニャアーッ」と一声鳴いた。別れの挨拶か、それともこれ以上追ってくるなと警告しているのか‥‥?
私の感得したところ、この鳴き声には後者の意味が含まれているようだ。

120601-21
それを裏付けるように、私が留まっていると、ランはその後二度と振り返ることなく、足早に私から離れていった。
猫の聴力は、人は勿論のこと犬よりも優れていて、音の発生場所の特定や識別の能力は極めて高い。
ランはさっき、子供たちが自分を呼ぶ声を聞いたのだ。



一方リンは、というと、私の傍らで所在無げに佇んでいる。
120601-22
そして、いきなり大きなアクビをした。


「リン、お前にも腹を空かした子供たちが待っているんだろ‥‥。早く行ってやったらどうだ」
120601-23


だがリンは、私の忠告など意に介さず、草むらに体を横たえて寛ぎはじめた。
120601-24


振り返ると、ランの姿はどこにもなかった。
120601-25
ランは、この防砂林の人目に付かない安全な場所に、子供たちを巧妙に隠している。


リンはその後も、私にまとわり付き、側から離れようとしない。
120601-26
こういう態度をとられると、私の心はつい揺れ動いてしまう‥‥。


そんな波立つ自分の心を誤魔化すため、再びリンに焼かつおを与えた。
120601-27
無心にかつおを頬張るリン。


その姿を見ていると、この子もまだまだ幼い猫なのだ、と改めて思い知る。
120601-29
「でも、今のお前には母親という大切な務めがあるもんな‥‥」


やがて、私が海岸を離れる時間が迫ってきた。
120601-30
「リン、また来るからな‥‥」リンの体を撫でながら、私は別れの挨拶を告げた。


リンも自分の立場をよく心得ていて、エリアから出てまで追ってくることはない。
120601-31
そんな諦観した態度を見せられると、こちらが切なくなってしまう。


と、その時、リンの表情が一変した。
120601-32b
にわかに厳しい目付きになり、それまでの幼い顔貌が消え失せた。


そして踵を返して、防砂林の中へ戻って行く‥‥。リンもまた、子供たちの声を聞いたのだろう。
120601-33
ところが、リンは途中で立ち止まると‥‥、


帰り支度をしている私に再び近づいてきた。
120601-34
そしてリンは、私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
こんな風に見送られると、私の心の揺れは益々大きくなってしまう‥‥。



私は後ろ髪を引かれる思いで、エリアを後にし帰途に就いた。

120601-35


途中、ベンチ猫のサブのところへ立ち寄ってみた。
120601-36
サブは警戒心ゼロで爆睡していた。


野良猫がこんな場所で、こんな格好で寝ることは普通あり得ないのだが‥‥。
120601-37
どうやら、食事を終え、満腹になったので睡魔に誘われるまま眠ってしまったようだ。


私が近づいても、サブに目を覚ます気配は微塵も感じられない。
120601-38
猫も人と同じように夢を見るし、寝言も言う。


サブは今、どんな夢を見ているのだろう‥‥?
120601-39
捨て猫のサブが楽しい夢を見ていることを願いつつ、私は静かにその場から離れた。


120601-40


付記
今回の記事は、帰省前に途中まで編集してあったものを故郷のネットカフェで仕上げました。



ブログランキングに参加中
気に入って頂けたら下のバナーをクリックしてください
にほんブログ村 猫ブログ 野良猫へ
いつも応援ありがとうございます


関連記事