姿を消したベンチ猫

2012年09月28日 16:00

1ヶ月半振りに訪れた湘南海岸‥‥。
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私の眼前には、未だに夏の名残りが色濃い湘南の海が広がっている。


そんな湘南海岸の景色が、テレビも観ない新聞も読まない、という世間に背を向けたような生活を実家で送った私にはことのほか新鮮に感じられた。
ちなみに私は、ロンドンオリンピックの映像を全く観ていない。

今回の帰宅は、母が全快したからではなく、症状が小康状態になり、また私自身の検査、診察もあるためで、あくまでも一時的なものだ。来月には再び帰省することになっている。



そんな私がまず訪れたのは、実家にいても常に気になっていたベンチ猫のサブのところだ。
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しかし、ベンチの側にサブの姿はない。
そこで、サブが好んで身を隠していた波消ブロックを中心に念入りに捜してみたが、サブの姿は何処にもなかった。
私は、嫌な胸騒ぎがした。



別のエサ場で、初対面のエサやりさんが話しかけてきたので、サブのことを訊いてみた。
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すると、その女性もサブのことを知っていて「1ヶ月ほど前に姿を消した」と言った。
さらに「あの場所は、夏は毎日のようにバーベキューや花火をしたりで騒がしかったから、それで他の場所へ移ったんじゃないかしら」と、持論を述べたてた。


しかし‥‥、と私は訝った。
それくらいのことで、頑迷とも思える一途さで飼い主を待っていたサブがあの場所を離れるだろうか?



翌朝も私はサブのいたテラスへまず最初に足を運んだ。
だがやはり、サブの姿は何処にも見えず、誰もいないベンチはひっそりとしていた。

120905-04.jpgベンチの周りには食器ひとつなく、またエサを与えている形跡もなかった。


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知人数人にサブのことを尋ねてみたが、答はやはり、異口同音に「1ヶ月ほど前から姿を見なくなった」というものだった。


ここに至って私は、サブがもうベンチが置かれたテラスを離れたのだと認めざるを得なくなった。
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「サブ、お前は何処へ行ったんだ?他のエリアへ移動したのか、あるいは心優しい人に保護されたのか、それとも‥‥」


私の脳裏にはサブと関わった2ヶ月余りの情景が次々と浮かんできた‥‥。


初夏のある日‥‥。
夜来からの雨は小降りになっていたが、初夏の雨はまだ冷たい。それでもベンチから離れないサブ。

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おそらく一晩中ベンチの下で雨の凌いでいたのだろう。しかし、このベンチは雨を完全に防いではくれない。サブの全身はしとどに濡れていた。
体が濡れるのを厭う猫だけに、サブの愚直なまでの忠義に心打たれる。



だが、やはり濡れそぼった身体が冷えるのか‥‥、
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サブは私の脚に体を擦り付けると、そのまま私の足許にうずくまった。


サブの身の安全を考え今まで発表しなかったが、実をいえばサブは“家”を持っている。
誰の手によるものなのか私は知らないが、テラス近くの防砂林の中に猫ハウスが置いてある。

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私は今までにいくつかの猫ハウスを見たが、その中で一番大きくて最も堅牢なハウスだ。なのに、サブは頑なにこのハウスへ入ろうとしない。


サブの気持ちを推察するに、ハウスの中では、もし飼い主が戻ってきたとき自分の姿を認めてくれないのではと危惧しているのだろう。
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「でもなサブよ、たとえハウスの中にいても、飼い主がお前を本気で連れ戻す気があれば捜してくれるはずだ。心配せず雨の日はハウスに入ってな」


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やがて雨が上がったので、エサを与えてみた。
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すでに食事をしたのだろうか、サブは飢えた様子もなくゆっくりとした調子でカリカリを口に運ぶ。


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やはり腹はそんなに空いていなかったようだ。


そうしているうちに、再び雨が落ちてきた。
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サブはベンチの下へ身を隠したが、ベンチの構造上、雨粒が容赦なく頭上から滴ってくる。
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「お前をして、そこまで待ちつづけさせる元飼い主とはどんなニンゲンなんだ?何度も言うが、お前を裏切り、こんな殺風景な場所へ遺棄したヤツなんだぞ。それでもお前は今でも慕っているというのか!」


サブの毛は雨滴を吸い、さらに逆立ってくる。
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お前を見るたびに、人などとても敵わない猫の強さとニンゲンの弱さ身勝手さを感じさせられる。


サブはベンチ下での雨宿りを諦め、私に歩み寄ってきた。
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そして、さっきより執拗に濡れた体を私の脚に擦り寄せてきた。


こうやっていつまでもお前を守っていたいのだが、そう出来ない事情が私にはある。
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非情なヤツだと誹られても、甘受するしかない。「ごめんな、サブ‥‥」


それからも頑強なまでにベンチから離れようとしなかったサブだったが、やがて少しずつその行動に変化が表れはじめた。


数日後‥‥。
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サブは相変わらず懐こい態度で、人を慕いつづけている。


だがこの頃より、サブの行動に明らかな変化が見えはじめた。
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それまでは四六時中、ベンチの側に居座っていたのだが、時折ベンチから離れるようになったのだ。
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前回の記事で、嫌がらせで食器を持ち去るニンゲンがいることを述べたが、そのことと関係があるような気がする。


サブはテラスから、階段上になったブロックの上に跳びおりた。
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そして、そこに静かに体を横たえた。


サブのこの行動を目撃した私は、ある推測をたててみた。
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テラスにはいたくないが、そこからあまり遠くには離れたくない、とサブは考えているのではないだろうか。


その原因は、私が懸念していたように、食器を持ち去ったニンゲンが業を煮やして直接サブに矛先を向けたからかもしれない。
120906-23.jpgそれから、私は以前から感じていたのだが、エサやりさんにも問題がある。
使い終わった食器を置きっぱなしなのだ。
人目につかない防砂林のエサ場ならそれも許されるが、ここは市民の憩いの場、やはり水の入った食器だけ置いて、あとの食器は持ち帰るべきだ。



そういうことが遠因で辛い思いをするのは、結局野良猫たちなのだから。
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野良猫にエサを与えるのにも、守るべきルールは厳然としてあるのだ


サブの身の上に何が起こったのか、目撃していないので本当のところは分からないが、私の推測は大きく外れていないと思っている。
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ともあれ、身勝手なニンゲンたちの行為がこうしてサブをテラスから追いやってしまったことは間違いない。


「サブよ、それでもお前は飼い主が戻ってくると信じて、今までどおりここで待ちつづけるのか?」
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私はそんなサブに、これ以上いう言葉をもう持ち合わせていない。


それから、さらに数日後‥‥。
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エサを食べた形跡はあるが、サブの姿は見えない。


そこで私は、サブの姿を求めて砂浜に下りることにした。
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私は見当をつけて、波消ブロックのほうへ歩いていった。
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いた‥‥、サブだ。
テラスから数十メートルも離れた波消ブロックの間からひょっこりと姿を現した。



サブに近づくために、私は砂浜に置かれた波消ブロックを大きく迂回した。
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「サブ、こんなところにいたのか」
名を呼ぶと、サブのほうから近づいてきた。



それにしても、テラスからずいぶん遠くへ移ってきたものだ。
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何かを訴えるようにサブは鳴いたが、残念ながら私には理解できない。


ただ、ベンチの側にいられない事情が出来しただろうことは、容易に想像できる。
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ベンチの側で無防備な姿態を晒しているサブを、何度も目撃した私としては、ここにいるほうが安心ではある。


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ただこのことは取りも直さず、元飼い猫のサブが“野良猫”としての自覚を持った証左だから、それはそれで切ないことだ。


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それから私はしばらく、サブと初夏の湘南の海を眺めて過ごした。


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私が海を眺め油断していた隙に、サブが膝の上に跳び乗ってきた。
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サブを膝に乗せたのは初めてだし、私の記憶が正しければ海岸猫を膝に乗せるのは2年前に病死したミケ以来だ。


人慣れした海岸猫でも、なかなか膝の上には乗ってこない。
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おそらくサブは飼い猫時代に、こうして人の膝に乗っていたのだろう。そのひとときは、サブにとってもニンゲンにとってもこころ和むときであったはず‥‥。


やがてサブは、私の膝の上で眠ってしまった。
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これはあくまでも自説だが、猫が一番こころ安らかに眠れる場所は人の膝の上だと思っている。


サブは全身を弛緩させ、私に命を委ねるように深い眠りに入っていった。
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私の膝が感じるのは、軽いが紛れもない命の重み、そしてかけがえのない命の重みだ。


人の命と猫の命の重み‥‥、比べるのは不遜で無意味なことくらい私にも分かっている。120906-41.jpg
でも時折‥‥、短いゆえに猫の命のほうを重く感じてしまうことがある。
自分では、その昔、某首相が口走った「人の命は地球よりも重い」というまやかしの戯言よりはマトモだと思っているのだが‥‥。



そして、帰省する数日前の早朝。
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この日も、サブはテラスから遠く離れた波消ブロックの端にいた。


そしてブロックから顔だけを出して、道行く人を熱心に観察している。
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この日、私は別のエサ場へ行く予定だったので、サブとはこうして視線を合わせただけだった。


しばらく様子を見ていると、サブはブロックに這い上がり、朝日を背にしてうずくまった。
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おろらくこの頃、サブにとってベンチのあるテラスは、すでに安心して寛げる場所ではなくなっていたのだろう。


サブが向いている西の彼方には、空に張り付いたように富士が姿を見せていた。
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そしてこれが、私が海岸で目にしたサブの最後の姿になった。


その後も、サブの行方は杳として知れなかった。
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ところが数日後、サブの情報がゆきママさんのメールによって私にもたらされた。


そして‥‥。
私はサブとの再会を果たすことが出来た。



〈次回へつづく〉



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