警戒する猫

2012年11月30日 21:00

湘南海岸、朝‥‥。
この日、ついに私の願いが叶った。なかなか会えなかった海岸猫にようやく会うことが出来たのだ。

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その海岸猫の名は、“ソックス”。
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海岸猫は性格や習性を異にしても総じて愛らしいが、なかんずくこのキジ白を愛しく思う人は多いと聞く。


かく言う私もそのひとりで、この海岸猫の顔を久しく見ないと落ち着かなくなる。
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実家から帰ってから何度もこのエリアを訪ねたが、運命の悪戯か、それとも私の日頃の行いが悪いからか、この海岸猫に会うことがこの日まで叶わなかった。


元気だということは仄聞していたが、やはり自分の眼で確かめないと納得出来ない。
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同じキジ白の母猫と仲良く暮らしていたが、その母はこの春から姿を見せなくなった。


このエリアを担当するボランティアのA夫妻は20年近く海岸猫の世話をしている。食事の管理も万全で、エサ場にはいつも余るほどの食料が置いてある。
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だからこのエリアの海岸猫は飢えとは無縁で、食べ物を得ようとしてニンゲンに媚びへつらう必要はない。


ただその弊害として、栄養過多による肥満は避けられないが。
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こうして猫缶を与えてみても、貪ることなく味見するような食べ方をする。


結局、ソックスは猫缶をほんの少し食べただけでトレイから離れてしまった。
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やはり、腹は満たされているようだ。


“けっして餓えさせない。”
たとえそれによって太ろうとも、海岸猫を世話する場合、これは非常に重要なことだ。

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空腹のために身命を賭して交通量の多い国道を渡ったり、悪意のあるニンゲンの甘言に騙されたりしないために‥‥。


この海岸猫は独り遊びの達人である。
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遺棄された黒いビニールも、ソックスにかかれば忽ち玩具になってしまう。


それにしても、この黒いビニールをいったい何に見立てて格闘しているのだろう?
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ひょっとしたら、海岸の覇権を争っているカラスに仮想しているのかもしれない。


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傍から見ていると、ただ無邪気に遊んでいるようだが、海岸猫はいかなる時も警戒を怠らない。


これは飼い猫にはない悲しい性であり、このストレスがある限り、海岸猫が長生きすることはないだろう。
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だが個人的には、この海岸猫には出来るだけ長生きしてもらいたい。ソックスがいない湘南海岸はきっと淋しいものになるだろうから‥‥。


次はいきなり独りかくれんぼが始まった。しかし、鬼のいないかくれんぼに終わりはない。
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かといって、私は猫相手に鬼を務めるつもりはない。身を隠すことが得意な猫とかくれんぼしても勝ち目はないからだ。


ソックスに限らず、キジトラ柄の猫の行動を観察するたびに、己の被毛が枯れ草の保護色だと自覚している節が窺える。
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「惜しいなソックス、お前がもう少しスリムなら完璧なのにな」


ソックスの遊びへの探究心には限りがない。
今度は、やはり打ち捨てられたシートを相手にじゃれ始めた。

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念のために言っておくが、私が遊びのきっかけを作ったり、また遊びに誘ったりは一切していない。


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さすがに遊び疲れたのか、ソックスの動きがにわかに鈍くなってきた。


そのソックスのふくよかな背中を撫でようと、私は余った左手を何気なく近づけていった。
このとき私は、うっかりしてソックスの悪癖を忘れていた。

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私が手を差し出した次の瞬間、ソックスのパンチが一閃した。それもよく見てもらうと分かるように、前脚と後脚のダブルパンチである。


ソックスの悪癖‥‥、それは遊びに熱中すると手加減をしないこと。
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過去にも遊びの最中何度か猫パンチを食らって、今回より酷い手傷を負わされた。この海岸猫と遊ぶときは安易に手を出さない、是非、このことを守ってほしい。


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さっきのように寝転がっているときは、とりわけ注意が必要だ。


傷を負いたくなければ、少し離れて、刻々変化するこの海岸猫の表情を観察するに留めた方が賢明かもしれない。
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この海岸猫はしかし、そうやって見ているだけでも十分我々を楽しませてくれる。
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そして特徴的なエメラルドグリーンのどんぐり眼を覗くと、何かが見えてくるかもしれない‥‥。


私が移動すると、ソックスはすぐに後を追ってくる。
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こうやって慕われると勿論嬉しいが、別の感情も同時に湧き上がってくる。


慕われれば慕われるほど、切なくなるのだ。野良の場合は。
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“人懐こい海岸猫”
小説『人間失格』のトラ・コメ*遊戯に倣うと、私にとってそれはトラもトラ、大トラなのだ。



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私が側にいようと、ソックスはけっして気を緩めず、周りを油断なく監視する。


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この時も、水を飲んでいる時間より周囲を見回している時間の方が圧倒的に長かった。


猫缶をほとんど食べなかったので、試しにドライを与えてみたのだが‥‥。
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食欲より警戒心の方が勝るようで、そわそわと落ち着かない様子だ。


盛んに周りを見回しているが、ソックスと私の近くには誰もいない。
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にもかかわらずソックスは、全ての感覚を駆使して執拗に辺りの気配を窺う。


聴力に秀でた猫のことだから、ニンゲンの私には聴こえない音を聴き取っているのだろうが‥‥。
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ソックスを見ているだけで、彼女の神経がぴりぴりしているのが伝わってくる。


砂浜という、防砂林のような遮蔽物がない、開けた場所だとやはり心許ないのだろう。
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それでもようやく周囲に自分の脅威となる存在が無いことを確認したのか、ソックスは再び水を飲み始めた。
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しかし、相変わらずドライフードには口を付けようとしない。


私は、この猫の人懐こい性格を好もしく思っているが、容姿も大好きだ。
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ずんぐりした体と丸い顔、そして大きな眼が、何とも言えず愛くるしい。


母を失くしてから、その風貌に憂いが含まれているように見えるのは、私だけの錯覚だろうか。
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ただ顔を伏せているのかと思ったら、足許のドライフードを凝視している。
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ところがソックスは、目を逸らしてドライフードを前脚で跨いでしまった。
“猫跨ぎ”。それは猫も見向きもしない不味い魚を意味するが‥‥。



姿勢を変えてドライフードに顔を近づけていくソックス。やっと食べる気になったのか。
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が、口を付けずにあっさりと体を起こした。


そしてその場に、大きな体をどたりと横たえた。
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ソックスはやっと警戒心を解き、穏やかな気持ちになってきたようだ。


私は久しぶりに会ったこの海岸猫と、今しばらく時を過ごすことにした。
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11月某日。
湘南海岸は穏やかな休日を迎えていた。

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この日、防砂林に住まう人が世話をしている仔猫たちを、里親さんに譲渡する。
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私が訪れた時、一人の男性が別れを惜しむように仔猫を遊ばせていた。


話を聞いていて、私は改めて思い知った。この2匹の仔猫たちは、ここに住まう人たち全員のアイドルだということを。
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なのに、仔猫たちの将来を考え、里子に出すことを承知してくれたのだ。


そこへ、里親さんとその友人が仔猫たちを迎えにやって来た。
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里親さんは今年の3月、やはり元野良猫だった愛猫を亡くしている。友人が当ブログで里親募集していることを教えると、「すぐに連れてきたい」と応えたそうだ。


やがて、この日のために用意された真新しいキャリーに2匹は収められた。
‥‥こうして仔猫の譲渡は無事に終わった。

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これで、やがてやって来る海岸の厳しい冬を、この子たちは経験せずにすむ。


里親さんはすでに仔猫の名前を決めていた。
キジトラの子は『陸(リク)』、そしてキジ白の子を『空(ソラ)』と。

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湘南海岸で生まれた兄弟にぴったりの素敵な名前だと、私は思った。



脚注
トラ=トラジディー(悲劇)の略
コメ=コメディー(喜劇)の略


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先住猫

2012年11月23日 13:00

早朝の湘南海岸‥‥。
何はさておき、昨日
チャゲとアスカが姿を見せなかったランエリアへと私は向かった。
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「い、いた!」
防砂柵の中にアスカがいた‥‥。

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眠ってはいないようだが、さりとて覚醒もしていない何とも中途半端な表情をしている。


母猫のランは、私の訪問を知ってすでにエサ場から出てきている。
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やがてアスカも、おぼつかない足取りでエサ場から出てきた。


「アスカ、昨日は何処へ行ってたんだ?あんまり心配させるなよ」。
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アスカはこうして確認できたが、チャゲがまだ姿を現していない。


「アスカ、チャゲは一緒じゃないのか?」
そう私が尋ねても、やはりまだ完全に目覚めていないようで、如何にも瞼が重そうだ。

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ところが、一瞬のうちにアスカは目を見開き、緊張の表情に一変した。


頭を下げ、警戒心と敵愾心がないまぜになった険しい目付きで身構えている。
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アスカの視線が向けられていたのは、縫いぐるみかと見紛う可愛いトイプードルだった。
この子の名は“ミミちゃん”。私の顔馴染みのワンコで、何故か猫に興味津々なのだ。



何のことはない、猫缶を開けたら、その匂いを嗅ぎつけてチャゲが防砂林の中から小走りで出てきた。
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猫缶をしゃぶりつくように食べている2匹を見て、私は胸を撫で下ろした。


やはり食事のときは家族が揃っているべきだ。猫も、人も‥‥。
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昨朝もランは知っていたのだ。2匹の子供が無事なことを。少なくとも私はそう思いたい‥‥。


おそらく昨日は、兄弟揃って防砂林の中で遊びに夢中になっていたのだろう。
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仲の良い兄弟を見ていると、たとえそれが猫であっても、私はいつも羨ましく思う。
私にも2つ違いの弟がいた。でも私にとって唯一無二のその弟は、順番をたがえて14年前に先に逝ってしまった。



チャゲにとってのアスカ、アスカにとってのチャゲも無二の存在に変わりはない。
だからいつまでも仲良くしてほしい。さらに、ここへユイが加わってくれれば申し分ないのだが。

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あまり腹は減っていないのか、チャゲは猫缶を残した。


水を飲む母の姿を見下ろしているチャゲ。どうやら喉が渇いているようだ。
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そしてチャゲは、ランを押しのけるようにトレイの水を飲みはじめた。


そんなわがままなチャゲの態度にも、ランは嫌な顔ひとつしないで、一緒に水を飲みつづける。
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幼くてもやはり母は母である。母性本能から生じる情愛がランを母親たらしめるのだろう。


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慌ただしかった食事もそろそろ終わりそうだ。


満腹になったチャゲは、防砂ネットの側で悠然と毛繕いをはじめた。
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一方用心深いアスカはネットの下をくぐり、防砂林の中へ身を隠してしまった。
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エリアには食後のまったりとした時間が流れている。


外で暮らす猫にとって、こういうひとときは貴重であるはずだ。
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チャゲとアスカの保護者であるランも、ほっと気を抜ける時間なのだろう。


そんな母を横目にチャゲは、防砂林から戻ったアスカを相手にプロレスごっこをはじめた。
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これもまた、今が平穏だから出来ることである。


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2匹のじゃれ合う光景を見ていると、子供の頃に弟と遊んだ遠い記憶が蘇ってくる。


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世の中の自然にしろ、事物にしろ、その存在が己にとって如何に大切だったかを知るのは、皮肉にもそれを失ってからだ。


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幼いチャゲとアスカにそんなことを説いても、今はまだ理解出来ないだろう。この私がそうであったように‥‥。


それからしばらくの間、ラン親子は全員揃って姿を見せてくれた。
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ところが、それから数日後‥‥。
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エリアを訪れた私に真っ先に駆け寄ってきたくれたのはチャゲだった。
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そして私の足許に身体を横たえ、盛んに遊びに誘ってくる。


しかし、今朝はアスカの姿が見えない。
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人懐こいチャゲと違って、アスカは警戒心が強く、見知らぬ人にはけっして近づかない。だから、何者かに保護されたとは考えにくいのだが‥‥。


近くにいれば、猫缶の匂いに誘われて姿を見せるはずである。
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食事に専念していたランとチャゲが同じ方向を向いて、にわかに警戒心をあらわにした。


2匹の視線を辿ると、そこには見慣れぬキジ斑(ぶち)の猫がいた。
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骨太な立派な体躯からオスだと推察できる。
キジ斑はカメラを構える私を認めても、顔色一つ変えずに泰然としている。



ランとチャゲは食事をするのも忘れて、いきなり現れたキジ斑から視線を外さない。
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やがてキジ斑は踵を返すと、ゆっくりとした足取りで防砂ネットの内側へと姿を消した。


キジ斑が防砂林の中へ入ったのを確認したランは食事を再開した。
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が、さっきまで側にいたはずのチャゲの姿がない。


ランが食事を中断して振り返る。
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その視線の先にチャゲがいた。キジ斑の出現に驚いて防砂柵の中へ逃げ込んでいたのだ。


不安のこもった面持ちで母を見つめるチャゲ。
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そこで新たなエサをトレイに盛って側まで持っていった。


それでもチャゲは、先程の怯えが残っているのか、キジ斑の消えた辺りをさかんに気にしている。
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食事を終えたチャゲは一気に緊張が解けたのか、ぐったりと身体を横たえた。
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外で暮らす幼い猫にとっては、本来仲間である猫も脅威の対象なのだ。


と、ランが全身に警戒心をまとい、慎重な歩みで防砂ネットへ近づいていく。
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「い、いた、あのキジ斑だ!」キジ斑は立ち去ったと見せかけて、防砂林を通ってエサ場近くまで来ていたのだ。


防砂ネットの裂け目からこちらの様子を窺っている。
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側に私がいるからか、それとも初めから持久戦が望みなのか、キジ斑は地面に静かにうずくまった。


それからもキジ斑はその場に留まったまま、身じろぎしない。
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ランも警戒を解かずに、顔はこちらを向けても、耳だけは防砂林の物音に集中している。


チャゲは不安げな面持ちでランに寄り添っている。
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その様子をネット越しにじっと窺っているキジ斑。動きがないだけに一層不気味だ。


チャゲはそんな緊迫感に耐えられなかったようで、ランの側からそっと離れた。
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緊張から解き放たれて、今度は脱力感に襲われたようだ。
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だが、やはり母と離れるいることに不安を感じたのか、また元の場所へ戻っていく。


そしてチャゲはランにキスをした。
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ところが、次の瞬間ランとチャゲは気配を感じ同時に防砂林の方へ向き直った。


見ると、キジ斑が防砂ネットに開いた穴からこちらへ侵入してきていた。
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その眼光は鋭く、2匹を威圧するようゆっくりと歩を進めてくる。


怯えたランとチャゲは、慌てて一散に逃げた。するとキジ斑は堂々と姿を晒し、身体を低くし攻撃態勢をとった。
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そして、睥睨するように辺りをゆっくりと見回した。


私には、この険相な海岸猫から敵愾心しか感じられない。120920-18.jpg
少なくともランたちに対して、友好的な交誼を結ぼうとしていないことだけは確かだ。


キジ斑は示威行動を中断し、コンクリの匂いを嗅ぎはじめた。
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そこはかつて何度かランたちへ食事を与えた場所である。おそらくそのときの匂いが残っているのだろう。


このとき、私の記憶の断片がいきなり形を整えて、浮上してきた。
「この猫とは初見ではない。以前、それも数年前に何度か会っている」

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会った場所はやはりここ。そしてその時分この海岸猫は、サンマを始めとする多くの仲間たちといっしょだった。


それは今から4年前の2008年秋‥‥。
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医者に勧められて海岸を散歩するようになって、すぐのことだ。
ちなみに、野良猫ブログを始めることなど、この頃の私の頭には微塵もなかった。
ミケと出会うまでは‥‥。



ランは目を閉じ香箱座りでキジ斑と相対している。これは争いを避けるためにあえてとっている姿勢だと思われる。
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猫の場合、相手の眼を見つめるということは、敵意があることを意味する。人に対しても例外ではなく、だから初見の猫に近づくときには、けっして視線を合わさず、場合によっては眼を瞑ったままのほうがいい。


キジ斑の気持ちを落ち着かせるため、持っていた“またたび”の粉末を目の前に置いてみた。
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猫によってはあまり反応しなかったり、逆に怒りを表す場合もあるなど個体差がはっきりしているのだが‥‥。


キジ斑はまたたびに忽ち反応し、盛んに頬をコンクリに擦りつけはじめた。
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この所作は、またたびに酔ってきた証だ。


キジ斑はさらに体全体を横たえ、如何にも気持ちのよさそうな表情をつくった。
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その様子を見ていたチャゲも、キジ斑の急変に戸惑い気味だ。


ランが足音を忍ばせてキジ斑へ向かっていく。
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そしてキジ斑の死角から近づき、そっとおしりの匂いを嗅いだ。


が、ランにそんなことをされても、キジ斑は振り返ることもしない。ランもどう対応していいのか当惑顔だ。
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最初に見せた威圧感をかなぐり捨てたキジ斑は、またたびの酔いに身を任せて動かなくなった。


さすがに気が抜けたのか、ランはそんなキジ斑を少し離れたところから、ただ眺めている。
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幼いチャゲの顔には未だに緊張感が残っているが、母に倣ってキジ斑を見つめている。


またたびの酔いが覚めてきた頃合いを見計らって、こんどは猫じゃらしで遊びに誘った。
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これでキジ斑の心もいくぶん和んだはずだ。


そこで今度は、猫缶での懐柔作戦に切り替えた。
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ところが猫缶の匂いに誘われて、チャゲが近づいてきた。それを知ったキジ斑は威嚇の唸り声を上げる。
「チャゲ、お前は引っ込んでいろ!」私は慌てて声をかけた。



幼いが故の行動なのだろうが、チャゲの大胆さには驚かされた。
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腹が減っていたと見えて、キジ斑は猫缶を完食した。


しかしこの海岸猫の数年ぶりの出現は、私にとってやはり唐突の感は否めない。
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いったい今まで何処にいたのか?そして、このタイミングで姿を現したのは何故なのか?
‥‥疑問だらけだ。



まだ腹が満たされていないのか、キジ斑はエサ場へ近づいていく。
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いや、狙いはエサではなくランのようだ。ランは怯えた面持ちで身構えた。


そして新旧2匹の海岸猫は、看板を挟んでしばし睨み合った。
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おそらく争いになったら、幼いランに勝ち目はないだろう。私は間に割って入る時機を見計らっていた。


ところが意外にも、矛を収めたのはキジ斑だった。
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『機を見るに敏』これは兵法にも通じる戦いの定石である。
ランはキジ斑が後退したのを見て、攻勢に転じた。



が、やはりまともにやりあっては勝機がないと感じたのだろう、ランはあっさり退却した。
賢明な判断だと思う。これもまた、『機を見るに敏』である。

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「う~ん、この海岸猫は去勢手術を受けてなかったのか‥‥」
ならば、コトを急がなくてはならない。私はこのとき強くそう思った。



ランの好戦的な態度に多少の脅威を感じたのか、キジ斑は踵を返した。
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だが、簡単にここを離れる気はなさそうだ。こうなるとエサを与えたことが却って仇となったかもしれない。私は自分の軽率な行動を後悔しはじめていた。


かといって、このキジ斑にも海岸で生きてゆく権利があるからには、ランたちを護るためとはいえ無下に排除するわけにもいかない。
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それでも、私はこの幼い母と仔猫を何としても擁護してやりたかった。


と、そのとき、いきなり背後から大きな声を浴びせられた。
「リュウ、リュウじゃないか!」
振り返ると、一人の男性が自転車のハンドルに手をかけてキジ斑を見つめていた。

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男性に訊くと、このキジ斑は自分の飼い猫だという。そして、離れたところにいた女性に「おーい、リュウがいたよ!」と声をかけた。
この男性とは初対面だが、女性とは過去に何度か会っている。
やがて二人は、ネットを潜って防砂林の中へ入っていった。



男性の話しぶりから、あのキジ斑は一時的に小屋から逃げ出してきたと思われる。
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しかし、二度と逃げ出さないという保証など何処にもない。


それにしても、去勢していないオス猫が近くにいるというのはやはり剣呑である。
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幻想家族

2012年11月14日 14:00

湘南海岸、早朝‥‥。
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まず最初にラン親子が棲むエリアへ赴いた。
ところが、私が自転車のスタンドを立てる音を聞きつけて姿を現すのが常なのに、今朝は3匹の気配は何処にもなく、防砂林の中に動くものはなかった。

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エサ場を覗いたが、朝食をした形跡はない。
こんなことは、あの親子がこのエリアへ移り住んでから初めてだ



しばらくエサ場近くに留まり、ラン親子が現れるのを待ったが、無駄だった。
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心の中で得体のしれないものがざわざわと蠢動し、私はにわかな焦燥感に襲われた‥‥。


今まで何度も経験しているが、海岸猫はある日忽然と姿を消してしまう。
そして大抵の場合、二度と海岸へ戻ってくることはない。

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私は胸騒ぎを抱えたまま、他のエリアへ向かった。


珍しくリンが防砂林から出てきて、私の脚にすり寄ってきた。
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この海岸猫が以前ように道路近くに姿を見せることは、殆どなくなった。


リンが食事をしていると、草むらの中からユイが姿を現した。
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リンに視線を注ぐユイの表情には緊張感がはっきりと見て取れる。


食事を中断したリンが見つめ返すと、ユイはつと視線を外した。
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前回防砂林に住まう人から聞いたように、やはりリンとユイの仲はうまくいってないようだ。


それでも猫缶の匂いが気になるのか、ユイは慎重な足取りでリンに近づいてきた。
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リンはそんなユイを無視するように、再び猫缶を食べはじめた。


食べ物のことでリンと姪であるユイが諍う光景は見たくない、と思った私は急いでユイにも猫缶を与えた。
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ところがユイは、味見をするごとく猫缶に数回口を付けただけだった。


どうやら、防砂林に住まう人からすでに朝食は貰ったようだ。では何を欲して鳴いているのか。
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リンは相変わらずユイには無関心で、猫缶を味わうように食べている。


と、今度は水を飲みだしたリンにユイが恐る恐る近づいていく。
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気をもんだが、心配した諍いは起こらなかった。リンが寛容になったからか‥‥?


水を飲み終えたリンは、そそくさと防砂林の奥へ消えていった。
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防砂林に住まう人の朝は存外早い。彼らは日の出とともに起きるのだ。だからリンとユイの朝食もいきなり早くなる。朝の6時に腹が満たされている海岸猫はあまりいない‥‥。


ユイもリンの後を追って、ねぐらであるテント小屋に戻るかと思ったが、やはり不仲なためか独り残った。
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ランの娘でありながら、何故か1匹だけ置き去りにされたユイ‥‥。そして、同じエリアに棲むリンには邪険な扱いを受けているという。


そんな境遇にいる幼い子にどう処すればいいのか‥‥。
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とりあえず、草を猫じゃらしにして遊ぶことにした。


本来ならチャゲやアスカとじゃれ合っているはずのユイ‥‥。
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なのにこんなありあわせの猫じゃらしに素直に反応する。その様子を見ているうちに、不意に胸が一杯になってきた。


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「ユイ、家族と一緒に暮らしたくないのか?」


家族”‥‥、日本では社会の最小単位とされ、傍目には堅固に繋がっているように見える。
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が、その繋がりは思いのほか脆く、顧みず安穏としていると忽ち崩壊してしまう。


そうはいっても、持たぬ者からすれば、“家族”は憧憬の対象でありつづける。
たとえそれが砂上の楼閣であったとしても‥‥。

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はたして、この子にとって家族とはどんな存在なのか‥‥。


「ユイ、今度ゆっくり話を聞かせてくれよ」
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「それからユイ、もし母や兄弟たちに会いたくなったら、ここをひたすら真っすぐ歩いて行きな」


ユイに別れを告げて、私は再びランエリアへ向かった。
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エサ場に着くと、すぐにランが姿を見せた。
「ラン、今まで何処へ行っていたんだ」私が声をかけたら、ランはゆっくりと近づいてきた。

120913-23.jpgそして、いきなりその場に身体を横たえた。


さらに仰向けになったまま、気持ちよさそうに身体をくねらせ始めた。
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この行動の意味するところは相手への敵意の無さ、つまり信頼を表し、同時に遊びに誘っているのである。
いつもなら野良猫にこんな態度をされると嬉しいのだが、今はそんな気分ではない。



私が話しかけようとすると、ランは慌てて身体を起こし鋭い眼差しを道路の方へ向けた。
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見開いたランの眼には、明らかな警戒感がこもっていた。


さらに視線を据えたまま、ゆっくりと歩を進めはじめた。
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コンクリの上に腰を下ろしたランは、頭を少し低くし警戒モードのレベルを1段階アップした。


ランの視線を辿ってふり返ると、そこには一人の釣人がいた。その釣人は胡乱な目付きのランを見て、少々戸惑っている。
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そして、誰に向けられたか判然としない苦笑いを浮かべながら去っていった。


すぐにでもこの場にいないチャゲとアスカのことをランに問い質したかったが、あまりことを急いても良い結果は得られない。
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そこで、よくドラマの刑事が被疑者に対して食べ物で懐柔するシーンを思い出し、それに倣って食事を与えることにした。


何にしても、行動範囲の狭いと思われる仔猫が、未だに揃って姿を現さないというのは、どう考えても普通ではない。
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のんびりと食事をしているところを見ると、ランは息子たちの居場所を知っているのだろうか?


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食事を終えたランは盛んに周りを気にしている。


この行動と2匹の仔猫がいないこととは何か関連性があるのか?
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ランの表情が防砂林の中を見据えたまま、険しさを増した。
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やがて、ランはゆっくりとした歩度で防砂林へ向かって歩きはじめた。あたかも目的があるように。


とにかく私はランの後を追うことにした。
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ランはしばらく防砂林の中を歩き回った。


そのままチャゲとアスカのいる場所へ案内してくれると思ったのだが、案に相違してランは木の根元に寝転がってしまった。
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「おいラン、のんびりと寛いでいる場合じゃないだろ。チャゲとアスカは何処へ行ったんだ?」


ランの顔からはさっきまであった緊張感が跡形もなく消えていた。
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「ラン、お前はチャゲとアスカの居所を知っているから、そんなにのんびりとしていられるのか?」


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何を勘違いしたのか、ランはいきなり私の手にじゃれついてきた。


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ただこういう場合の手加減をランはちゃんと心得ていて、爪は立てないし、あくまでも甘噛みである。


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ランは、子供の居場所を知っているから落ち着いていられるのか、それとも子供が何処へ行こうが関心がないのか‥‥、私は判断に苦慮した。


だがこれ以上ランを問い詰めても、何も語ってくれそうにない。
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またあまり執拗に質すことによって、頑なになられては元も子もないし‥‥。


それに私的なことを、他人から不躾に詮索される不快さは私も何度か経験している。
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本意ではないが、今はそっとしておくしかない。


そうして私は、心配の種を心に抱いたまま帰途についた。
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ご報告

この子たちの里親さんが決まりました。
それも、ブログを見たその方からの申し入れでは、
兄弟一緒に引き取ってくれるというのです。
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「良かったな、いっぱいいっぱい愛してもらって、幸せになるんだよ!」

里親さんには近日譲渡することになっています。
その模様は後日、ブログで紹介する予定です。

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海岸猫たちの朝

2012年11月07日 22:00

明け方の湘南海岸‥‥。
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ランエリア
この春生まれたランの子チャゲは、すでに目覚めていた。

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そしてアスカも、エサ場から出てきて私を迎えてくれた。


人がそうであるように、猫も同じ親から生まれた兄弟であっても資質や性格はそれぞれ違う。
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チャゲとアスカ兄弟の性格の相違も徐々に分かってきた‥‥。


私との距離のとり方にも、その違いがすでに表れている。
チャゲは好奇心が強く積極的な行動をとる。対してアスカは慎重で消極的な子だ。

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チャゲは人慣れしていて、私が近づくといきなり地面に体を横たえ愛らしい仕草を見せる。


父親の性格が不明なので確かなことは言えないが、この人懐こさは母親譲りだろう。
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チャゲは甘えた鳴き声を発して、盛んに私に訴えかける。実に直截的な表現で、何を言いたいのか私にも伝わってくる。


ランの立ち振る舞いは落ち着きを増し、ますます母親らしくなってきた。
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でもランがまだ1歳にも満たない幼い猫であることを知っている私は、その変化に切なさを感じてしまう。


チャゲの訴えに応えて、さっそく朝食にした。
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早朝のこの時刻は、野良が一番腹が減っているころである。日中は複数のボランティアの人がこの子たちにエサを与えている。


仔猫たちの食欲は相変わらず旺盛だ。2匹は脇目も振らず一心不乱に猫缶を頬張る。
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よく見ると、まともに咀嚼しないで飲み込むように食道へ送りこんでいる。


先に猫缶を平らげたチャゲの視線はアスカのトレイに注がれている。
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そして、アスカがほかに注意を逸らした隙を逃さなかった。


しかしアスカは、そんなチャゲの暴挙を責めもせず、猫缶を仲良く食べる。
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そんな兄弟の食事風景を、私は微笑ましく、そして羨ましく眺めた。


食べ盛りの仔猫にはまだ足りないらしく、チャゲが缶に残った欠片を漁りだした。
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すると、それを見たアスカも缶の中に顔を突っ込み、缶の内側をぺろぺろと舐める。


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仔猫たちのために追加分をトレイに盛ったのだが、それへ最初に口を付けたのは母親だった。
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朝食を続けるのはランとアスカだけで、チャゲの姿はすでになかった。


周囲を見回すと、チャゲは防砂ネットの陰に身を潜めていた。
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私が名を呼んでも、もう近づいてはこない。理由は明瞭だ。腹が満たされたのでニンゲンに愛想を振りまく必然性が無くなったからだ。
それでいい、野良で生きていくには最低限の警戒心は必須だ。



結局、最後まで残ったのはランだっった。思えば、この猫もまだ育ち盛りなのだ。
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アスカもトレイから離れ、満足気に舌なめずりをしている。
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アスカのお気に入りの場所は防砂ネットの側だ。ここならネットの下を潜り抜ければ安全な防砂林へ逃げ込める。


ランもやっと腹が満たされたようだ。身体を起こし、おもむろに辺りを見回す。
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私はランに問い質したいことがある。他でもない、元のエリアに残してきた娘のユイのことだ。


父親が違うから残してきたのか、それともメスだから残してきたのか‥‥。
しかし当然ながらランからはっきりした理由を聞くことは出来ない。

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私は考える。ランとユイに元の母娘の絆を取り戻させる良い方法はないものだろうか、と。


私はラン親子に別れを告げて、別の海岸猫に会うため海岸沿いの道を東へ向かった。
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テント小屋に着いて名を呼ぶと、チビ太郎は小屋の中からおもむろに姿を現し、私の目の前で端座した。
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チビ太郎の様子と食器の状態から、今朝はまだ世話をしている猫おじさん猫おばさん夫妻が来ていないことが分かった。


ただ、たまたま私のほうが早かっただけで、いずれ夫妻はここを訪れるはずだ。かといって、いつ来るか分からない二人を待つことも、腹を減らしたチビ太郎をそのままにして立ち去ることも私には出来なかった。
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夫妻には今度会った時に事情を話せばいい。だいいち、こんなことで気分を損ねる人たちでもない。


長靴おじさんの話では、チビ太郎とミケは一時期ここで一緒に暮らしていたそうだ。ミケがボウガンの矢で首を射抜かれ、3ヶ月の入院治療を受けたあと、長靴おじさんが引き取ったのだ。
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ところがチビ太郎は成長するとミケをしつこく追い回すようになり、やがてミケ自ら別のエリアへ移ったと聞いている。


そしてその後もチビ太郎はミケのエサ場へ現れては、小さな諍いを起こしていた。
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ミケのエサ場に棲みついたサンマとチビ太郎が険悪な雰囲気で睨み合うのを目撃したのも一度や二度ではない。


だが何度記憶を辿っても、実際にチビ太郎が他の猫と喧嘩をしているところを目撃したことはただの一度もなかった。
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チビ太郎は相手が自分の姿に怯えるのを、ただ見つめていただけだった。


当時私にはチビ太郎の底意を知る由もなかったが、もしかしたらミケに特別な感情を持っていたのかもしれない、と今になって思うことがある。
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母として姉として慕っていたのか、それとも異性として心を寄せていたのか‥‥。


いまさらそんなことを質しても、この海岸猫は素直に答えてくれないだろう。
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「野暮なこと訊くなよ、終わったことだ」とはぐらされるのが関の山だ。


満腹になったチビ太郎はゆっくりと歩き始めた。
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そして発泡スチロールの上に座ると、遠くを見るような仕草を見せた。
チビ太郎が見つめている方向には、この防砂林の出入り口がある。



防砂林の側道に人の気配を感じ、主の長靴おじさんが帰ってきたと思ったのかもしれない。
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それからチビ太郎は、防砂林の出入り口を向いたまま微動だにしなくなった。


忸怩たるものがあるが、私はこの海岸猫にかける言葉を持ち合わせていない。
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ただチビ太郎の願いと私の願いが同じだということを伝えるしかない。
「チビ太郎、おじさんが早く帰ってくるといいな‥‥」



陳腐な私の慰めは、この野良の心情を1ミリも動かしていないだろう。
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だが、今の私に何が出来るというのか?
せいぜい時折訪ねてエサを与え、益体もない贅言をくりかえすことくらいだ。



そんな思いにかられている私をおいて、チビ太郎は小屋の屋根へ跳び乗った。
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私は慌てて後退りして屋根の上を見上げた。
チビ太郎は確かな足取りで屋根の頂まで歩んでいった。



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そしてそのまま屋根の反対側へ姿を消した。


小屋の裏へまわってみると、シートの切れ目からチビ太郎が顔を覗かせていた。
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笑っているように見えるが、むろん猫は微笑まない。この表情がチビ太郎の普通の状態なのだ。口吻の歪みも幼い頃に患った病気の後遺症だと思われる。


顔を引っ込めたチビ太郎は、ブルーシートをハンモック代わりにして身体を横たえた。
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あの場所は彼のお気に入りの場所なのだろう。おそらくずっと以前から。


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この道を通って、長靴おじさんが帰ってくる日は果たしてやって来るのだろうか‥‥?


私はさらに東を目指して自転車のペダルを漕いだ。何としても会いたい海岸猫がいるからだ。
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故郷から戻って何度も足を運んだのだが、タイミングが合わなかったようで、未だ顔を見られずにいる。


元気だということは仄聞しているが、やはり自分の目で確かめないと気が済まない。
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しかし今回も、以前と変わらずこのエリアにいるだろう僅かな証を確認しただけだった。


「今度来たときには元気な姿を見せてくれよ、ソックス」
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脚注
このハンドルネームはご本人からの申し出によるものです。


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11月10日。
郵便受けに入らないからと、配達員から直接レターパックを手渡された。

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表書きを見ると、送り主は大阪に住む友人の『大阪 Cat Story』の管理人桐生明さんだった。

中には壁掛け用のカレンダーと卓上用のカレンダー、そして前回の個展に出展された写真が入っていた。
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写真がカレンダーに採用されるようになってから、桐生さんはこうして毎年カレンダーを郵送してくれる。
「桐生さん、ありがとうございました!」

この猫カレンダーは全国の書店とネットショップで購入できます。
来年1年を愛らしい猫と一緒に過ごしたい方はこちらへ。



そして12月には、大阪で桐生さんの個展が開催されます。

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「大阪 リバーサイドキャッツⅡ 大きな橋の下の猫家族」
12月11日(火)~23日(日)。17日は定休日。
大阪・東三国の猫カフェ「キャッテリア クラウドナイン」にて。




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その数時間後、今度は宅配便が届いた。
部屋番号を確認した
宅配便ドライバーは「重いですよ」と言ってダンボール箱を私に手渡した。
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フタを開けると、中にはキャットフードがぎっしりと詰まっていた。
送り主は『always』の管理人であるダージリンさんだ。これまでもダージリンさんからは海岸猫のために何度もキャットフードが届いている。



その中に手提げ袋が入っていた。最初は小分けのキャットフードだと思ったが、違った。
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同封されていた手紙を読むと、それは私のためのドリップコーヒーだという。
私としてはありがたいやら恐縮するやらで、しばらく気持ちが落ち着かなかった‥‥。
「ダージリンさん、ありがとうございました!」


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異分子

2012年11月02日 17:00

湘南海岸、早朝‥‥。
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シシマルエリア
エリアの入口で最初の海岸猫を発見。私は、朝日を浴びてのんびりと寛いでいるその海岸猫へ背後からそっと近づいていった。

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すると、海岸猫は私の気配を感じて慌てて振り返った。
“浜の伊達男”ことコジローである。コジローは一瞬険しい眼差しを向けたが、私だと分かるとすぐに安堵の表情を見せた。



私の来訪をどこかで見ていたのだろう、ミイロが足早に近づいてきた。
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この愛想の良さは元飼い猫の習い性だろうが、迎えられる側は悪い気はしない。


そこへコジローも尻尾を立ててやってきた。この場合、立てた尻尾は歓待の意味を表している。
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生粋の野良であるコジローからこのような迎え方をされると、やはり嬉しいものだ。


対照的な出自を持つミイロとコジローだが、不思議とこの2匹は仲がいい。
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体裁にこだわるニンゲンと違い、猫は氏素性で相手を差別する暗愚な生き物ではない。


そういう意味で猫とニンゲン、いったいどちらが生物として高等なのか、ときどき分からなくなる。
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ミイロの背後に新たな海岸猫が姿を現した。
しかしコジローやミイロのようにすぐに近づいてはこず、ちょこなんと腰を下ろし、こちらの様子を窺っている。



カメラのズーム倍率を上げて見ると、特徴的なハチワレ模様が確認できる。
新参者のユキムラだ。

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私の挙動から、ミイロもユキムラの存在に気づいたようで、その様子をじっと見つめている。


コジローはユキムラの出現に、たちまち警戒心を露わにして身構えた。
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ややあって、ユキムラがおもむろに歩を進め始めた。ミイロとコジローを見据えたまま‥‥。


2匹に向かうと思いきや、ユキムラは中間地点にいた私に近づくと、いきなり頭突きを食らわせてきた。
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それも思わず私の身体がのけぞるくらいの当たりである。これほどの頭突きを味わうのはカポネ以来だ。この野良の膂力の強さを改めて思い知る。


エリアの中心であるエサ場へ近づくと、ここの頭領であるシシマルがその巨体を悠然と横たえていた。
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この海岸猫もその巨体に見合った力を持っているが、性格はいたって温厚で、ほかの野良からも慕われている。


シシマルはやおら身を起こすと、大きな体躯を沈めて悠然と伸びをした。
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そして領地を検分する領主のように、エサ場付近をゆっくりと見回した。


シシマルの背後にはいつの間に近づいたのか、ミイロが緊張した面持ちで控えていた。
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眼は正面を見据えているが、耳は後ろに反らされ、後方への警戒も緩めていない。


シシマルが私の脚に身体を擦り寄せてきた。以前は簡単に体を触らせなかったシシマルが、こんな親しげな行為をするようになったのはこの夏頃からである。
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力任せのユキムラの挨拶とは違い、シシマルの当たりはあくまでも穏やかで優しさがこもっている。


ユキムラは、先程から道路の真ん中にあるマンホールの蓋の上に体を横たえている。
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ここはかつて隻眼の猫マサムネが好んで身を置いたところで、このエリアの野良たちにとってはそれなりの意味を持つ場所だと思われるのだが。


そんなところへ新参の身で平然と居座るユキムラ。そうとうに図太い神経を持っている。
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まるで臣下を睥睨する君主のように、ユキムラは周りをゆっくりと見回した。


厚顔なこの海岸猫は、エリアの平穏を少なからず脅かしている。
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この新参猫に力で対抗できるのは唯一、シシマルだけだ。


さすがに“特攻隊長”の異名を持つ気丈なミイロも、ただ遠目に見つめるだけだ。
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野良のルールを学んだミイロは、以前のように無闇に相手へ突進して行くこともなくなった。そろそろ“特攻隊長”の名を返上する頃合いかもしれない。


コジローはミイロよりさらに後方からそっとユキムラの様子を窺っている。
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伊達男の座右の銘は『君子危うきに近寄らず』だと推察される。


と、何を思ったのか、ユキムラはやおら立ち上がると肩を怒らせて歩きだした。
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そしてシシマルに近づくと、低く威嚇の声を発した。


シシマルに視線を注いだまま、ゆっくりと腰を下ろすユキムラ。
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シシマルは敢えてそんなユキムラを無視するように顔を背ける。


ユキムラは眼光鋭く、シシマルを睨めつける。その視線をシシマルは当然感じているはずだ。
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ユキムラのこのふてぶてしく高圧的な態度は、ほかの猫を怯えさせ辟易とさせていると思われる。


穏健なシシマルは無益な諍いを避けるためか、ユキムラからそっと距離をとった。
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この海岸猫、年齢は定かでないが、風格からしておそらく人でいうところの不惑の歳は超えていると思われる。大人の対応からしてもそれが窺える。


さっきからそんな2匹の駆け引きを傍観しているミイロとコジロー。
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特にコジローは、ことの成り行きに注目しているようだ。


今年になってこのエリアにいきなり姿を現したこの猫の出自を知る者は誰一人いない。
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ただ分かっているのは、ユキムラのせいで、このエサ場にぴりぴりとした緊張感が漂うようになったことだ。


ゆきママさんの訪問が、その張りつめた空気をいっとき解きほぐした。
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ゆきママさんは、たびたびボランティアのSさんに代わって、ここの野良たちの世話をするためにエサ場を訪れる。


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伊達男も空腹には勝てないと見えて、猫缶に舌鼓を打つ。


ミイロは相変わらずここで与えられる食事には関心を示さない。
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そこでミイロの別腹であるカニカマを与えた。しかしその好物にさえ、ミイロは見向きもしなかった


試しにコジローに与えてみると、以前は匂いを嗅ぐだけで口にしなかったがはずだが‥‥。
どうやら人と同じように、時が経てば猫の嗜好も変わるようだ。

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ミイロはけっきょく最後まで何も食べず、ほかの海岸猫たちの食事風景を、ただ見ているだけだった。


振り向くとすでにコジローの姿はなく、ユキムラがカニカマを食べていた。
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猫缶を食べるのを中断してまで。


おおかたコジローは、ユキムラに追いやられ、カニカマを横取りされたのだろう。
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食べ物のために争うのは、きっと伊達男の美学に反するのだ。


そこで伊達男に代わって、ユキムラからカニカマを取り返してやった。
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豪胆なユキムラは少しも機嫌を損ねることなく、残りの猫缶を食べることに集中した。


そのとき、エサ場から数十メートルほど離れた道路を1匹の猫が横切った。
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シャムミックスのアイ、この愛すべき野良は私が帰省しているときに、いきなり後脚が動かなくなり、歩行困難に陥ったと聞いている。


Sさんに保護され、動物病院に10日入院し、その後Sさん宅で数日過ごしてやっと歩けるようになったそうだ。
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今後も朝と夕に薬を投与する必要があるのだが、以前より警戒心が強くなったアイはなかなかエサ場に寄り付かなくなった。


なかんずく何かと絡んでくるユキムラをアイは忌避し、この猫の姿を認めるとけっして近づいてこない。
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かといって、野良猫であるユキムラをエサ場から締め出すわけにもいかず、関係者は苦慮している。


『郷に入れば郷に従え』とユキムラを諭しても無駄なこと。
人の物差しをそのまま野良猫に当て嵌めることもまた、暗愚な行為である。

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それに異分子だと見るや平然と差別し迫害するニンゲンが、いったい彼らに何を言えるというのか‥‥。



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