チャゲの場合

2012年12月24日 07:00

雨上がりの湘南海岸。早朝‥‥。
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砂浜には細波(さざなみ)が寄せてくるだけで、海はまだ深い眠りについていた。


私の来訪を察知したランとチャゲがさっそく姿を現した。
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まず最初に私を迎えてくれたのは、母親のランだった。


つぎに近づいてきたのは、人懐こいチャゲだ。臆病なアスカは柵の陰からこちらの様子を窺っている。
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同じ両親から生まれた兄弟でも、その性格は大きく異なる。これは、人にもまた、同じことがいえる。


チャゲはいきなり私の手にじゃれついてきた。おそらくこの子は、母であるランの遺伝子を多く引き継いだのだろう。
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そして怯懦で慎重なアスカは、父親の遺伝子を受け継いだのかもしれない。


そのアスカが、人通りの殆どない道路へ歩を進める。
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今の境遇から救い出してくれる誰かを待ちわびている、そんな後姿にも見える。


するとアスカの背後に、ランがそっと近づいた。
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そして回りに警戒の眼を光らせる。幼くても、やはりランは母親の自覚をちゃんと持っているようだ。


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母子揃っての食事風景‥‥。見ているだけで、思わず微笑んでしまう。
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昨日遅くに食事をしたのだろうか、いつもなら貪るように食べるチャゲとアスカがゆっくりと猫缶を頬張っている。


そして、早々と食事を終え、各々の場所へ落ち着いた。
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今朝は、母猫のランが珍しく最後まで残って食事をつづけている。


それでも、結局缶詰にして半分ほどを残した。
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稀なことだが、早朝から腹が満たされているというのは、決して悪いことではない。


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警戒心の強いアスカは、防砂ネットを潜って、防砂林のなかへ入ってしまった。


ランは防砂林の入り口に陣取って、ガードマンよろしく危険が迫っている兆しがないか監視中。
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野良が警戒心を緩めたら、害意をいだく敵からすれば恰好の標的になってしまう。


だからチャゲにも、もう少しニンゲンに対して猜疑心を持ってほしい。悲しいことだが‥‥。
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これからも、野良として生きてゆくなら必要なことだ。


チャゲにその覚悟が出来るまでは、母であるランが護るしかない。
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でも幼い母に、その重責を担わせるのは酷かもしれない。野良にとって、この国は暮らし易いとは、とても言えないからだ。


ランにしたところで、自分独り生きていくのが精一杯だろう。
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以前にも述べたが、ランは防砂林に住むホームレスの人に養われていた。


ところが、その人がこの春、防砂林から出ていく際、姉妹であるリンやほかの眷族ともども置き去りにされたのだ。
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だからだろう、生粋の野良より警戒心が薄いのは‥‥。
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臨月の腹を抱えたランが、初見の私にすり寄って来たのを、今でもはっきり憶えている。


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ランもまた、ニンゲンの都合のせいで苦渋な生活を強いられているのだ。


その子供であるチャゲは、これからどんな生涯を送るのだろう?
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今の私に出来るのは、健やかに育ってほしいと願うことくらいだ。我ながら、慙愧に堪えないのだが‥‥。


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翌朝‥‥。
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この日も、湘南海岸の空は灰色の雲に覆われ、日の出を拝むことは叶わなかった。


名を呼ぶと、ランが植込みの中から防砂柵の上に跳び乗って、いきなり大きな鳴き声をあげた。
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何とも派手で、直截的な出迎えに、私の頬はつい緩んでしまった。


「おいおい、そんなとこでクネクネするなよ。落っこちるぞ」。
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周りに脅威となるモノが存在しないか、ランは警戒を怠らない。


「ラン大丈夫だよ。変な奴はいないから降りてきな」
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こうして海岸猫の歓待を受ける瞬間、それは私にとって至福の時である。


明日をも知れぬ境遇の野良である。だから、元気な姿を見られただけでも嬉しいのに、親しげにすり寄ってこられると言葉に出来ないほど感激する。
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逆に姿を見せない日が数日つづくと、私の心には不吉な黒い雲が垂れ込めてくる。


その雲を払拭するには、こうやって以前会ったときと変わらない姿を確認するしか術がない。
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ランは夏前まで生まれ育ったテント小屋で暮らしていた。それがどういう訳があってか、2匹の子供を連れてこのエリアに移動してきた。


姉妹であるリンとの間に何らかの軋轢が生じたのか、はたまた子供たちのためにより良い環境を求めて決断したのか、私には仔細を知る由もない。
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元来この海岸猫には放浪癖があった可能性もなくはない。今でも時折、このエサ場から数百メートルも離れた防砂林の中で遭遇することがあるからだ。


そんな時、私がこのエリアに誘導すると、ランは素直に後を追ってくる。
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そんなことより、今朝は2匹の仔猫たちの姿が見えないが‥‥。
「ラン、チャゲとアスカはどうした?腹を減らしていればとっくに現れているはずなのに」



取りあえず、まずランに食事を摂らせることにした。
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いつもなら子供たちにエサを横取りされて、落ち着いて食べることなど少ないランのことだ、たまにはこういう日があってもいい。


にしても、チャゲとアスカは何処で何をしているのだろう?
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普段なら、空きっ腹を抱えて鳴きながら姿を見せるはずなのに‥‥。


ところが、ランのトレイを見て、私は少々驚いた。ほんの少ししか食べていなかったからだ。
そこで、私は思った‥‥。

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もしかしたら、私より早い時間にこのエリアを訪れるエサ遣りさんがいるのかもしれない、と。


そうなら、チャゲとアスカが姿を現さないのも合点がいく。
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でもやはり、後顧の憂いを無くすためには、チャゲとアスカの元気な姿を見たいと思った。
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そこで私は、時間の許す限りチャゲとアスカが戻ってくるのを待つことにした。


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しばしの間、長閑な時間が流れていった。


海は凪ぎ、沖を航行する釣り船のディーゼルエンジンの音が軽やかに聞こえてくる。
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海岸沿いの道路に人影はなく、朝陽が雲の向こうで茫と霞んでいる。


と、そこへ「ニャーニャー」と派手な鳴き声をあげて一匹の猫がエサ場に姿を現した。
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それは、臆病なアスカだった。


改めて猫缶を開けると、さっきはほとんど食べ残したランもアスカと一緒に食べはじめた。
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が、こんどは落ち着いて食べていられない。自分の分をあっという間に平らげたアスカは母のトレイに躊躇うことなく顔を突っ込んできた。


ランはただ呆然と、息子の健啖ぶりを見ているだけだ。
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そこで今度はドライフードをトレイに足してみた。アスカは猫缶派でドライは好きではない。


ところが、それでも母の食べているドライが美味しく見えたのか、アスカは強引に割り込んだ。
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『隣の芝生は青い』。他人のものが良く見えるという、この諺は猫にも見事に当てはまる。


だが今回は、ランも簡単には引き下がらない。アスカの頭を突き上げるようにして押しのけた
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アスカも意外な母の抵抗に遭い、諦めて自分のドライを食べはじめた。


‥‥かに見えたが、すぐにランのトレイに三度(みたび)トライする。
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さすがに今度ばかりは、ランもアスカの押しの強さに屈服したようだ。


ランはトレイを潔くアスカに譲り、足早に歩き去っていく。
母はあくまで寛容だ。子供のためなら自らが犠牲になることも厭わない。

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その母の後を、アスカが物憂そうな足取りで追っていく。


自分の行為を省みて、やはり後ろめたく思ったのか、アスカは母を通り越していった。
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そしてランの目の前に、同じ方を向いて腰を下ろした。


それにしても‥‥、チャゲはいったいどうしたのだろう?
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てっきりアスカと一緒だと思ったのだが‥‥。


私が写真を撮るため浜へ出ると、ランとアスカも後を追ってきた。
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木製の散歩道にランが躰を横たえると、アスカもそれに倣って寝そべった。


母が側にいるからか、それとも私が見守っているからか、アスカにしては大胆な行動だ。
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この頃、雲間からやっと顔を覗かせた太陽が暖かな日差しを投げかけている。


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母と息子はその恵みの光を可能な限り浴びようと、躰を大きく伸ばした。


適度な板材の温もりと頭上から降り注ぐ陽光の暖かさに、ランは眼を細める。
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と、そんな悦楽の境地にいるとき、ランたちにとっては招かれざる客が訪れた。
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このアフガン・ハウンドのクッキーちゃんとトイ・プードルのミミちゃんは私の顔見知りのワンコたちだ。


気丈夫なランも、さすがにクッキーちゃんの大きさには尻尾を巻いて逃げるしかない。
まあ、元々ランの尻尾は巻いているのだが‥‥。

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体も大きいが、クッキーちゃんは度量もそれに見合って大きいようで、周章狼狽するランを見ても優しげな視線を送るだけだ。


そこにさらに新たなワンコが加わって、さながらプチドッグショーの趣だ。
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ランは看板の陰から、そっとその様子を窺っている。
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これはあくまで私の勝手な想像だが、ランの心理状態は、たとえばティラノサウルスと相対した私のそれと同じくらいかもしれない。


何処かに身を隠していたのだろう、アスカがやっと道路を渡って母の側にやってきた。
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「ラン、これに懲りたら、もう目立つ場所で寛ぐのは止めるんだな」


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この日チャゲは、最後までとうとう姿を現さなかった‥‥。


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そしてこれ以降、チャゲを海岸で目撃した人は、誰もいない。




楽観的に過ぎるかもしれないが、人懐こいチャゲのことだから誰かに保護された可能性が高い、と私は思っている。




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そう思わせてくれるのも、ベンチ猫のサブの一件があったからだ。
かく言う私も、4年前に関係者へ知らせることなく、一匹の海岸猫を保護している。



それに、そうでも考えないと、永く海岸猫と係わっていくことなど出来はしない。
少なくとも私には‥‥。

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「チャゲ、お前とは短い付き合いだったけど、いっぱい遊んでくれてありがとね」
「そして‥‥、サ・ヨ・ナ・ラ」




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【ご報告】
今回の記事を書いているのは、薄暗い郷里のネットカフェ‥‥。

父の一周忌と、母の看病のため帰省しています。
見事に世間と隔絶された実家には、クリスマスも正月もありませんが、
しばらくのんびりと過ごすつもりです。

実家はPCもネットもない環境なので、データがあっても更新もままならず、
また皆様のところへも頻繁に訪問出来ませんが、ご容赦ください。

管理人:wabi
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誰そ彼(たそかれ)

2012年12月17日 09:00

ミイロが不慮の横死を遂げてから3日後の湘南海岸、夕刻。
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この日の海と同じように、私の心は未だ波立っているが、いつまでも塞いでいるわけにはいかない。


長靴おじさんのテント小屋が撤去されたのを確認した私は、ここにいるはずのチビ太郎を捜しつづけた。
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私が訪れると、いつも自ら姿を現していたチビ太郎はしかし、この日に限っていつまで経っても姿を見せなかった。


防砂林を出て植込みを探っていると、見慣れぬ猫ハウスを発見した。
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私は淡い期待を抱きながらハウスに近づいたが、その中にもチビ太郎の姿はなかった。


真新しいこの猫ハウスは、おそらくWさんのがチビ太郎のために作った物だろう。
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奥に置かれたトレイにキャットフードが残っているが、チビ太郎が食べたかどうかの判断は出来なかった。


もしチビ太郎が残したのなら、食べ物を求めてほかのエサ場へ出張っているとは考え難いのだが。
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7年間長靴おじさんと暮らしたテント小屋が壊されるのを、チビ太郎は目の当たりにしたのだろうか?


もしそうなら、その撤去作業が、チビ太郎の眼には蛮行として映ったに相違ない。
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そしてそんな行為をしたニンゲンを恐れ、このエリアを離れた可能性もなくはない。


結局、長靴おじさんがこの道を通って、チビ太郎の待つテント小屋に戻ってくることは叶わなかった。
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しかし、ミイロにしろ、チビ太郎にしろ、どうしてこうもニンゲンの都合で苦しまなければならないのか‥‥、私は憤りをとおり越して、諦めの境地に陥っていた。


それから私は、海岸沿いの道路を東へ向かった。道すがらチビ太郎の姿を求めながら。
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ソックスエリア。
だが私を迎えたのは、ソックスではなく数ヶ月前からこのエリアに棲みついた隻眼のキジ白だった。

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この隻眼猫、ブログには初登場だが、最近ではソックスより出現率が高く、毎回のように姿を見かける。が、こうして向こうから近づいてくるのは初めてのことだ。


腹が減っているのだろう、そう思って、カリカリを与えてみたら、果たして貪るように食べはじめた。
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どういう経緯で、このキジ白が防砂林で暮らすようになったのか、まったく分からない。


捨て猫なのか、迷い猫なのか‥‥、さらに如何なる出自なのか、残念ながらそれらを暗示するものも見当たらない。
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そして、どのような事情で左目を失ったのか‥‥?不確かなことばかりだ。


第一、長い尻尾が邪魔をして、雌雄の判別すら未だ出来ていない。
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フードを残したところを見ると、酷く飢えていたわけではなかったようだ。


改めて観察すると、体は痩せていないし、栄養状態は良好みたいだ。
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この時は、たまたま食器に食べ物が無かったが、普段このエリアのエサ場には余るほどの食料が置かれている。


だから、ねぐらさえ確保できれば、何とかこのエリアで暮らしていけるだろう。
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この新参者のキジ白‥‥、あまり自信はないが、顔立ちと風情からメスのような気がするのだが‥‥。


とまれ、私の目的はキジ白はキジ白でも、此処で生まれ育ったソックスという海岸猫の安否を確かめることにある。
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前回久しぶりに会ったが、その後、何度エリアを訪れても、ソックスは一向に姿を現さない。


こんなことは今までなかったし、このエリアの不穏な情報を仄聞するにつけ、不安がいや増す。
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散在するエサやりの形跡からも、ソックスの消息を知ることは出来なかった。


今回も無駄足だったかと、諦めかけた、その時だった‥‥。
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ソックスがひょっこりと姿を現し、私の足許に駆け寄ってきたのは。


そのソックスは、以前会った時よりさらに太り、躰が一回り大きくなっていた。
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まあ、息災だったのは喜ばしいことだし、これからの季節、脂肪の鎧は彼女の強い味方になってくれるだろう。


それにしても、最近の出現率の低さは何を示唆しているのだろう。
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春から姿を見せなくなった母猫タビのことが原因なのか、それとも軋轢があったとはいえ、血を分けた姉妹タイツの急逝が影響しているのか‥‥?


あるいは先程のキジ白から、何かしらのプレッシャーを受けてのことだろうか。
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だがソックスは何も語らず、初冬の夕日に体を染めながら、砂浜を彷徨うように歩きはじめた。



追い付いた私を、改めて熱烈に歓待してくれるソックス。


「ソックスありがとう‥‥。私もお前に会えて嬉しいよ」
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もしも、この海岸猫の身にも凶事が起こっていたら、私は失意の淵に沈み二度と浮かび上がって来れなかったかもしれない。


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海岸猫と夕景は、悲しいくらいよく似合っている‥‥。
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ミイロの件があって以来、こうして海岸猫と共有する一瞬一瞬は、今の私にとって何ものにも代え難い、より貴重な時間となった。


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伊豆半島に沈む夕日を、ソックスと一緒に観られる時が再び来ると、誰かが請け合ってくれない限りは。


夕日を眺めるのに飽きたのか、ソックスが足早に漁師小屋の方へ歩いていく。
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そして、小屋の屋根を見上げて身を強ばらせた。
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ただならぬソックスの様子に、釣られて上に移した私の視界を、白っぽい影がよぎった。
慌ててカメラを向けたが、その白い影を捉えることは出来なかった。



私が目撃した白い影は、さっきのキジ白なのか‥‥?
それを確認しようにも屋根裏はすでに薄暗く、私の眼では何も見えない。

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が、嗅覚、聴覚に長じた猫は、はっきりとその気配を感じたのだろう、ソックスは迷わず屋根裏目がけて跳び上がった。


そして、ソックスはそのまま屋根に上がると、慎重な歩度で足を運びはじめた。
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私もソックスの歩くペースに合わせて、ゆっくりと後を追った。


漁師小屋の屋根を縦断したソックスは、反対側から屋根裏を覗いている。
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果たしてソックスは、そこにキジ白の姿を見ているのだろうか?


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ところが、その後のソックスの挙動から、彼女もまた、キジ白の動きをしっかり掴んでいないことが窺えた。


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結局ソックスも、キジ白を完全に見失ったようだ。


それにしても、キジ白は何処へ姿を隠したのだろう。それともあれは私の見誤りだったのか?
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では、ソックスの追っていたのは何だったんだ?


道路を渡るソックスの表情も、何がなし釈然としていない‥‥。
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防砂林の入り口にさしかかると、ソックスの表情がにわかに険しくなった。


ソックスから死角になっている植込みの奥にいたのは、さっき漁師小屋で目撃したはずのキジ白だった。
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あれが私の見誤りで無かったなら、キジ白はソックスと私の目を掠めて植込みに逃げ帰ったことになる‥‥。まるで忍者のようなヤツだ。


キジ白を遣り過ごし、防砂林に戻ったソックスにも、キャットフードを与えた。
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同じエリアに棲んでいるにも拘わらず、ソックスの食べ方はキジ白と違って、あくまでも鷹揚としたものだった。


ソックスがトレイから顔を上げ、そのどんぐり眼を大きく見開いた。
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ソックスはさらに眼を瞠る。
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やがてトレイから離れると、ソックスは射るような視線を私の背後に投げかける。
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私は一度も後ろを振り返っていないが、動物の勘が鈍麻したニンゲンにもひしひしと気配が伝わってくる。
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ゆっくりと振り向くと、果たして防砂林の薄明かりの中にキジ白の体が浮かび上がった。


キジ白はゆっくりと近づいてくると、側にあった松の木に躰を擦りつけはじめた。
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本来この行為はマーキングの一種で、自分の匂いを付けてテリトリーを顕示するためのものだが、これを仲間や人に対して行うと、親愛の情を示していることになる。


この場合は前者なのか後者なのか、尻尾の上げ方も如何にも微妙で、断言できないが、私の受けた感じでは「わたし(ぼく)も、仲間に入れて」と訴えているようだった。
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この海岸猫がここへ辿り着いた経緯はどうであれ、やはり独りでは寂しく、仲間が欲しいのだろう、と思われる。


が、先住猫のソックスは、そんなキジ白の気持ちを忖度することなく、小さな威嚇の声を発しつづけている。
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今までは家族と一緒に暮らしていたソックスにとって、それ以外の猫は受け容れられないのかもしれない。


試しに、キジ白に少量のキャットフードを与えてみたが‥‥、
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申し訳程度に口を付けただけで、トレイから離れてしまった。
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少なくとも、腹が減ったから私に近づいてきたのではないことが、これで判明した。


同じエリアで暮らすことになったソックスとキジ白、今後この2匹の関係がどう推移していくか、大変興味深い。
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願わくば、互いの喪失感を埋めるためにも仲良くして欲しいのだが‥‥、こればかりはニンゲンが介入して解決出来ることではない。




ソックスエリアを後にした私は、家路を辿るため薄暮の海岸を西へ向かった。
その頃には陽はすっかり落ち、時折すれ違う人の顔も判別できないほどの、いわゆる“誰そ彼(たそかれ)”時になっていた。
その私を呼び止めるように、薄暗い防砂林の中から猫の鳴き声が聞こえてきた。
「誰だ、そこで鳴いているのは?」





私は慌てて立ち止まり、声のする方へ近づき目を凝らした。と、そこへ現れたのは、先刻から捜していたチビ太郎だった。
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それにしてもこの薄暗がりのなか、どうやって私だと分かったのだろう?
猫は夜目が効くから視力で判断したのか、それとも犬よりもさらに鋭敏な聴力で判断したのか‥‥?



どちらにしても猫の感覚の鋭さには、いつもながら驚かされる。
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此処はテント小屋があった場所から、少なくとも東へ500メートルは離れている。


腹を減らして、彷徨っていたのだろうか‥‥?何にせよ、無事でよかった。
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猫缶を与えてみると、チビ太郎は憑かれたようにガツガツ食べはじめた。


一缶目をあっという間に平らげると、二缶目もその勢いのまま食べつづけるチビ太郎。
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「チビ太郎、お前はカリカリだけでは不足で、それでこんなところまで出張ってきたのか?」


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そんな私の問いかけに、耳を貸すのも煩わしいとばかり、チビ太郎はただひたすら猫缶を食べつづけた。


このように海岸猫を取り巻く環境や状況は変化しつづける。そんな彼らから距離をおいて、ただ写真を撮るだけに留めるなど、やはり私には出来そうもない。
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「ミイロ、お前も空の上からかつての同胞(はらから)たちを見守ってくれないか‥‥」



〔フラッシュ撮影について〕
ソックスとキジ白の撮影時はまだ明るい状態でしたが、それでも使用しているカメラではブレてしまうので、フラッシュを使用しました。
チビ太郎撮影時も薄明かりでしたが、同じ理由でフラッシュを使用。
ただチビ太郎の場合は安全を期して、眼に直接フラッシュ光が入らぬよう撮影しました。
またどちらの場合も、光量の少ないソフトフラッシュを使用しています。
暗闇で猫に向けていきなりフラッシュを焚くと、最悪の場合失明することもありますから注意が必要です。



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ミイロ無惨

2012年12月11日 08:00

ミイロの非業の死は、病んだ私の心に思いの外大きなダメージを与えた。
だから私は、本気で考えていた‥‥。

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これからもこんな悲しい思いをするなら、猫との交誼を深めず、通りがかりの旅人のように距離をおいて写真を撮るだけに留めた方がいいのでは、と。


でも私は、野良猫に出会うと、つい近づいて話しかけ、さらに触れたくなる衝動を抑えることが出来ない。さらにその猫の置かれた状況や出自来歴を知りたくなる。
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ならばいっそのこと、野良猫ブログなどやめてしまった方がよいとまで思い始めていた。


傍観者の立場で野良猫を撮影する、そういうブログはネット上に数多もあるのだから、わざわざ私の拙い写真でブログを続ける意味などないからだ。
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また読者の方からは、私のブログを読むと切なくなるというコメントやメールがしばしば寄せられる。そうであれば‥‥、と私は思った。


野良猫の存在そのものが常に、ある種の悲哀を内包しているとはいえ、読者をしてそんな気持ちにさせるブログに、存在価値など、果たしてあるのだろうか?
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さらに、そもそも私のブログは、野良猫たちに幾ばくかでも貢献をしているのだろうか、とも。


実際私は、苦境に陥ったミイロを救い出すことが出来なかった。
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思い上がるな!お前の力など端から当てにしていない、と言われれば返す言葉はない。
その通りなのだから‥‥。



それにいくら私が、動物を遺棄したらいずれ報いを受けると訴えても、そんなニンゲンはこのブログを見ないだろうし、たとえ見たとしても自責の念など毛ほども感じはしないだろう。
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ミイロの元飼い主に対してはこれまでも何度か、強い言葉で糾弾したが、それでもまだまだ手緩いと思っている。


遺棄された当時は関係者が迷惑を被る可能性があったので、どうしても書けなかったことがある。だがミイロの死によって、自ら決めたその禁忌を解く。
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これを知れば、ミイロが故意に遺棄されたことに疑念を挟む人は少ないと思うし、私の激しい憤りも理解出来るはずだ。


それでもなお、ミイロが遺棄されたことに納得出来ない人は、猫の習性を知らないか、ニンゲン・性善説の熱狂的な信奉者だろう。
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2年前首輪をしたままこのエリアへ現れたとき、ミイロは妊娠していた。
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だからしばらく後に、関係者が中絶を兼ねてミイロに不妊手術を受けさせたのだ。


下の写真をよく見れば、乳房が張っているのが分かるはずだ。
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2010年11月25日の黄昏時、ミイロは臨月の腹を抱えて悲痛な鳴き声を上げていたのだ。


そんな状態のメス猫が交通量の多い国道を越えて、自らの足で海岸までやって来るだろうか?
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普通、出産前のメス猫は、子供を産むために安全で落ち着ける場所を探すものだ。
自分のテリトリーから遠く離れた海岸へわざわざやって来るとは、私には到底思えない。



遺棄したなら、そのときに首輪を外すだろうと、反駁する人がいるかもしれない。
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だが、何の特徴もない匿名性の高い首輪など反証の材料になり得ないと思う。


それに遺棄する直前に首輪を外しても、数日間はその跡が残るから、飼い猫だとすぐ分かってしまうことに違いはない。
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おそらく元飼い主も同じように考え、外す手間をさえ、惜しんだのだろう。





前回は、生前の愛らしいミイロの顔の印象を損ないたくなかったから、大幅に画像を加工したが、今回は最小限の加工に留める。
もし万が一にも元飼い主がこのブログを見ていたら、自分のしたことの結果を知るべきだと思ったからだ。






眼を瞠ってよく見るといい。
車のタイヤは一瞬にしてミイロの頭蓋を破壊し、その顔貌を無惨に変えてしまった。
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そして、死ぬまで、少なくとも7時間以上、ミイロは血の涙を流して苦しんだのだ。


だから私は、妊娠して面倒が見切れなくなったミイロを遺棄した、酷薄な元飼い主の所業をどうしても許すことが出来ない。
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この私の説に誤謬があると感じる人がいれば、コメントで駁論を寄こしてほしい。


畢竟、ミイロのあふれる母性愛は、生まれてくることが出来なかった自分の子供たちへの哀惜の情からもたらされていたのだろう。
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今回のミイロの事故死に際して、私の心は一生消えない大きく深い疵を負った。
しかしいつまでも嘆き悲しんでいては、ミイロも新たな世界へ旅立てない。



それに、私にはまだ気掛かりな海岸猫が何匹かいる。
ミイロの通夜の翌々日、最近知り合ったボランティアのWさんから気になる情報が寄せられた。

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チビ太郎のねぐらでもある、長靴おじさんのテント小屋が無くなっているというのだ。


その日の夕刻、私はさっそくチビ太郎が棲む防砂林を訪ねた。
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私は自分の目を疑った。
先月末まで、確かに存在してした長靴おじさんのテント小屋が消えていた。



ゴミひとつ残さず、まさしく跡形も無くなっていた‥‥。
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唯一残されたのは、松の木に提げられた1枚の白い書状だった。


この書状は、私が先月ここを訪れた際にもこうして提げられていた。
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どうやら、役人の辞書に“温情”とか“慈悲”という言葉は無いらしい。


名を呼びながら、防砂林の中をチビ太郎の姿を求めてしばらく歩き回ったが、近くにいる気配は感じられなかった。
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チビ太郎、お前はいったい何処へ行ったんだ‥‥?


〈この回つづく〉



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落日(ミイロと観た最後の夕陽)

2012年12月05日 11:00

2012年11月某日、夕刻。
よもやこの日が、私にとって生涯忘れ得ぬ日になろうとは、このときは夢想だにしなかった。

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エリアを訪れた私を迎えてくれたのは、大抵の場合そうであったように、釣宿の看板娘のミイロだった。


でもこの日は、親しげに擦り寄ってくることもなく、険しい面持ちで佇むばかりだ。
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そこへエリアの頭領であるシシマルも姿を現した。


だがコジローは、私の姿を認めても車の下から出てくる気配すらない。
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その表情は僅かな緊張をはらんでいて、私を歓待する余裕など無さそうだ。


その理由はすぐに分かった。
この新参者の海岸猫、ユキムラを警戒してのことだった。

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ユキムラは、まるでゴロツキのように伝法な態度で近づいてくると、ガードレールの土台に悠然とうずくまった。


そして車の下にいるコジローと正面から向き合った。
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その威圧的で横柄なユキムラを見て、コジローの表情はさらに曇る。


そしてコジローは、ユキムラと対峙するのを嫌って、駐車中の車の下をつたって遁走した。コジローを心配してシシマルが後を追う。
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ミイロも途中まで後を追ったが、私が呼び止めるまでもなく自ら踵を返した。


自分が行っても、どうなるものでもないことが分かっているようだ。
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利口なミイロだから、おそらく、膂力ではオスであるユキムラに敵わないと悟っているのだろう。


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オス猫たちが姿を消したので、私は独り海岸の方へ足を運んだ。


すると、やはり独り残されたミイロが私の後を追ってきた。
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「ミイロ、私に付き合ってくれるのか」私の心には、外気とは違う暖かな風が吹いてきた。


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そして、ミイロと一緒に晩秋の湘南海岸の夕景を、しばしのあいだ眺めていた。


元飼い猫のミイロが夕陽を観て何を感じているのか、残念ながら私には想像が出来ない。
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首輪をされたまま、ミイロがこのエリアへ遺棄されて2年が経つ。


忘れもしない2010年11月25日の黄昏時のことだ。
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薄暗い船宿の水場で不安げな鳴き声をあげていたのを、最初に発見したのは私だった。
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以後すんなりとエリアに溶け込み、ボランティアのSさんや他のエサやりさん、そして釣宿の船長さんたちに愛される存在になった。
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性格は気丈だが、幼い猫には優しく、ツバサや新入り仔猫の代理母をりっぱに務めあげた。
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おそらくここへ遺棄される前にも、子供を産み育てた経験があるのだろう。


ただニンゲンにも言えることだが、我が子の育児を放棄する猫も珍しくない。
ましてや、ほかの子供の面倒を見る猫は稀だと思うのだが‥‥。

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そういう意味でミイロという猫は、豊かな母性の持ち主なのだろう。


私には聴こえない音をキャッチしたのか、ミイロがいきなり小走りでエリアの方へ向かった。
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オス猫たちの争う鳴き声でも耳にしたのだろうか?


だが、シシマルとコジローは車の下で何事もない様子でうずくまっている。
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ただ2匹の表情は厳しく、コジローに至ってはいつでも逃げ出せる態勢のままだ。


と、そのとき、同じ車の下から這い出たユキムラが、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってきた。
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私の目の前を通りすぎ、そのまま道路を横断していく。


その様子をシシマルとコジローがじっと見つめている。ミイロだけは我関せずと明後日の方を向いていた。
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道路を渡りきったユキムラは後ろを振り返って、不敵な顔でシシマルたちに一瞥をくれた。


ニンゲンには媚を売り、エリアの仲間には邪険に接するユキムラ。出自の分からないこのハチワレをどう扱うべきなのか、私は未だに決めかねている。
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それはほかの海岸猫も同じだろうと思われる。


ユキムラが公然と敵意を表し、シシマルの前に立ち塞がった。シシマルも甲高い威嚇の鳴き声を上げる。
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ユキムラの表情は死角で見えないが、シシマルの顔には微かな怯えが見て取れる。


しかしさすがはこのエリアを統べる頭領、ユキムラの顔をしっかり見据え、一歩も引かない覚悟を決めたようだ。
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相手の出方やその場の状況によって、ユキムラは態度を柔軟に変える。こういう無節操さが、この野良を策士と称する所以である。


ユキムラはあっさりと引き下がると、私の足許に擦り寄ってきて「ニャ~ニャ~」と傲岸な態度からは想像できない可愛い声で鳴きはじめた。
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シシマルは変わり身の速いユキムラを、珍しい生き物のようにしげしげと見つめている。


ミイロはコンクリの柱の上から、2匹のオスの正面対峙の様子をずっと静観していた。
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ここにもう1匹、エリアの覇権争いを草むらの陰からそっと窺っている海岸猫がいる。


シシマルがユキムラを追い払ってくれると期待していたのか、叶わぬと見るやコジローは踵を返して、足早にその場を離れていく。
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クールな“浜の伊達男”は野暮な暴力沙汰が大嫌いで、その兆しを察知するといち早く避難する。


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ミイロとユキムラ‥‥。思えば不思議なツーショットである。
すぐにエリアに受け入れられたミイロ、片や自分の行動に原因があるとはいえ、エリアの猫から厭われているユキムラ。



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それでもまったくめげずに、このエリアで一番大きな態度を押し通すユキムラは、ある意味大物ではある。


一歩間違えば、このエリアの傑物に化けるかもしれないユキムラは、颯爽と去っていった。
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残された3匹は、台風一過のような脱力感を含んだ穏やかさに包まれた。


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頭上を警戒する必要がなく、人も安易に潜り込めない車の下は確かに安全地帯ではある。
だがしかし‥‥。



昨年、カポネがエンジンルームへ潜り込んで頭に大怪我を負ったように、事故に遭う危険性もはらんでいる。
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けれども、そのことを海岸猫たちに諭しても無駄だし、冬場の暖かいエンジンルームの誘惑に惑わされるなと言っても詮無いことだ。


この時間すでに食事を終えていると思ったのだが、シシマルの食べっぷりからして、そうであっても腹にはまだスペースがあるようだ。
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横柄なユキムラには、わざわざデリバリーしてやった。


慎重居士のコジローも猫缶の匂いには勝てず、何処からか姿を現した。
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ミイロは相変わらず、この時間に猫缶を口にすることはない。


やがてミイロはトレイから離れると、飄然と歩き去っていった。
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そしてこの後ろ姿が、私が見た生前のミイロの最後の姿になった。



12月3日午後8時過ぎ、ミイロはその短い生涯を閉じた。


3日午後1時ころ、私の友人である高校生の美衣さんが道路で頭から血を流してのたうち回っているミイロを発見した。

すぐにボランティアのSさんに連絡をし、急いで病院へ搬送したが、治療の甲斐なく、その日の夜、ミイロは虹の橋を渡ってしまった。

状況から、駐車中の車の下にいたまま轢かれたようだという。


3日午後、ゆきママさんからのメールで一報を受け取った私はしかし、しばらく文面が理解できなかった。信じたくないという自衛本能が脳を麻痺させていたようだ。

そのうち、目の前の光景がズームアウトするようにすーっと、遠ざかっていった。

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そして、その直後に襲ってきたのは、臓腑を捩じ上げられるような激しい悲嘆だった。
断腸の思いとは、正にこのこと。

やがて我慢出来ずに、私の口から嗚咽が漏れてきた。一度落涙すると、後は堰を切ったように涙が止めどなく溢れてくる。
身体中の水分が全て涙になってもいいと思った。それでこの苦悶が少しでも軽減されるのなら。

そうしているうちに私の胸中からは悲しみが薄らぎ、代わってにわかに怒りが増大してきた。
怒りは沸き立ち、たちまち沸点に達した。

その怒りの矛先は、ミイロを誤って轢いたドライバーにではなく、首輪を付けたまま遺棄した元飼い主に対して向けられている。

勿論、ミイロを遺棄したニンゲンに限らず、同じ行為をした輩は、たとえこの世で断罪されなくても、あの世で地獄の業火に焼かれる運命なのは承知している。


が、それでも人倫にもとる鬼畜のごとき行いを看過出来ないし、許すことも出来ない。

そいつらを見返すためにも、ミイロ、お前には幸せで長生きして欲しかった。
「無念だ。ミイロ、本当に無念だ!」



もう二度と、釣宿前で店番をするミイロの姿を見ることは叶わない。
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そして、エリアを訪れた私を真っ先に迎えてくれることも、もう二度とない。
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それに、前脚を上げて座る独特のポーズも、もう見ることが出来ない。
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凛としたミイロの佇まいが大好きだった。
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4日午後、ゆきママさんの家にミイロの遺体は引き取られた。


花に囲まれたミイロは、想像していたより綺麗な状態だった。
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でもやはり事故の損傷のせいで、かつての面影は消えて、苦痛の跡が窺える。


その後、訃報を知った数人の弔問客が訪れ、ミイロはさらに飾られた。
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それでもミイロは表情を和らげることなく、静かに、そして密やかに眠りつづけていた。


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ミイロ、あの日お前と一緒に夕陽を観たことは忘れないよ‥‥、いつまでも‥‥。



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