生きること・死ぬこと その弐

2013年09月09日 18:00

叔母たちの希望により、母はすぐに斎場へ運ばず自宅に戻して一晩仮通夜を行うことにした。
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夜、私は母と添い寝するように、母のすぐ脇に体を横たえた。


冷房を最強にしてあったからだろう、少しまどろんで目を覚ますと、私は両足を母の布団の中へ忍び込ませていた。


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翌日の午後、葬儀社の霊柩車が母を迎えにやってきた。
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その母を玄関の中から見送る老犬サクラ。


霊柩車が走り去っても、サクラは門の方を見詰めたまま動こうとしない。
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生後間もないころ母に拾われ、以来13~14年一緒に暮らしてきたから、母の身に何か良くないことが起こったのを察知しているのだろう。


玄関の戸を閉めても、サクラは自分に声もかけずに母が再び車で去ったことが納得が出来ない様子で、尚も外の様子を窺っている。
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その後もサクラは、母の帰りを待つように同じ姿勢で動こうとしない。
それまでサクラの様子を見ていた叔母たちも「やっぱり、ずっと一緒に暮らしていたから、何か感じているんだねぇ」と異口同音に言った。



私はそんなサクラを不憫に思い、声をかけた。
「サクラ、ばあさんはもう帰ってこないんだ。でもいつかまた逢えるからそれまでばあさんの分までお前は生きろ」

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振り返ったサクラは、いつにも増して暗然とした表情をしていた。なかんずく、暗く沈んだ双眸は彼女の気持ちを雄弁に語っていた。


母の通夜・告別式は身内だけの密葬で執り行うことにした。

通夜の枕経は午後6時から始まる。
午後5時過ぎ、私の家族や叔母たちはタクシーで斎場へ向かった。
私は何かあったときに対応出来るよう一人自転車で斎場へ行くことにした。



斎場の駐車場脇で自転車から降りたときだった。
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1匹の猫が私の足許に擦り寄ってきた。それはグレーと白の艶やかな被毛のメス猫だった。


このサバシロも私にとって初見の猫である。
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前日の茶シロといい、どうして私の行く先々に猫が待ち受けているのだろう?(姿を探し求めたときは現れないくせに)


この子も首輪をしていない。飼い猫なのか野良猫なのか、私には判断出来ない。
「君には帰る家があるのかい?」

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だがサバシロは口を閉ざして何も語らない。


「いくらあなたが猫好きだからって、初対面のニンゲンに軽々しく私的なことを教えると思っているの。私を安く見ないでよ」とでも言いそうな気品を感じさせる猫だ。
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時折こうやって、警戒心のこもった目顔を見せる。だからといって、野良猫だと決め付けるのは短慮に過ぎる。


鼻梁の黒い模様が見事に左右相称していて、この猫の面差しに独特の趣を与えている。
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このサバシロもまた、鄙にはまれな美猫である。(ただし、猫社会に都会と田舎で容貌の差があるかどうか、私は寡聞にして知らない)


ところで、私が今服用しているのはSSRIと呼ばれる種類の薬で、セロトニンが減少するのを防ぐ効果がある。(その他に抗不安剤2種類を服用しているが、合わせて6mgと微量)
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比較的副作用の少ない安全な薬といわれるSSRIだが、ネットで調べてみると私の推測通り、副作用のオンパレード状態だ。
その中には、私が自覚している副作用もいくつもあった。


それら多くの副作用の中で、私を一番苦しめているのは神経過敏からくる焦燥感と高揚感だ。
それが更に昂じると攻撃性が表出してくるからやっかいだ。


幸い粗暴な行為に及んだことはないが、声を荒らげることは何度か経験している。
理性で自分の情動を抑えられないのだ。(飽くまでも理性は失わないが、隅に押しやられる感覚)


半年ほど前にその症状を医師に訴え、40mgから30mgに減薬してから副作用はいくらか弱まった。

私自身はSSRIという薬を、遅効性の覚醒剤だと認識している。
ゆえに、依存症や禁断症状(離脱症状)も当然ある。


ある本には「SSRIはコカインより恐ろしい薬だ」と専門家が訴えていると記述されている。
(ちなみに薬事法でSSRIは劇薬に指定されている)


この薬の依存症から一日でも早く脱却することが今の私の当面の目標である。


私は幼い頃より「男は人前で涙を見せるな」と周りに言われ、自分自身もそれがいわゆる“男の美学”と信じて墨守してきた。

しかし心に病を得てからは、その信条が大きく揺らいでいることを実感している。
(それも皮肉なことに病の症状より、上記のSSRIの副作用が大きく影響している)


男の美学‥‥。父の死に際しては辛うじて持ち堪えたが、母の出棺に臨んで、ついにその矜持は瓦解した。

私は柩の中の母の亡骸にすがって身も世もなく泣き崩れたのだ。
そのとき母へ盛んに語りかけていたことは憶えているが、具体的に何て言ったのか、その記憶はほとんど残っていない。


この振る舞いもSSRIによって感情の振幅が大きくなったことが要因だと思われる。

それから母の柩を載せた霊柩車で火葬場へ向かったが、その間私は虚脱状態に陥り車窓の景色をただ漫然と眺めていた。


その後は大きなアクシデントもなく、葬儀はつつがなく終わり、母は小さな壺に納まって自宅に帰ってきた。
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9月の誕生日を迎えていたら、母は81歳になっていた。病を得なければ、もっと長生きしていたはず、それが残念でならない。


これで父を家長とする家族は、私一人だけになった。
母の遺影と仏壇に納められた父と弟の位牌に向かって私は呟いた。
「そっちの方が賑やかになったね」

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家族4人が揃っていた頃の情景がフラッシュバックのように私の脳裏に現れては消えていく。
あの団欒は、もう二度と戻ってこない。



それからの数日間、私は母の供養をしながら比較的穏やかな日々を過ごした。
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ところが‥‥。
そんな私に、更なる悲しい別れが突然訪れた。



8月10日の午後、それは起こった。

仏間を出て廊下を横切るとき何気に玄関を見た私は、その異変にすぐ気がついた。
サクラが四肢を伸ばして横たわり身じろぎしていないのだ。


私はサクラに駆け寄った。しかしサクラはすでに全身を硬直させていた。

「サクラーッ!サクラーッ!」
私は完全に平静さを失い、サクラの名を絶叫した。


私は助けを求めて、妻に電話をした。でも妻が何を言っているのか、まったく頭に入ってこなかった。

そして妻から連絡を受けた息子から電話があったが、彼も立て続けに起こった悲報にただ言葉を失っていただけだった。

サクラの身体を撫でながら、私は誰はばかることなく慟哭した。

それからいったいどれくらいの時間が経ったのか‥‥。私はサクラから離れどうにか体を起こした。


そして私はサクラの亡骸を抱えると、母の祭壇が見える座敷まで運んだ。
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今回帰省した当初から、サクラの体調の異変が気になっていた。
私が実家を離れていた5ヵ月の間に、サクラは痩せ細っていたのだ。



ネットショップに配達を依頼したドッグフードは、その期間の割りに減っていなかった。
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私が実家に戻ってからは、通常の量の食事を与えてたが、体重は元に戻らなかった。


それでも7月はまだ、食欲があった。ところが8月に入ると、その食欲が細ってきたのだ。
与えたドッグフードを半日かけて食べていた。

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そしてこの日の朝与えたエサは、まったく手付かずで残っていた。この夏の猛暑で夏バテしたくらいに考えていた私が浅慮だったのだ。


私が実家を去った後は、叔母がサクラの世話をしてもいいと言ってくれていた。
それに、環境が整ったら神奈川に引き取ることも考えていたのだが‥‥。

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サクラは母と暮らしたこの家から離れたくなかったのだろうか?それとも母の死を知り、後を追ったのだろうか?


サクラもいなくなり、私は本当に独りぼっちになってしまった。
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そして家族がいなくなった実家は、私にとってただの“家”に成り果てた。


母の死は去年の夏に余命宣告された時点である程度覚悟が出来ていたが、予期しないサクラの急死は私を完膚なきまでに打ちのめした。
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サクラの死をきっかけに、私の中で何かが壊れた。それはあたかも心を覆っていた防護壁が崩壊して、心が直接外気に晒された感覚だった。


さらに周りの光景が彩度を失い、全てが意味のないものに見えてきた。
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数日経つと一時の激情は治まったが、私は自分の精神が剣呑な状態であることを自覚していた。だが、そう意識すればするほど、自虐的な感情が頭をもたげ絶望の淵の深遠へと突き進んでいった。


やがて、生きることと死ぬことの差異が判然としなくなり、その境界も曖昧になってきた。
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この心の有り様が病のせいなのか、それとも薬の副作用のせいなのか、そのときの私にはどうでもいいことだった。


そんな絶望の淵に沈んだ私を救ってくれたのは、“家族”だった。
それも、思いも寄らない家族であった‥‥。




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