10ヵ月ぶりの訪問 その弐

2014年05月26日 22:00

当たり前だが、野良猫は家を持たない。
その代わりにテリトリー(縄張り)という勢力範囲を持っている。


確かなところだと、その範囲は、メスよりオスが広く、また不妊手術を受けると狭くなる。

ただ、環境(都会と田舎・給餌者の有無)や個々の性格によっても幅が生じるし、プライベートエリアとハンティングエリアの2種類があったりと、具体的な数値を記すのは困難なので、大まかに野良猫のテリトリーは半径200mから500m位だと思ってほしい。


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私がランと連れ立って歩いた距離は、まさにこの範囲に当てはまる。

その道すがら、私はある海岸猫の姿を求めて、名を呼び、また潜んでいそうな防砂林や植込みの中を確かめていたのだ。


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その海岸猫の名は『 アスカ 』といって、母であるランと同じキジ白の被毛を持つオス猫だ。
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2012年の春、ランは3匹の子をもうけた。ところがメスのユイだけをホームレスの人の小屋に残して、オスのチャゲとアスカを連れて2ブロック離れた防砂林に移ったのだ。


人懐こかったチャゲはじきに行方知れずになったが、ランとアスカ母子はそれからも同じエリアで仲睦まじく暮らしていた。
(詳細は【チャゲの場合】を参照のこと)
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傍目からも不離一体といった風の仲の良い母子だった。


それがため、当初はランにだけ不妊手術を受けさせるつもりだったのが‥‥、
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母を慕って盛んに鳴くアスカを見て、不憫に思い、一緒に手術を受けさせたくらいだ。


我が家の猫が不妊手術を受けた動物病院へランとアスカを連れていった。
ところが、飼い猫なら同じ料金で一晩経過をみてくれたのに、野良猫だと伝えると当日のうちに退院させられた。

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猫白血病や猫エイズなどの伝染病のキャリアである可能性が高い野良猫ゆえの扱いだと思われ、それについての不服はない。


ただ、ランとアスカは麻酔から覚醒していなくて、とても海岸へリリース出来る状態ではなかった。
そう判断した私は、ふたりを部屋に一泊させることにした。

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これを契機に、私はランとアスカに特別な感情を持つようになったのだ。
(詳細は【不妊手術 その参『退院』】を参照のこと)


さっきランにアスカのことを訊いてみたが、不得要領な回答しか返ってこなかった。
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私が居ないあいだに、母子の身に何が起こったというのだ。


前述したように、去勢したアスカは発情もせず、がため行動範囲も広くはないはず。
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この春で2歳になり、ニンゲンの年齢に換算すると二十歳を超えたアスカ。
よしんば、大人になったアスカが自活の為に母の許を去ったとしても、同じ理由で、そう遠くへ行くとは思えない。



また半径500m以内に、大食漢のアスカを賄っていそうな新たなエサ場の存在は確認出来なかった。
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まず以って、あんなに仲の良かった母と息子、私にはアスカ自身の意思で母の許を去ったとは思えない。そこにランの意思ともアスカの意思とも違う、『 第三者の意思 』を感じずにはいられない。


アスカのことを尋ねる為にも、早急にボランティアの人に会う必要がある。
仄聞したところによると、その人がランにエサを与えるのは早朝らしい。

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しかしながら、私が早朝の海岸へ行ける日は限られている。というのも早期覚醒型の睡眠障害をかかえている私にとって、朝は絶不調な時間帯だからだ。


睡眠時間のいかんによらず、目覚めてから1~2時間程は頭と体の連携がちぐはぐで、木偶のように呆けている。
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ときどき明け方の3時4時に目覚めて、かつ頭と体がうまく協調する日がある。
そんな日でないと、早朝の海岸へ赴くことは叶わないのだ。



それはそうと、10ヵ月ぶりに会ったランが時折みせる表情に、憂愁の片影を感じるのは私だけだろうか。
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「ラン、お願いだからそんな沈鬱な顔をしないでくれ」


家族と離別した哀しさと、そのあとに襲ってきた寂寥感を体験した私は、例え相手が猫であっても暗い表情をされると自分も辛くなってくる。
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「ラン、お前は独りじゃないぞ。お前をいつも気遣い、愛しく思っている人がいるんだから」


私はランと別れて、次のエサ場へと自転車を駆った。
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その途中、ミケにあいさつをする為、墓前に参った。
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この場所でミケと向かい合うと、気持ちが落ち着くのは何故だろう‥‥。


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私はミケの遺影を見ながら、以前訪れてから今日まで自分の身に起こった出来事と、海岸猫たちの動静をかいつまんで報告した。


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かつてココには、“防砂林に住まう人”、言うところのホームレスの人の小屋があった。
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ココに住む数人の人以外にも、幾人もの防砂林に住まう人が集い、社交場の様相を呈していた。
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リンとランもここで生まれ、子供を産み、皆に可愛がられて幸せな時期を過ごしたところだった。


ところが‥‥。


私が不在だった去年の夏、火事で小屋が焼失してしまった、という。
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仄聞したところによると、出火の原因は放火だったそうだ。
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どんな理由があったにしろ、弱い立場の人をさらに苦しめる卑劣で酷薄な行為に憤りと遣る瀬無さを覚える。


留守だったのか避難したのかは聞き及んでいないが、幸いなことにココに住んでいた人たちは全員無事だった。


だが、出火が彼らのせいでなくても、火災が起こったからには、防砂林を管理する神奈川県も看過出来ず、彼らに撤去の警告を発した。
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それを受けて、防砂林に住まう人たちは別の場所へ移っていった。猫たちを残して‥‥。


辺りを見回すと、明らかにそれと分かる火事の痕跡が散見される。
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たが残っている物の殆んどが黒く炭化していて、以前の姿を計り知ることは困難だった。


そうして私が、“ここにあるべきモノ” を探しているときだった‥‥。
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国道からの騒々しい車の走行音に混じって、猫の小さな鳴き声が聞こえたのは。


声がしたほうへ歩を進めていくと、体を伏せた警戒姿勢でこちらの様子を窺っているキジ白と目が合った。
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私にとっては初見の海岸猫である。
キジ白と私は7~8m程の距離を挟んでしばらく顔を見合わせていた。



それまで身じろぎひとつしなかったキジ白だったが‥‥、
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私が声を発した瞬間、いきなり身を翻すと、松の木の陰に姿を隠した。


私は、キジ白の姿が見えるまで、防砂林の中を大きく迂回した。
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遁走することなく、ただ物陰に身を隠したキジ白の行動に、この子の性格と置かれている状況の一端を垣間みる思いがした。
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その被毛の柄から推して、おそらくリンかランの児孫だと思われる。


やはり訪ねた時間が遅かったからだろう、結局キジ白以外の海岸猫の姿を見ることは叶わなかった。
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この場を去ろうとした私が、何の気なしに自分の足許へ視線を移したときだった。


探していた “あるべきモノ” ではなく “あってはならないモノ” が視界に入ってきたのは‥‥!!





私は最初、ソレを白い枯れ枝だと思った。いや、そう思いたかったのである。
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松の枯れ葉に混じって、ソレは散在していた。


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その形状と大きさから、ソレが小動物の骨なのは明らかだった。

実は、ココの小屋が火事に遭ったことを教えてくれた人から、同時に焼け跡から猫の焼死体が発見されたと、私は聞かされていた。

だから、本来私が探していたココにあるべきモノとは “墓” だったのだが‥‥。


もしこの骨が焼け死んだ海岸猫のものなら、半年以上も野ざらしになっていたことになる。

私はその場を去りがたく、しばし呆然と立ち尽くしていた。


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「母のランを独り残して、アスカはどこへ行ってしまったんだ‥‥!?」

「そして、焼け跡へ野ざらしにされていたのは、いったい誰なんだ‥‥!?」

10ヵ月ぶりに海岸を訪れた私が邂逅したのは、やはり嬉しいことなどではなく、哀しく遣りきれない出来事ばかりだった。

しかしながら、これが野良猫の実態なのだ。

それでもなお、野良猫たちは、この厳しい現実を生き続けなければならない‥‥。



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10ヵ月ぶりの訪問 その壱

2014年05月17日 23:00

防砂林の向こうに水平線が覗いている。

私にとっては、10ヵ月ぶりに見る湘南の海である。



時刻は午前8時過ぎ‥‥。
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海岸猫との遭遇率を上げる為にも、出来ればもっと早く来たかったのだが、今の私の体調を司っているのは己の不健全な心であって、こればかりは如何ともし難いのだ。


眺望のきく場所に立ち、湘南の海と向き合った私は、その情景を撮影しようとカメラを手にした。
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と、そのときである。背後から、か細い猫の鳴き声が聞こえたのは。

(動物の本能が鈍麻した現代のニンゲンであっても、長く猫と関わっていれば、他の物音に紛れた猫の鳴き声を聞き取れるようになる)


私は素早く振り向くと、周囲に視線を巡らせた。すると‥‥。


私の足許をゆっくりとした足取りで横切っていくキジトラ柄の猫の背中が、視界の端に飛び込んできた。
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「この特徴ある巻き尻尾は‥‥!」私は思わず心の中で呟いた。


「やっぱりお前だったのか!」
果たして、その猫は姉妹猫の片方であるランだった。

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ランとは昨夏、帰省する数日前に会って以来だから、やはり10ヵ月ぶりの再会になる。


「それにしても‥‥」と私は思った。
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私が海岸へ行こうと思い立ったのは今朝であり、勿論そのことをランが知る術はない。


にもかかわらず、私が来るのを知っていたかのようにランは姿を現した。何故か?
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可能性としては二つあって、まず防砂林の中から私の姿を偶然目撃した場合、それと私が自転車のスタンドを立てる音を察知した場合が考えられる。


五感の中でもとりわけ聴覚が優れている猫だから、後者の可能性が高い。
そういえば、以前も私が自転車のスタンドを立てると、防砂林の中から小走りで出てきていた。

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10ヵ月ものブランクがあったのに、特定の音を記憶し識別する高精度な猫の聴力に、私は改めて感嘆した。


私の傍らで落ち着いたのも束の間、ランはいきなり体を起こして身構えた。
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ランの視線が捉えていたのは、飼い主に連れられた散歩中の犬だ。
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理由は分からないが、この海岸猫は異常と思えるほど犬への敵愾心が強い。威嚇するだけなら問題ないのだが、ランは実際に先制攻撃を仕掛ける。


「ラン、やめときな。大人しくじっとしているんだ」
今にも飛び掛からんとしていたランを、私はそう言って制した。

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飼い犬と争って、自ら無用な恨みを買うことはない。愛犬可愛さに “子供の喧嘩に親が出る” 事態だってあり得る。


私は久しぶりに対面した湘南海岸の光景を改めて見渡した。
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少なくとも私の目には、湘南海岸が10ヵ月前と何ら変わっていない風に映った。


私が砂浜へ降りると、ランも後を追ってきた。
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ランと再会を果たしたときから、私は気になっていることがあった。
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それをランに問い質したいのだが、私の不吉な予感を彼女に裏打ちされそうで、なかなか話の口火を切れずにいる。


野良猫と深く関わっていると、楽しさや嬉しさを感じることなど稀で、大抵の場合は哀しく遣りきれない思いをする。
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当ブログの主意は、それらの実情を出来るだけそのままの形で、読者へ提示すること。


それがためだろう、以前から、私のブログを見ると切なくなる、というコメントが数多く寄せられているのは。
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でもそれは仕方のないこと。何故なら、野良猫自体が切なく哀しい存在なのだから‥‥。


もしもあなたが『 見ぬもの清し 』を標榜するなら、当ブログを訪問するのはやめたほうがいいかもしれない。
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なんとなれば、これからも当ブログの主題は野良猫の実態を活写することだからだ。


そして恐らくその内容の多くは、切なく心憂いものになると思われる。
でも柔軟性に欠ける私の性格だと、野良猫と適度な距離をおいた皮相なブログは、書こうにも書けないのだから仕方ない。



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ランは10ヵ月前と変わりなく、壮健に暮らしている様子なので安心した。
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これも、世話をしてくれているボランティアの方の尽力の賜物であり、私は常々その人たちに感謝と尊敬の念をいだいている。


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「ところでラン、お前腹減ってないか?」


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私は人目に付かない防砂林の中へランを誘い、そこで猫缶を与えた。
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私自身は野良猫への給餌を、彼らに対する贖罪と謝礼だと考えていて、衆人環視の中であっても毫も疚しさを感じないが、彼らの身の安全を考慮すれば、敢えてその存在を喧伝することはない。


だが、もし野良猫へエサを与えているのを咎められたら、間髪を入れずにその輩へ容赦ない舌鋒を浴びせるかもしれない。(普段は温厚だが、猫のことになると人が変わってしまう私だから)
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ただその結果、そういう輩の矛先が野良猫に向かうことも十分考えられるので、よほどの事態が起こらない限り穏やかに対応するつもりである。


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そんなに空腹ではなかったのか、ランは猫缶を食べるのをあっさりとやめてしまった。


トレイに盛ったのは猫缶の半分程なのに、それすら食べ残している。
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空腹でない野良猫‥‥、それは比較的恵まれた環境にいる、という証左。


私はランの世話をしているボランティアの方に出来るだけ早く会って、感謝の気持ちを伝えたいと思っている。
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加えて、私が不在のあいだのランの生活ぶりを訊いてみたいとも思っている。


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私はある目的の為に、海岸沿いの道をゆっくり歩いて移動することにした。
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その私の後を、やはりゆっくりとした足取りでランが追ってきた。


往来する人たちはそんなランの姿を見て、目を瞠ったり、振り返ったりしたが、総じて好意的な表情だ。
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それでも、防砂林の中でひっそりと暮らしているランを人の目に晒したくはない。
かといって、ランを振り切るために自転車を使っては、私の意図することに支障を来す。



それに、ランがいたほうが目的の達成が容易くなるかもしれない、という期待もあった。
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にしても‥‥、10ヵ月も不在だった私を忘れずにいてくれ、さらにこうして私を慕って後を追ってくるランを見ていると、いじらしくて胸が詰まりそうになる。


言い出しっぺは誰なのか知らないし、調べる気もないが、“猫は情が薄い” とか “猫は三年の恩を三日で忘れる ” などと、まことしやか語られている。


が、それはニンゲンの勝手な思い込みであって、愛情を持って接していれば野良猫でさえ、こうして思慕の情を示してくれるのだ。
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私に言わせれば、もっとも薄情なのはニンゲンだ。なんとなれば、猫はニンゲンを裏切らないが、ニンゲンはいとも簡単に猫を裏切るからだ。


ランと連れ立って歩くこと15分余り、私がかつて “西のエサ場” と呼んでいた場所に到着した。
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ここは2012年の夏に、ランが生まれ育ったホームレスの小屋を離れ、ふたりの子供を連れて最初に移り住んだところだ。


今はエサ場としての役目を終え、ひっそり閑としている。
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ランはここでふたりの子供と一緒に暮らしていた頃へ思いを巡らせているのだろうか。


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「ラン、お前に訊きたいことがあるんだが‥‥」私は我慢出来ずに、とうとう話の口火を切った。


湘南海岸の風景は10ヵ月前と変わりなく見えたが、人が足を踏み入れない防砂林では幾つかの変容が散見された。

そして‥‥。

このあと海岸猫の姿を求めて防砂林の奥へ入った私は、そこで無残な場景を目にすることになる。



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【謝辞】


私が故郷に滞在しているとき、神奈川の自宅に、海岸猫たちへと、猫缶が送られてきた。
それもこんなに大量の猫缶が‥‥。

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送り主は福岡在住の『 あなご 』さんだ。

家人から荷物が届いたと連絡を受けた際に、お礼のメールを差し上げたのだが、この場を借りて改めて謝意を述べたいと思う。


「あなごさん、沢山の猫缶を送っていただき、ありがとうございました。この猫缶は海岸猫に代わって私が一時お預かりします」

管理人:wabi



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生きること・死ぬこと その拾

2014年05月05日 05:00

私は長きに亘った実家滞在を切り上げ、ようやく神奈川へ帰る決心をした。

思い返せば‥‥。

母が意識を失くし緊急入院したとの一報を受けた私は、体の不調を抱えながら帰郷。
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母は持ち前の生命力で奇跡的に意識を取り戻し、一時軽快の兆しすらみせた。


しかし‥‥。


入院してちょうど1ヵ月目の払暁、母は静かに息を引きとった。
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さらに、その母のあとを追うように愛犬サクラが急死。
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相次ぐ不幸に私の病んだ精神は深手を負い、やがて絶望の淵へ沈んでいくと、生きることと死ぬことが不分明になる状態に陥った。


そんなとき、私の苦衷を知ってか知らでか、1匹のキジトラ猫が忽然と出現した。
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彼と関わるうちに私の傷付いた心は慰撫され、徐々に虚無感が薄れていった。


そして、同じ生命を有し豊かな感情を具し、更に本能的知性に長けている猫は我々ニンゲンにとって不可欠な存在である、と再認識させられた。
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殊のほか猫の、それも野良猫の素性に拘泥する私はこのキジトラとの出逢いに運命めいたものを感じていた。


それゆえ実家を去る日を数日後にひかえてもなお、私の心の振り子は揺れている。
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何故この時期を選んで私の目の前に現れたのか、結局、具体的にその謎を解くことは出来なかった。
分かったのは、猫は不思議な力を持ったミステリアスな生き物だということ。




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この日もキジトラは夕刻近くに拙宅を訪ねてきた。
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用意してあったカリカリを平らげたキジトラは式台に跳び乗ると、そのまま私が起居している座敷に闖入した。





そうして私が使っている布団の上にゴロリと体を横たえた。
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「ち、ちょっと、それはヤメてくれよ」私は少々焦った。
なんとなれば板敷きの床や畳ならまだしも、自分が寝る布団の上に “土足” はさすがに受け容れがたいからだ。



しかしながらこうしてスリスリされると、「布団に上がるのは足裏を拭ってからにしなさい」なんて諭すのは、ひどく野暮で偏狭に思えてくる。
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で、結局のところ、「イイよ、イイよ、シーツやタオルケットを洗えば済むことだから」と猫撫で声で前言を撤回するのだった。


私のことを信頼しきって、私の膝を枕に眠るキジトラ‥‥。
一見すると、この子がニンゲンの私を慕い身を委ねている光景だが、実情は違っている。

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エサを与えたり、ネグラを設置したりして、物質的には私がキジトラを援助しているが、しかしそれは飽くまで皮相な見方に過ぎない。


前述したように傷付き疲弊した私の心は、この子と接するうちに随分と癒やされた。
つまり精神的には、私がキジトラに救済されているのだ。

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物質的な助力と精神的な助力、その有難味は受ける側の事情によるが、摩滅した私の心が希求するのは “精神的な助力” なのだから。


これまでも何度か猫の争う声を耳にしていたが、いずれも辺りが寝静まった深夜だった。
ところがある日の夕暮れ時‥‥。

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猫同士が威嚇し合う激しい鳴き声が響き渡った。それも明らかに実家の庭が発生源だ。


もしや、と思い外にでると、玄関先にうずくまる猫の後ろ姿が目に入った。
果たして、それはキジトラだった。

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彼は興奮冷めやらぬ様子で、門の方を向いたまま身じろぎしない。


私は道路にでて辺りを見回した。すると、向かいの塀の上にキジトラよりふたまわりほど大きな体躯をしたキジ白と目が合った。
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私の存在に気づいてもなお、悠然と構えている様子から、飼い猫の可能性が高い。
「なあ、キジトラ君とケンカしないで仲良くしてくれよ」と私は訴えた。



キジトラは玄関先に戻った私の足許に寄ってくると、そっと私を見上げた。
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そのキジトラの顔を見て私はふと思った。エサを食べるとき緊張した面持ちで盛んに周りを気にしていたのは、あのキジ白を警戒していたのかもしれない、と。


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買い物からの帰途、何気なく視線を巡らせたら、近所の家のテラスにキジトラを発見した。
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どうやらキジトラも私に気づいたようだ。


キジトラと私は暫時、塀を挟んでお互いの顔を見つめ合っていた。
「なんだろう、この妙な空気は‥‥?」私はキジトラの様子に違和感を覚えた。

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ニンゲン同士でもよくあるが、思いがけない場所で知人とバッタリ出くわしたときにみせる気まずさ、それがキジトラの態度から感じられたのだ。


私は試しに舌を鳴らしながら、「留守にしていて悪かったね。腹減ってるんならうちにおいで」と呼ばってみた。
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しかし近くまでは来たものの、久しぶりに親戚のおじさんに会った人見知りの子供のように、素直には寄ってこない。


私など眼中に無いとばかりに、キジトラは紫陽花の葉に鼻を近づける。
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こういうニンゲンに隷属しない気紛れな気質こそ、猫の美点であり魅力なのだ。


「お前はこの広いフィールドで、今までどおり自由気ままに暮らした方が幸せかもな」
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その呟きが聞こえたのか、キジトラはつとこちらに向き直ると私の顔をしげしげと見つめた。


と、そのとき、背後から声をかけられた。
「◯◯さんの家をご存知ないですか?」と営業マンらしき男性。

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今の実家は私が上京した後に建てられたもの、がためこの地区の土地勘は持っていない。
その辺の事情を簡単に説明すると、営業マンらしき男性は礼を言って去っていった。



振り向くと、キジトラは既に姿を消していた。
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見知らぬニンゲンの出現に驚き、慌ててこの場を離れたのだろう。


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私は一時、不思議な因縁を感じるこの子を引き取り、神奈川へ連れて帰ろうと真剣に考えていた。今もその意思が完全に無くなったわけではなく、心の振り子は揺れ続けている。
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だが、そうするには越えなければならない “事情” という名目の障壁が幾つかあった。


まず、この子を家に迎えるには家族の協力が必要不可欠だ。ところが‥‥。
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この子と出会って間もない頃、家人にそれとなく私の意向を伝え協力を求めたところ、婉曲な言い回しで拒まれた。


詳しい事情は明かせないが、今の私は、家人の許諾無しでは猫1匹を引き取ることすら困難な状況にいる。
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それに例え家人の協力を得られたとしても、今の住宅環境では、この子に窮屈で不自由な思いをさせて、多大なストレスを与えるだろう。


さらには野良猫だとしても世話をする親がいるこの子を、私の一存で神奈川へ連れて行くのは、やはり憚られた。
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『 猫はニンゲンと一緒に暮らせば幸せになれる 』 というのが私の持論だ。
しかしこの論には “例外有り” の注釈を加えなければならない。



そして‥‥。

いよいよ私が故郷を去る日がやって来た。


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後顧の憂いを少しでも減じさせる為、キジトラに出来るだけのことをしておこうと思った。


まず、寝床の段ボール箱を頑丈で断熱性の高い物へ交換した。
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次に、まとまった量のカリカリを大き目の二つの容器に入れる。
湿気るのですべては開封していないが、心配するには及ばない。

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なんとなれば、猫ならこんな袋など簡単に食いちぎってしまうからだ。
そして最後に、効果の程は疑わしいが、ロッカーの隅に湿気取りを置いて完了。



これだけ用意しておけば、しばらくは持つだろう。
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ただ先日のキジ白などの他の猫が、ここにエサがあることを知ったら、あっと言う間に無くなるだろうが。


私は昼過ぎに出立したが、この日キジトラは何故か一度も姿を見せなかった。
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別れのあいさつと礼を言えなかったのは心残りだったが、その半面では顔を見ると辛くなるのは分かっていたので、ホッとした思いもあった。


「今度戻って来たときには、また元気な姿を見せてくれよ」
私は後ろを振り返るたびに、心の中でそう呟いた。



次回からは、湘南海岸に棲む海岸猫の実態を紹介する、本来の内容に戻すつもりだ。
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湘南海岸は私の不在などまったく関知しない風に、以前のままの表情で迎えてくれるだろう。

だが、海岸猫の情況には様々な変化があったと仄聞している。




* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



『キジトラのその後』


私は実家を去るにあたり、従弟にキジトラの様子をときどき見てくれるよう頼んだ。

無類の猫好きである従弟は快諾してくれた。

ただ従弟の家から私の実家までは、道が空いていても車で一時間以上かかる。

従弟は仕事もかかえているし、頻繁に通うことが出来ないのは承知していた。

だから私としては月に一度、いや、2、3ヵ月毎に報告を貰えればいいくらいに思っていた。

そうしていつ来るか分からない従弟からの連絡を待っているときだった。

従弟の母親、つまり叔母から一本の電話がかかってきたのは‥‥。



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「お願いがあるんやけど‥‥」それが叔母の第一声だった。

この叔母はここ数年間において、余人には想像も出来ないほどの艱難辛苦を体験していた。

がために叔母は眠れなくなったり、人目を気にして外出もままならない状態に陥っている。

生前の母も、末妹のこの叔母のことを「かわいそうに、かわいそうに」と、ときに涙を流しながら話していた。

叔母が住んでいるのは人口50万人余りの、いわゆる地方都市である。

それに比して私の実家がある町は人口にして5分の1、人口密度は6分の1程度。



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叔母の頼みとは、比較的のどかで近所に顔見知りもいない私の実家に、静養の為しばらく住まわせて欲しいというものだった。

私は叔母の切願を断る理由など何ひとつ持ち合わせていなかった。

1年半余りの間に両親を相次いで亡くした私に、その両親の建てた家を自分が所有しているという実感は今のところほとんどない。

それにもし母が生きていたら、薄幸の叔母を喜んで受け容れただろうことは想像に難くない。


叔母が私の実家に住み始めて5日目、メールが出来ない叔母に代わり従弟からメールが送られてきた。

そのメールには、あのキジトラのことが書かれていた。

私が去ってから10日ほどして叔母が実家にやって来たら、ロッカーの中のカリカリは既に無かったという。

また、私がいたときは毎日のように訪ねて来ていたキジトラだったが、これまで叔母の前には一度も姿を現していない、とあった。

ところが‥‥。

この日キジトラはいきなり来訪すると、「ニャア」と一声発して廊下まで上がり、喉をゴロゴロ鳴らしたという。



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それからは頻繁に訪ねて来て、家の中でのんびりくつろいだり、構ってくれと叔母に体を擦りつけてくるまでになったとのこと。

その様子を撮った写真を従弟が送ってくれた。



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ちなみに、ここは実家で一番日当たりがよく暖かい部屋である。

叔母もまた、大の猫好きなので、従弟からのメールは「母もエエ友達が出来て喜んでるよ」と結んであった。



最近になって新たな写真が従弟から送られてきた。

その写真を撮影順に羅列しておく。



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「心持ち緊張した表情に見えなくもないが、叔母と従弟を信頼していることは確かだ」


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「それにしても私がキジトラの心を開かせるのに数週間もかかったのに、叔母と従弟が短期間しか要しなかったのはどうしてだろう?」


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「叔母と従弟が私と同じ血を持つ眷族だと、猫の本能で感知したのかもしれない」


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ともあれ、キジトラが元気でいることが分かって、私は胸を撫でおろした。


キジトラは今も足繁く叔母の許へ通って来ている。
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私としては叔母がキジトラに心を癒され、一日も早く快復してくれることを願ってやまない。


『 猫はニンゲンと一緒に暮らせば幸せになれる 』
この私の持論に新たな一節を加えようと思う。

ニンゲンもまた、猫と一緒に暮らせば幸せになれる、と。




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