想いの行方 (中編)

2015年02月28日 18:30

受け容れてくれる相手がいなくなったコジローの想い、相手に拒まれつづけるシロベエの想い、それらの想いはいったい何処へ行くのだろう?


シシマルエリア、夕刻‥‥。
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コジローは目を見開き、視線を一点に集中したままじっとしている。


急変したコジローの態度を目の当たりにした私は、彼の視線の行き着く先を確かめるべく背後を振り向いた。







コジローの視線が捉えていたのは、さっき別れたばかりの新参の茶トラだった。
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茶トラは民家の庭と空地を通り抜け、別の砂利道を我々と同じ方向へ歩んで来たのだ。


茶トラが何処へ向かうのか確かめようと、私は彼との距離を縮めそのまま後を追った。
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聴覚の優れた猫のこと、砂利道を歩く私の足音とカメラが発するシャッター音は感知しているはずなのに、茶トラは一度たりとも後ろを振り返らない。


警戒心を解いているのか、それとも私の行動を知っていながら無視しているのか、茶トラの足取りはあくまでも悠揚として、まるで散歩を楽しんでいるようだ。
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やがて茶トラは草むらの中へ姿を消した。
私は追跡を諦め、その場に佇んだまま茶トラを見送った。



無警戒の猫を追跡するのはさほど困難ではないし、茶トラの出自に関する情報が得られるかもしれない好機をなぜ自ら放擲したのか‥‥、原因は私の足許にあった。


それはコジローだ。
性懲りもせず、コジローは好奇心に駆られて茶トラと私の後を追っていたのだ。

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あのまま私が茶トラを追行していたら、コジローもずっと付いてきただろう。


コジローを引き連れて茶トラの追跡をするとなると事情が違ってくる。
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コジローの姿を見た時の茶トラの行動は読めないし、エリアの外にコジローを連れ出したくない。


『 好事魔多し 』とはよく言ったもので、物事がうまく運んでいるときほど何故か邪魔が入る。
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こうして、茶トラ追跡劇はあっけなく幕を閉じた。私はコジローを促して駐車場に戻ることにした。


「コジロー、戻ろう」
私はまだ未練たらしく茶トラの消えた方を見ているコジローに言った。

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そして来た道へカメラを振ると、ファインダーの隅にシロベエの姿が入り込んだ。


「やれやれ、シロベエまで跡をつけて来ていたのか」
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ただ、シロベエの目的は茶トラではないことは明らかだ。言うまでもないが、私を慕っての行動でもない。


シロベエの想いはただひとつ、コジローとの交誼を深めたいだけだ。
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ところが、そのシロベエの想いをコジローはいっかな受け容れず、いつもにべもなく拒んでいる。


不自由な後ろ脚を引きずりながら、シロベエは慎重な足取りで近づいてくる。
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シロベエの歩みは脚の障害とは無関係にどこかぎごちなく、また表情もいつもより硬い。


やがてシロベエは立ちどまると、その場に腰を下ろしてコジローと向かい合った。その距離およそ5、6メートル。
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一方コジローはさっきから身じろぎしないで、シロベエの一挙一動を見つめている。


シロベエは腰を上げると、思いつめたような面持ちでゆっくりとコジローへ歩み寄ってくる。
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いつものコジローならシロベエの接近を許さず、さっさと逃げているところだが、この時はそんな気配を微塵も感じさせない。
そして‥‥。








シロベエとコジローはついに “ 接触 ” した。
猫同士が鼻をくっつけ合う行為はいわゆる『 挨拶 』で、握手と同様相手に敵意を持っていないという意思表示でもある。

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しかし私のいる位置からは死角になって、実際に鼻をくっつけ合ったか確認できない。


そこで私はふたりの気を引かないように、ゆっくりと回りこんだ。
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「ん‥‥?」私は様子がおかしいのに気が付いた。
シロベエは鼻先を突き出しているが、コジローは逆に顎をひいて鼻を下に向けている。



コジローは寸前でシロベエの鼻を回避したのだ。
竦み上がるように背中を丸め、逃げ腰のコジロー。

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詰め寄るシロベエも執拗だが、それを拒絶するコジローも相変わらず頑なだ。


シロベエが引き下がると、コジローもその場に腰を下ろした。しかしコジローはシロベエと目を合わせようとしない。「それにしてもミョーなシチュエーションだなあ」と私は思わず呟いた。
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シロベエはコジローに近づき再び鼻先をすり付けた。コジローは眼をつむりじっと耐えている。


が、その我慢も限界を超えたのか、コジローは身を翻すとその場から逃げ出した。
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あれ以上の接触は “ 浜の伊達男 ” としての矜持が許さなかったのか、コジローは憤然とした表情をしている。


カラーコーンを含めて三角形の頂点に位置するコジローとシロベエ。
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「これもまた、ミョーな構図だなあ」と私は思った。


シロベエとしてはさっきのコジローとの挨拶で想いを遂げられたのだろうか。
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振りかえったシロベエの表情からその答を読み取ることは出来なかった。


敗走するようなシロベエの後ろ姿に、何かを成し遂げた充足した様子も感じられない。
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やがてシロベエは倉庫の手前まで行くと、いきなり右に曲がってそのまま草むらの中へ入った。


コジローはそんなシロベエに目もくれず、地面に身体を横たえた。
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そして、険しい目付きで前方の一点を凝視したまま身じろぎしない。


視線を巡らせると、打ち捨てられたトタン板の陰にシロベエの姿があった。
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「あんなところで何しているんだ、シロベエの奴?」訝った私がそう呟いた直後だった。


シロベエがトタン板の陰から跳び出して来た。
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その瞬間、私はシロベエの目論見を看破した。


だがコジローは微睡んでいるのか黙想しているのか、シロベエの動きにまだ気付いていない。
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もしかしたら、さっきの出来事について深く内省しているのかもしれない。


足音を消すためか、シロベエはにわかに歩度を緩めた。
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シロベエは捲土重来を期して、虎視眈々(猫視眈々と言うべきか)とコジローの隙を窺っていたのだ。


ここに至ってコジローがやっとシロベエの動きを察知し、ふたりは正対した。しばし睨み合うシロベエとコジロー。
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シロベエは一気にコジローとの距離を縮める。それに対してコジローも及び腰ながら身構えた。


〈次回へつづく〉


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【猫の数え方について】


ものには決まった数え方(助数詞)がある。

たとえば鉛筆は一本、二本、靴は一足、二足、電車は一輛、二輛、原子炉は一基、二基と数える。

生き物はその種類によって大別されている。

哺乳類は『 匹 』か『 頭 』、鳥類は『 羽 』、昆虫類、爬虫類、両生類、魚類などは『 匹 』を使うのが通常だ。
変わったところだとイカは生きているときは『 匹 』と呼ばれ、死んで食材になれば『 杯 』となる。
また蝶を『 頭 』、兎を『 羽 』と数えることもある。


さて、猫の場合は一匹、二匹と数えるのが普通だが、私はこの数え方に以前から抵抗があった。
私は海岸から保護した愛猫と暮らしているが、そのことを説明するのに「私は一匹の猫と暮らしている」とは言いたくない。
なんとなれば、私は “彼女” を飼育しているつもりなど毫もなく “家族” だと思っているからだ。


だから愛猫も含めて猫のことをノミやダニと同じように一匹、二匹と数えることに心理的抵抗がある。

とはいっても、ほかに相応しい数え方が見当たらないのが現実だ。
それがために、不本意ながらもブログ開設当初から『 匹 』を使用してきたのだが、最近になって『 ひとり(独り) 』、『 ふたり 』という表現を敢えて使うようにしている。


しかしこの表記が通用するのは、『 ふたり 』までだと私は考えている。
『 さんにん 』、『 よにん 』と記すと、さすがに取って付けたような不自然さで違和感が生じるからだ。


新たな猫の数え方、この悩ましい案件について快刀乱麻を断つような妙案を持っている方がいれば教示願いたい、と切実に思っている。


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想いの行方 (前編)

2015年02月14日 17:00


私は折にふれて思うことがある。
果たして、胸に秘めた想いが相手に届くことなどあるのだろうか、と。

そして『 以心伝心 』とか『 拈華微笑 』とか『 あうんの呼吸 』なんて事象は実際にあり得るのだろうかとも‥‥。


湘南海岸、夕刻。
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シシマルエリアに着いたとたんに、コジローの寛いでいる姿が目に入った。
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《 寝ているのかな‥‥ 》と思いながら、私は足音を忍ばせてコジローの正面に回りこんだ。
しかしコジローは寛いでなどいなかった。何やら難しい案件について熟考しているような険しい目付きで前方を見つめている。



「どうしたコジロー、悩み事でもあるのか?」と私がそう言って、コジローの身体に触れようとした瞬間、コジローはいきなり体を捻って腹を見せた。
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動物が腹を見せる行為を『 へそ天 』と呼ぶが、それは単に仰向けになって寝ているという意味だと私は解釈している。


猫の他にも犬、うさぎ、そして動物園で飼育されている虎、熊、猿、カンガルーなどもときに仰向けで寝る。これらは外敵のいない安全な環境にいる動物たちだ。
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だから私のブログにはへそ天という言葉は出てこない。なんとなれば、野良猫は腹を見せて寝るという無謀なことなど殆んどしないからだ。(ちなみにコジローのへそ天姿は一度だけ目撃している)


私は猫が腹を見せて体を左右に捻りつづける行為にも名称がついているのか調べてみた。
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ところが、“ クネクネする ” とか “ ゴロゴロする ” という表現ばかりで、特に名称は決まっていないようだ。


そこでこの際、へそ天のまま体をクネクネさせる行為を『 へそ天ローリング 』と呼ぶことにした。
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無論当ブログだけで通用するいわゆる隠語であり、世間一般には受け容れられない言葉なのは言うまでもない。


コジローは態勢を立て直すと、私が背にしている道路を往来する何者かに警戒の目を向ける。
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私は後ろを振り返らなかったが、おそらく散歩中の犬が通りすぎたのだろうと推測される。その脅威がなくなるとコジローは再び地面に体を横たえた。


そしてまたぞろ “ へそ天ローリング ” を始めた。
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普段はクールな “ 浜の伊達男 ” もこの日は何故か愛想がいい。


猫がニンゲンに対して行うへそ天ローリングは、その相手への信頼と「ボク(ワタシ)と遊ぼうよ」という気持ちの表れである。
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このエリアの海岸猫もその数を減らし、コジローが心を許せる身内や友だちもいなくなった。
受け止めてくれる当てのないコジローの想いはどこへ行くのだろう。



ここにも届かない想いを胸に抱えた海岸猫がいる。
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お気に入りの水上バイクの上で、シロベエは気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。


この海岸猫の出自は不明だ。ちなみに私がシロベエと初めて会ったのは2010年の夏だった。
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そのとき既に成猫だったシロベエはだから、年齢も定かではない。思うに、この子は海岸で生まれたのではなく、ニンゲンの手によって海岸へ遺棄されたのだろう。


シロベエの目付きが変わったので後ろを振り向くと、いつの間にかコジローがすぐ側に来ていた。
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それにしても‥‥相も変わらずシロベエを見つめるコジローの目は冷ややかだ。


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ニンゲンと同じように、猫にも相性の良し悪しがあるようで、コジローはシロベエとの係わりを避けて常に一定の距離をおく。


そもそもコジローは仲間とコミュニケーションを取るのを苦手としている。はにかみ屋なのか、それとも高踏的でありたいのか私には分からない。
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同じエリアに暮らす海岸猫同士くらい仲良くしてほしいという私の想いもまた、彼らに届かないようだ。


と、その時だった。
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いきなり耳をそばだてて、コジローがその眼に小さな警戒の色を灯したのは。
そして前足を地面から浮かせて、いつでも起き上がれる準備をした。



コジローが警戒するのは何なのか、気になった私はコジローの視線の行方を辿ってみた。







したところ、路傍にぽつねんと佇んでいる新参者の茶トラと目が合った。
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図らずも私と対峙する格好になった茶トラは、進むか退くか逡巡している様子だ。


ややあって茶トラは意を決したように一歩を踏み出すと、迷いのない足取りでこちらに進んできた。
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カメラを構える私へは一瞥もくれずに、まっすぐ前を見て歩を進める茶トラ。


どうやら彼は無聊を慰めるためでなく、確固たる目的を持ってここへやって来たようだ。
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「なるほど、そういうことか‥‥」と私は独りごちた。


このエリアのエサ場には、海岸猫たちが空腹に苦しまないよう常時カリカリが置いてある。
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茶トラはこのことを知っていて、空腹をいやすためにエサ場へやってきた訳だ。


ここで茶トラはやおら振り返ると、ようやく私の顔を睨みつけてきた。
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さらに悪鬼のごとき形相を作ると、「シャーッ」と低く小さな威嚇音を発してくる。


しかし私が平然としていると、茶トラは再び室外機の下に頭を突っ込んでカリカリを食べは始めた。
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茶トラはカリカリを殆んど咀嚼せずに喉へ流し込んでいく。よほど腹が減っているのだろう。


満腹になったのか、それともカリカリが無くなったのか私には確認できないが、茶トラは満足気に舌なめずりをしながら振り返った。
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そしてまたぞろ凄味のある形相をして「シャーッ」と威嚇音を発してくる。


しかし写真には写ってないが尻尾は下を向いたままだし、ひげも常態であるところから、茶トラが本気で怒っていないのは明らかだ。


「なあ茶トラ君、残念だけど私にはそんな虚仮威しは通用しないよ」と私は笑みを浮かべ諭すように言った。
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すると、私の態度から自分の気持ちを見透かされたことを悟ったのか、茶トラは表情を和らげた。


私はこの茶トラの様に感情を露わにする猫が嫌いではない。というか、感興すら湧いてくる。
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なんとなればこの子はこれまでの経験が教示するまま、不本意な強面役を演じているように思えて仕方ないからだ。


この茶トラの出自もまた、不明だ。どこで生まれ育ち、どういう経緯で海岸へ住み着くようになったのか分かっていない。
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腹を満たせば長居は無用とばかりに、茶トラはエサ場を後にする。ただ茶トラの足取りは飽くまでもゆっくりしたものだ。


猫が外敵から逃げる場合、必ずと言っていいほど途中で立ち止まり、後ろを振り返って相手の動きを確認する。
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しかし茶トラは一瞬たりとも立ち止まらなかったし、振り返る素振りすら見せなかった。


そんな茶トラを見送っていたのは、私だけではない。
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コジローは安全な車の下から茶トラの行動をつぶさに観察していたようだ。いかにもコジローらしい。


既に茶トラは死角に入って姿が見えないのに、コジローは身じろぎしないで執拗に凝視している。
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コジローとしては、よほど新参者の茶トラの存在が気になるようだ。


茶トラに興味を覚えた私は、彼の足取りを辿っていった。すると民家の庭にうずくまっている茶トラを発見した。
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気配を感じた茶トラがこちらを振り返った。その双眸にはこれと言った情動の兆しは見られない。


「あれ‥‥?」私はこの時、ある重大なことに気がついた。
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それが余りに僅かであったため今まで気づかなかったのだ。


よく見ると、茶トラの左耳の先が欠損しているのが見て取れる。それも喧嘩などで負った傷跡などではなく、明らかに鋭利な刃物で切り取られた跡だ。
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「お前、耳カットしているんだ」
つまりはこの茶トラ、誰かによって去勢手術を受けさせられていたのだ。



その “ 誰か ” はエリアを担当するSさんかと思ったが、耳カットの仕方が違っている。

このエリアの海岸猫も不妊手術を受けた印として以前は耳殻の先をカットしていた。
が、それは決まって右耳だ。それに誰が見ても一目で分かるように深くカットする。


要するにこの茶トラは別のエリアの、そして別のボランティアの人によって去勢手術を受けさせられていた訳だ。


と、私がそうした思いに耽っているうちに、茶トラの関心は別のモノに移ったようだ。
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「こんな状況でいったい何が気になっているんだ?」


訝った私が後ろを振り返ると、そこにはコジローがいた。
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「コジロー、お前も物見高いやつだなぁ」と私は思わず呟いた。


しかしコジローの行為は仕方ないことで、猫は警戒心も強いが好奇心も強い生き物なのだ。
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『 好奇心は猫を殺す 』。これはイギリスの諺である。
イギリスでは猫は9つの命を持っているとされ、そんな猫ですら旺盛な好奇心ために命を落とす、という意味だ。



それが転じて、『 好奇心の赴くまま何にでも首を突っ込むと、思わぬ危難に遭う 』とニンゲンに対する戒めの言葉になった。


喩えに使われるほど猫が好奇心の強い動物だという認識は洋の東西を問わないようだ。
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ただ前回載せたものも含めて、猫にまつわる日本の諺の多くが的外れなのに対して、イギリスの諺は猫の習性を的確にとらえていると思う。


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コジローは伸びをするとゆっくりとした歩度で近づいてきた。


そして尻尾を垂直に立てたまま私の脚に身体をすり寄せる。
「どうしたコジロー、クールなお前らくもない」と私は揶揄を込めてそう言った。

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このタイミングで身体を寄せてくるコジローの心境を私なりに読んでみた。もしかしたら新参の茶トラへの対抗心のなせる業かもしれない。言うところの『 嫉妬、ジェラシー 』である。


コジローが現れたからか、茶トラは庭の奥へと遠ざかった。
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「これ以上近づけないから心配無用だ。どこでも往来できるお前たちと違ってニンゲン界には他人の地所へ無断で立ち入れない決まりがあるからな」


茶トラに別れを告げた私は、コジローと一緒に一旦エサ場へ戻ることにした。
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コジローは大型船を曳航するタグボートよろしく私を先導していく。
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そして私がちゃんと付いてきているか、確認のためにときおり後ろを振り返る。


更には立ち止まって私が追い着くのを待っていてくれる。
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ここまで野良猫に気遣われると、冥利に余る思いだ。それも相手がコジローときては尚更である。


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この気遣いをエリアの仲間たちにも見せてくれるといいのだが、と私は思わずにはいられない。


その時だった‥‥。
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コジローの表情が強張り、大きく目を見開いたのは。



〈次回へつづく〉



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2年半振りの再会 (後編)

2015年02月01日 23:00

“ 臆病猫のビク ” に会いたいという私の願いは、2年半振りにようやく叶った。

ビクの元気な姿を確認できた私はほっと安堵の胸を撫で下ろした。

しかし‥‥。


重症とはいえないが、彼女は目を病んでいた。


湘南海岸、夕刻。
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ビクの身体を撫でながら、私の頭には様々な思いが駆け巡っていた。
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まず脳裏に浮かんだのは《 ビクはいったい誰の世話を受けているのだろう? 》という疑問だった。


東のエサ場を担当していたKさんは、世話をしている海岸猫がエリアから去ったのを機に海岸へ来なくなったと人づてに聞いている。
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しかしビクは以前と変わらない丸々と太った体型を維持している。ということは、十分な食事を与えられているはずだ。


食べ物を得られる機会が多い街中で暮らす野良猫と違って、海岸猫は定期的に給餌してくれるボランティアの人がいないと生きていけない。
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ただ臆病で警戒心の強いビクとて、生きるためならほかのエサ場へ出張ることもありえる。


しかしこのエリアで独り暮らしていることからも、やはり誰かがエサ遣りに通っていると考えた方が自然だろう。
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《 ではいったい誰が‥‥? 》結局私の思考は最初の疑問に回帰してしまう。


この日も食事を終えた直後なのか、空腹を訴える素振りをまったく見せない。
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ただ不可解なのは、エリア内にエサ場が見当たらないことだ。


給餌するのに紙製の器を用い、毎回処分するエサ遣りさんもいるが、それでも飲料水用の食器は置いてあるものだが‥‥。
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ここ数年は両親が相次いで他界したり、また私自身の体調不良が原因で、以前に比べて海岸を訪れる回数がめっきり減ってしまった。


当たり前のことだが、私が不在のあいだにも海岸猫を取りまく環境は変わり続けている。
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海岸猫の顔ぶれが替わりエリアの区分も不明瞭になり、そしてエサ遣りさんも入れ替わった。


そのせいだろうか‥‥、私が “ 海岸 ” から疎外されているように感じるのは。
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ほんの少しだが、陸に戻った際の “ 浦島太郎 ” の心境が分かる気がした。


爪研ぎを終えたビクは何かの気配を察知したようで、いきなり身構えた。
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耳をそば立て険しい目付きで防砂林の一角を見つめている。ビクの視線を辿って振り返ったが、私にはビクが何を見ているのか分からない。


胡乱な気配は消え去ったのだろうか、ビクは表情をやや和らげて開けた場所へ出てきた。
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しかし警戒を完全に解いていないのは、ビクの目が雄弁に語っている。
おそらくニンゲンの私には聞こえない “ 音 ” にビクは反応しているのだろう。



猫の耳は27もの筋肉、言うところの『 耳介筋 』で出来ている。
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だから猫の耳はパラボラアンテナのように方向を自在に変えられるのだ。それも左右別々に前後180度の角度で動かせる。


ちなみにニンゲンの耳の筋肉は三つだけで、またその筋肉も退化しているため耳を動かせるのは10人にひとりくらいだ。
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ビクは何かを見つめている風だが、耳を見れば分かるように実際は後方の音に神経を集中している。


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おもむろに体を横たえたビクはしかし、まだ警戒を解いていない。


ビクが執拗に気にしている音の正体が何なのか、ニンゲンである私には分からない。
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私の耳に聞こえるのは海風とその風が樹木を揺らす音くらいだ。


2004年、ビクは東のエサ場で野良猫の母から生まれた。


野良猫の平均寿命は4~6歳というのが事実なら、10歳を迎えたビクは稀な存在だ。
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その10年間、ビクは様々な苦難に遭ったと推測されるが、とりわけ “ あの事件 ” はビクを危殆に瀕しさせた出来事だったと思われる。


想像するだにおぞましい事件が起きたのは今から8年前‥‥、
ビクが2歳の時だった。



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ボランティアのKさんは、その日も日課である海岸猫への給餌のために海岸へやって来た。

おそらくKさんの目には、海岸の風景がいつもと変わらない平穏なものに映っただろう。

だがKさんはじきに、信じがたい異様な光景を目にすることになる。


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Kさんの到着を前もって知っていたかのように、エサ場にはすでにビクの姿があった。

ところがビクはとても奇態な姿をしていた。


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ビクは頭に細長い棒状のモノをくっつけていたのだ。

訝ったKさんがよく見ると、その棒はビクの小さな頭を貫いていることが分かった。

驚いたKさんは棒を握ってビクの頭から抜こうと試みたが、頭蓋骨を串刺しにしている棒はぴくりとも動かない。


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自分の手に余ると判断したKさんは、すぐにビクを動物病院へ連れて行った。

医師によって抜き取られた棒の正体は “ ボウガンの矢 ” だった。

つまり誰かが故意にビクをボウガンの標的にしたのだ。


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ビクはしかし、奇跡的に一命を取りとめた。

ボウガンの矢は頭の部位に致命的な傷を負わせていなかった。運が良かったと言うほかない。


この出来事はKさんから直接聞いた実話である。


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この地球上で最も残忍酷薄な生き物、それは間違いなく我々ニンゲンだ。


強い者が弱い者を餌食にする、 “ 狭義の食物連鎖 ” の上位捕食者であるライオンでさえ、満腹の時はたとえ獲物が目の前にいても食指を動かさない。
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それなのに‥‥、ニンゲンだけだ、慰みに無辜な弱者を虐待したり命を奪ったりする生き物は。


弱肉強食は自然の摂理だが、自分たちが生殺与奪の権をほしいままに握っていると心得違いしているのもまた、ニンゲンだけだ。
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かかる卑怯な犯罪者はいずれ地獄の業火で焼かれる運命とはいえ、この世でも相応の報いを受けるべきだ。


初めてボウガン事件の顛末をKさんから聞かされた私は、ビクが臆病になったのはこの事件が原因だと思った。
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しかし猫と交誼を続けていくうちに、彼らの性格形成はそんな単純なものではないことが分かるようになった。


だから今はビクの臆病な性格が先天的なものなのか、それともボウガンの矢で頭を射抜かれた事件の衝撃が影響しているのか私には判断できない。
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いずれにしろビクの臆病な性格は変わらないが、あんなむごい目に遭いながらもビクはニンゲンを慕い、愛情を求め続けている。


2年半も会っていなかった私のことをちゃんと憶えていて、以前と同じようにこうして身を委ねてくれる。
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《 九死に一生を得たビクにはぜひ長生きしてもらいたい 》と私は強く願った。


ビクはいきなり私から離れると、防砂林の奥へ逃げ込んでしまった。
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「ビク、ごめんよ、驚かせてしまって」私は自戒の念を込めてビクに謝罪の言葉をかけた。


ニンゲン同士でもままあるだろう、良かれと思ってしたことが却って相手の機嫌を損ねてしまうことが‥‥。
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ビクの身体を撫でている行為に乗じて、私はティッシュをポケットから取り出し、ビクの目にこびり付いた目ヤニを拭おうとしたのだ。


猫は保守的な生き物で変事を厭い、環境が急変したり相手がいつもと違う行動をとると敏感に反応する。
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ビクもまた、私の行動に常ならぬものを感じたから急いで私から離れたのだ。


爪研ぎには古くなった爪を剥ぎ武器である爪を尖らせるという実際的な目的と、ストレス解消や気分転換をするという精神的な目的がある。
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この時のビクの目的は明らかに後者で、昂ぶった気持ちを鎮めるために爪を研いでいるのだ。


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爪を研ぎ終えたビクは私を一顧だにしないで、防砂林のさらに奥へと歩き去ってしまった。


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こうして少し気まずい別れ方をしたが、ビクに会えた喜びで私の心は充足していた。


『 猫は三年の恩を三日で忘れる 』とか『 犬は人につき猫は家につく 』などと猫が薄情なように言われているが、これらはニンゲンの認識不足による妄言虚言の類である。

前述したように環境の変化が苦手なだけで、猫は情に厚く、受けた恩もしっかり憶えている生き物だと分かってもらえただろう。



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