命の重さ (後編)

2015年06月22日 10:00

エカシさんに礼を言って私と次女が防砂林から出ると、リンが側に寄ってきた。
次女とリンは初対面だが、ふたりがうちとけるのに時間は必要なかった。


それに “言葉” もいらない。ふたりは旧知の仲であるかのようにごく自然に心を通わせている。


リンは次女の悲しさを、そして次女はリンの優しさを感じとる。

ふたつの “魂” は遠慮がちに、しかしとても親密に触れあっている。


次女は私に対しても口をつぐんで何も喋らない。私もリンを紹介しただけであとは黙っている。

こういう場合に鹿爪らしく道理を説くほど私は高慢でも愚かでもないし、月並みな言葉で慰めるほど優しくも楽天的でもない。


私にできるのは、深く傷ついた娘の心が発する無言の声に耳を澄ませることだけだ。

娘の脳裏には、未だ無残なサバ白の様子が鮮明に焼き付いていると思われる。


轢死体としてはキレイな状態だと前回述べたが、それは飽くまでも “比較的” であって、普通の神経を持ちあわせていれば、やはり目を背けたくなるシロモノだ。

下顎は砕かれていびつに変形し、残っている歯は下の犬歯2本のみだ。そして直接タイヤに轢かれた腹部は破裂し、ぱっくり開いた裂け目からは内蔵が見えている。





ニンゲン普通の人生を送っていたら具体的な “死” も象徴的な “死” も避けて通りたいもの。そしてそれは視線をそっと逸らすだけで、いとも簡単に成し遂げられる。

逆にあえて自ら “死” に触れるのは、相当な覚悟がいる行為である。

どうやら動物好きの私の遺伝子は、次女に正統に受け継がれているようだ。





ともあれ今回の出来事で次女は何かを得、そしてその代償として何かを失ったはず。

しかし次女が何を失い何を得たのか、残念ながら私にはうかがい知れない。


別れ際に私は次女に言った。「また何かあったら電話してきなさい」
「‥‥うん」次女は会った時と同じように小さな声で答えた。

次女の後ろ姿を見送っている私の脳裏に、ふいに “陽水” の曲が浮かんできた。



井上陽水 - いつのまにか少女は(1973) 投稿者 love_sofia


夜も明けきらぬ早朝に羽化する蝶のように、次女も人知れずひっそりと大人になっていた。
「それにしても‥‥」私は改めて感慨深く独りごちる。「月日が過ぎるのは本当に早いな」


次女が去ってしまうと、私は急に疲労感を覚えた。実際的な埋葬作業は何ひとつやっていないにもかかわらず、だ。







その疲労感は肉体的なものではなく、精神的なものだ。だから体を使ったあとに残る達成感とか充足感といったものは、そこには微塵も無かった。

私にとっても猫の生々しい轢死体を目の当たりにしたのは今回が初めてのことで、少なからず精神的なショックを受けていた。







何が契機になったのか不明だが、私は中学生の頃から自分のであろうが他人のであろうが関係なく 、“血” に対して生理的な嫌悪感を持つようになった。

ただ “血液” それ自体に嫌悪感を感じることはなく、たとえ血だまりを見ても平気なのだ。

ところが生々しい傷口から流れ出る血を見ると、とたんに気分が悪くなり卒倒しそうになる。

だからサバ白の遺骸を見てから、私の胸の中には不快な塊が居座りつづけている。


同じ被毛を持つリンの子が、私の差し出した草の葉に誘われて近づいてきた。





埋葬された子とこのサバ白の子は、同じ柄をしているからやはりよく似ている。


でもいくら想像力を働かせようと、ふたりの姿は重ならない。
埋葬された子は損傷した部分をできるだけ排除しても、私の頭の中で目の前で舌を出している子と同じ猫として像を結ばない。




ふたりの違いは突き詰めれば “命” の有無だけだというのに‥‥。


もしも猫の魂の重さもニンゲンと同じ21グラムだとしたら、たったそれだけの差異でどうしてこうも印象が違ってしまうのだろう、考えてみれば不思議なことだ。





このブログを始めてから、私は実際にいくつかの “命” を見送った。

海岸猫では、まず重度の腎不全を患った『 ミケ 』。
世話をしたご夫婦の尽力もあり、関係者数名に看取られてとても穏やかな最期を迎えた。
2010年6月。カテゴリ: 『 ミケの末期 その参 』

次に扁平上皮癌に冒され長年その苦しみと闘った『 ミリオン 』。
多くの人の協力のもと手術を受けることができたが、容態が急変し、病院でゼブラ柄の毛布と戯れながら静かに息を引き取った。
2011年1月。カテゴリ:特集記事 『 病魔と闘う猫 ミリオン 』

そして駐車中の車の下にいたところ、発車したその車に轢かれてしまった『 ミイロ 』。
妊娠した状態で遺棄された元飼い猫のミイロは、病院に担ぎ込まれたが7時間後に無念の死を遂げた。
2012年12月。カテゴリ:特集記事 『 嗚呼、ミイロ 』

私は見送れなかったが、ほかにも『 シシマル 』『 ボス 』がやはり車に轢かれて落命している。
カテゴリ:『 速報 シシマル哀惜 』 カテゴリ:『 ボスエリア 』







さらにプライベートでは2011年12月に父が肺炎のために他界。
『 父の気遣い 』

1年半後の2013年7月には母が白血病で他界。
カテゴリ:『 母の死とキジトラ 』

その母の後を追うように愛犬『 さくら 』が同年8月に他界。
『 生きること・死ぬこと その弐 』

こうして改めて列挙すると、ここ数年の私の人生は様々な死に彩られていることが分かる。

そしてこれらの死に対する私の想いは、その性質において飽くまでも同一だ。







私は以前、『 ニンゲンの命と他の動物の命は基本的に等価だ 』と述べた。

無論これは私見であって、普遍的な真理などとは露思っていない。

また “基本的” とことわっているのは、私も全ての動物の命とニンゲンの命が等価だとは思っていないからだ。

私がここで言う “動物” とは、喜怒哀楽の感情を持ち、ニンゲンと心を通わせられる生き物を指している。







だから私の説に賛同しても、対象とする動物の範疇は人により異なるはず。

「今このブログを見ているあなた、そう、あなたの場合はどうですか?」

「対象となる動物は犬猫だけですか、それとも哺乳類全般?さらには鳥類や魚類まで含みますか。もしかしたら爬虫類や両生類にとどまらずイカやタコや昆虫類や甲殻類にまで及んでいるのでしょうか?」








ちなみにこのサバ白の子と自分の命は等価だと私は思っている。比喩的表現としてではなく実際的に、だ。


地球を含めた宇宙を創った “匿名の創造主” が存在したとしてその観点から我々を見れば、おそらく地を這う同等の生物として目に映るはずだ。

その創造主からすれば豊かな感情を有し、細やかな愛情を解し、そして同じ魂を持っているこの幼い海岸猫と私の差異など無いにひとしい。








そこで創造主は眉をひそめる。

「本来ニンゲンは食物連鎖の頂点捕食者ではなくチンパンジーと同じレベルだったのに、たまたま得た少しばかりの知恵を使って自然の摂理を無視し消費するだけの存在に堕しているではないか」

「あまつさえ授けてもいない生殺与奪権を乱用して、慰みにほかの生き物を殺すという蛮行をほしいままにしているとは、何て残忍非道なやつらだ」







創造主は声を荒らげてつづける。

「それに加えあろうことか地球の資源を貪り食い、その残りカスを辺りかわまず撒きちらしている」

「この美しい地球にとってニンゲンはもはやウイルスと同じ。宿主である地球が滅びれば己も滅びるということは自明も自明なのに、それも分からんとは愚昧にも程がある!」

「地球自身による駆逐を待たず、わしが手ずからニンゲンを根絶やしにしてくれようか!」







創造主はやがて何かを思い出したように表情を和らげる。

「だがニンゲンが心を入れ替えて、これ以上地球やほかの動物を損なわないようにすれば間に合うかもしれない、まだ」

「としても残された時間は‥‥、もう僅かしかない」







匿名の創造主は見ていた。事故に遭い非業の死を遂げたサバ白の埋葬の一部始終を。
「この薄幸の猫の魂は、わしがしかるべき場所へ送り届けよう」



創造主はさらにつづけて言う。「それはこの少女の勇気ある行いに対する、わしからのせめてもの恩典だ」

「それから、さきほどより野に暮らす猫とたわむれているお前に教えておくことがある」







「お前の考えや言っていることは “宇宙の真理” にはほど遠いが、しかし方向としては大きな誤差はない」

「これから先もいたずらに馬齢を重ねるくらいなら、今以上に薄幸の猫たちの救済に専念することだ。さすれば己の道もおのずと見えてくるだろう」

「‥‥」

「おい、わしの話を聞いているのか?お前だお前、わしは猫と遊んでいるお前に話しているのだ!」


しかしその男の耳に創造主の声が届くことはない。なんとなれば、その男は聖人でも賢人もなくただの凡夫だったからだ。


そろそろ私も海岸を去る頃合いだ。今しばらくサバ白と一緒にいたいが、猫の遊びに付き合うとキリがない。



サバ白はいきなり身を起こすと、身じろぎしないで耳をそばだてる。
聴覚の優れた猫のこと、おそらく私の耳には感知できない何かを聴き取ったのだろう。












さて今回の話の冒頭に述べたアメリカの医師がおこなったニンゲンの魂の重さを測った実験だが、さらに調べると6人の被験者のうち2人については計測に失敗しており、残り4人についても 21グラムだったわけではなく、10~45グラムもの幅があったと言う。

またこの医師は15頭の犬でも同様の実験をおこなっており、犬は死んでも体重の変化が起こらなかったことから、犬には魂がないと結論づけた。

しかし魂に物質的な重量があるのかどうかは、この実験結果で分かるはずがない。

なんとなれば被験者の体重が減ったのは事実かも知れないが、しかしそれが “魂” だとは証明されていないからだ。

それにニンゲンにだけ魂があるという結果には宗教的な匂いがする。

いずれにしろ魂に物質的な重量があろうがなかろうが、私にとってはどうでもいいことだ。

『 魂は一種のエネルギー。その生き物の命に輝きと活力を与えている動力源だ 』

だから前に向かって生きている命を私は尊重する。私自身の命を含めて。


(了)



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命の重さ (中編)

2015年06月07日 20:00

今回のブログ制作は私にとって、とても辛いものだった。

自分で撮影しておきながら、改めてその写真を目の当たりにすると涙が溢れ出て何度も中断を余儀なくされた。

そして抑えきれずに私が嗚咽を漏らすと、愛猫の風(ふう)がすぐに駆けつけて来ては、私に体を擦り寄せながら「ねえねえ、どうしたの、何がそんなに悲しいの?」と言って一緒に泣き声を上げるのだ。

前例のないことだが、前編だけで終わらせて新たな話に着手しようとさえ考えた。

実際、今回の話は前話『 夕暮れの情景 』より先に編集に取りかかったのだが、同じ理由に
よって途中で挫折したのだ。


しかしまた投げ出してしまえば、 “あの子の命” が無駄になると思い、編集を再開した。

「今度は途中で放棄するわけにはいかない、現実から目を背けることはできない」と自分を
奮い立たせながら‥‥。


私はだから、ただただ “あの子の命” を念頭に置いて、今回の記事を綴ったのだ。


湘南海岸、早朝。
私は海岸沿いを走る道路に出て、朝陽を背に浴びながら次女の到着を待っていた。




突然かかってきた次女の電話の内容は、私の予感通りやはり凶事の知らせだった。

だいたいにおいて常識的にも経験的にも、何の前触れもなく夜中や早朝にかかってくる電話のほとんどは凶報だと相場が決まっている。





ただ、常ならぬ様子の次女の説明では状況が今ひとつ把握できず、どう返答するべきか逡巡していた。

そんな私の応対を側で聞いていたエカシさんが何事だと尋ねてきたので、経緯をかいつまんで話してみた。

するとエカシさんは言下に答えた。「ここに連れて来ればいい」





かかる事態ではその策が最善だろうと、私も思った。

そこで私は自分のいる場所を次女に詳しく教えてケータイを切った。

「それにしても‥‥」
月日の経つのは早いものだ、とケータイを仕舞いながら感慨深く独りごちた。






やがて前カゴにダンボール箱を載せた自転車で、次女はやって来た。


久し振りに会った次女は以前より幾分大人びた様に感じるが、それは沈痛な表情のせいかも
しれない。




涙こそ見せていないが、次女の瞼は腫れ、さっきまで泣いていたことを如実に示している。



「大変だったな」と私は次女に声をかけた。
「うん‥‥」次女は虚ろな表情で、聞き取れないくらいの小さい声で答える。




テント小屋に着くと、待ちかねていたのだろう、エカシさんは「見せてみろ」と言って次女から奪取する勢いでダンボール箱を受け取ると地面に置いた。





そしてダンボール箱の隙間に無理やり指を入れると、無造作に引き裂いた。














ダンボール箱の中に入っていたのは、タオルにくるまれた野良猫の “轢死体” だ。

顎と腹に大きな損傷を受けているが、轢死体としては “比較的” キレイな方だろう。
おそらく車に轢かれたのは1度だけ。後続車に次々と轢かれていればもっと酷い状態になっていたと思われる。



できうるならば、この子が痛みを感じる暇もないくらいの一瞬間の事故であってほしい。

そしてその直前においても、恐れや怒りや悲しみといった感情にとらわれなかったことを
ただ祈るばかりだ。



そう、“死” そのものはごくありふれた出来事であって、世の中の至るところに何気ない顔をして潜んでいるから、誰もがいつでも逢着する可能性がある。

だから死に出会ったことを自覚しなければ、恐怖や悲哀や怨嗟といった感情が湧かなければ、本人はすんなりと死を受け容れられる。


「しっかり写真を撮っとけ」と言わんばかりに、エカシさんはサバ白の遺骸を持ち上げると、私の方へ突き出した。



私は無残な姿のサバ白にレンズを向けると、無心でシャッターを切った。


エカシさんはサバ白を抱いたまま防砂林の奥へ踏み入っていく。



しばらく行くと、若木の根元に掘ったばかりの穴があった。


「あんたが娘を待っているあいだに掘っておいた」とエカシさんは言った。





エカシさんはまるで割れ物でも扱うように、サバ白をゆっくりと穴の中へ沈めていく。





穴の底に横たわったサバ白は、数時間前まで自分が死ぬとは毫も思っていなかったはずだ。

おそらくいつもと同じ朝を迎えて、いつもと同じように道路を横断しようとしたのだろう。

でもお前は知らなくて当然だが、今日は昨日とは違うんだ。いつもと同じ朝なんてこの世界には無いんだよ‥‥


エカシさんが私を顧みる。「あんた、タバコ持ってるか?」

とっさにエカシさんの意図を理解した私は、1本のタバコとライターをエカシさんに手渡した。


エカシさんはタバコに火を付けて右手に持ち替えると、おもむろに穴の中へ降ろしていく。



そしてサバ白の脇にそっと立てた。


線香代わりのタバコから一筋の白い煙が立ち昇る。

《この子の無辜の魂も煙と一緒に昇っていけばいいんだ》

地上ではさんざん苦労したはずだから、できるだけ高く明るく暖かく清浄なところへ、
そして、できれば先に逝った眷族の許へ‥‥



「恨むなよ、恨むなよ‥‥」エカシさんはサバ白に向かって合掌をすると、念仏を唱えるように呟きつづける。






私も手を合わせながら、心の中で非業の死を遂げたサバ白に語りかけた。

《恨むなと言われてもお前自身は納得できないだろう。轢いた行為自体は不可避だとしても、
こんな状態のお前を道路に放置したまま走り去ったニンゲンは許せないよな


自分で処理できなくても役所に連絡するくらいはできたはずだ。それとも車は持っていてもケータイは持っていない、そんな稀なニンゲンだったのか》

あの場所は、今までにも数多くの猫が交通事故で命を落としている区間として道路を利用する者なら知っているはず





《もしも轢かれたのがニンゲンだったら、過失であっても運転者は重い罪に問われるところだ》

だが、いかんせんお前は猫だ。だから無残な姿をさらした挙句、こんな場所へひっそりと埋められるんだ

《それに‥‥》私の黙想はエカシさんの行動によって、そこで中断された。


エカシさんは線香代わりのタバコの火をもみ消すと、穴の周りの病葉を手に取った。



そしてサバ白の体にその病葉を被せていく。



やがてサバ白の体が病葉で覆い尽くされる。そこでエカシさんは手を止めた。


おもむろにスコップを手にしたエカシさんは、脇に盛られた砂を少しずつ穴の中へ落としていく。



それはあたかも穴の底で眠るサバ白に、砂の重さを慣れさせるための儀式のように見える。


ある程度穴が埋まると、エカシさんはスコップを持ち替えた。



そして今度は砂山を崩すようにして、穴の中へ砂を流し込んでいく。


エカシさん本人の言によると、数年前に80歳を超えたというのだから驚きだ。



80歳の人にとってこの作業はけっこうキツイと思うのだが、エカシさんは僅かな息の乱れも見せずに作業をつづけている。


太い筋肉が隆起した脚にしても、とても80歳の人のものとは思えない。





「できればユリを植えたいんだが」エカシさんは手を休めず、唐突に口を開いた。


「ユリを植える‥‥?」何のことだか分からない私はおうむ返しに答える。



「ユリの香りは強いから、墓を荒らす他の動物が近づかないんだ」とエカシさんは言った。



「いったいこの人は何者なのだろう?」
私はエカシさんの胸底に何が秘められているのか興趣をそそられていたが、その一方でにじみ出ている剣呑な匂いも嗅ぎ取っていた。



それまで次女は、離れたところからサバ白が埋葬される様子を見ていた。どうやら初対面のエカシさんの押しの強い態度に怯んでいたようだ。


次女は墓標も何もないサバ白の墓前にしゃがむと、手を組み眼を閉じて黙とうする。



黙とうを終えても次女は茫然としたまま、名もない空間を見つめつづける。


今回の出来事がもたらした衝撃によって、無類の猫好きの娘の心に深い疵が残ったのは間違いない。

大方の人がするように、車に轢かれた野良猫の死体など見て見ぬ振りをして普段の生活に戻ることもできたはずだ。

しかし娘は、自分の心が深手を負うのを承知で道路に放置されていた死体を回収した。

その行為自体は褒めてやりたいが、親としては放心状態の娘の顔を見ると複雑な心境におちいってしまう。




〈つづく〉





* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


『今回もカバー曲を贈ります』


この無名の女性ヴォーカリストのようなキレイで澄みきった歌声を
“クリスタルボイス” と言うそうです。






* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「ある犬のおはなし ~殺処分ゼロを願って~」


動物はニンゲンを裏切らない‥‥。裏切るのはいつだって、身勝手なニンゲンだ。




原作者:willpapaさんのブログです。
ゴールデンレトリバーWILLと一緒に…。





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