ニューエリアの猫

2012年06月26日 12:30

早朝の海岸に着き、風景を撮影しようとした私は、いきなり名を呼ばれた。
目を遣ると、そこにいたのは、声の主であるゆきママさんと、ゆきパパさんだった。

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「いつもここまで散歩に来るんですか?」と訊くと、今朝は涼しいから、いつもより足を伸ばしたの、とゆきママさんは言った。


確かに、空を覆った灰色の雲のせいで、今朝は暑さが和らいでいる
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その曇天の下、ぜひとも確認したいことがあって、私はあるエリアを目指した。


郷里から帰宅してしばらく経った頃だったから、4月の初旬だと思う‥‥。
まだ海岸猫たちの顔を見る心境ではなかった私は、dodoさんとTさんに会うためだけに海岸へ赴いた。

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その途中、1匹の若いキジ白と遭遇した。
キジ白が現れた場所は、今までに海岸猫が棲みついたことのないエリアだった。



そのキジ白のことが酷く気がかりだったが、それ以後、姿を見ることはなかった。
それでも、海岸へ行くたびに、ついそのエリアで足を止めてしまう。

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そうして、この日も“ニューエリア”の前で立ち止まり、防砂林の中を窺った。


すると、1匹のキジ白が足早に歩み寄ってきた。
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以前会った猫が、このキジ白だったのか‥‥、正直いって、私は確信が持てないでいた。


この子も若く、同じように人懐こい。が、どこか印象が違っている。
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それに、かのキジ白はそのとき、明らかに妊娠していた。時期を考えると、すでに出産を終えているはずである。


目の前のキジ白も、またメス猫で、身体の大きさなどから、まだ1歳になっていないと思われる。
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とはいっても、猫は生後半年もすれば、受胎が可能なので、このキジ白が“妊娠猫”だった可能性も否定出来ない。


前述したとおり、このエリアはこれまで海岸猫がいない“空白のエリア”だった。
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ところが、『海猫伝説』の管理人であるまるこめさんから、このエリアで新顔の猫を7匹確認したという情報を直接得た。


おそらく、ほかの猫はこのキジ白の眷族だろう。120531-07.jpg
「それはそうと、お前は何処から来たんだ?」
あり得なくはないが、7匹同時に遺棄されたとは考えにくい‥‥。



ニューエリア近くには、国道の下を横断する隧道が、完全な形で現存している。
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海岸を安住の地にしようと、街猫がこの隧道を通り抜けてきたのかもしれない。
しかし、猫にとって海岸は楽園でもユートピアでもない、
野良である限り、何処に住もうが、厳しい生存競争が待ち受けているだけだ。



若いというより幼いといったほうが相応しいこのキジ白も、何かを追い求めて、眷族ともども海岸へやって来たのだろうか?
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このとき、キジ白の表情が、にわかに険しくなった。
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まるで射るような視線を、ゆっくりと巡らせている。


どうやら、私の後ろを何者かが通り過ぎたようだ。その気配は、私にも伝わってきた。
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予想したとおり、それは散歩中の犬だった。


猫と犬は元来仲が悪くない。特に幼い頃から同居させて、仲良くしている例はいくらでもある。
仲の悪いたとえとして“犬猿の仲”という言葉はあるが、“犬猫の仲”という言葉がないのがその証左だと、私などは思っている。

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だから、この幼い海岸猫が犬を警戒するには、やはりそれなりの理由があるはずだ。


これまで異種である犬との接触を殆ど経験していないか、敵視する、なにがしかの出来事があったのだろう。
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海沿いの道は、様々な犬種が行き交い、朝夕などさながらドッグショーのようだ。


「キジ白よ、一つ教えておいてやる。お前より多少体格が大きいくらいの犬が相手なら、喧嘩に負けることはない」
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「ついでに、もう一つ教示しておくと‥‥、“逃げるが勝ち”という教えどおり、無用な争いなどしないほうが賢明だ」


「お前が、母親ならなおさらだ。お前に不測の出来事があれば、乳飲み児は餓死するしかないぞ」
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私の話を理解したのか、キジ白はおもむろに防砂林のほうへ向かって歩みはじめた。


ところが、いきなり踵を返すと、足早に近づいてきた。
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そして、甘えた鳴き声を上げながら、私の脚に体をすり寄せてきた。


なかなか離れようとしないキジ白を誘うように、私は防砂林の中へ足を踏み入れた。
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私の後を付いてくるキジ白に尋ねた。「お前の家族もこの防砂林にいるのか?」


だがキジ白は、その問いかけには答えず、物寂しい表情を見せた。
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そのとき、私の目に留まったのは、被毛から顔を出している乳首だった。
「すると、あのときのお腹の大きなキジ白は、お前だったのか‥‥」



とすれば、この近くに仔猫がいるはず‥‥。だが、巧妙に隠しているので、簡単に見つけることは出来ない。
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それに、仔猫は一様に警戒心が強く、母猫以外の鳴き声に反応しない。


仔猫の居場所を知っているのは、この幼い母猫だけだ。
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当然のことながら、私が居場所を訊いても、絶対に教えてはくれないだろう。


私はそれから、防砂林の中を見て回った。
といっても、仔猫の居場所を探ったわけではなく、居たと聞いているほかの猫の姿を求めてのことだ。

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しかし、防砂林の中で動くものといえばカラスばかりで、1匹の猫も発見出来なかった。
まるこめさんが確認したという猫たちは、一体何処へ行ったのだろう?



物哀しい面持ちのキジ白は、相変わらず何も応えず、ただ佇んでいる。
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もしかしたら、このキジ白は出産したせいで、ココへ独り残されたのかもしれない。


そう考えると、やたらと人懐こいことや、こうして見せる悲哀漂う表情も説明がつく。
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私は、何とかしてこの子の実情を知りたいと思った。


このエリアには、シートで作られた住居が数軒点在している。
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私は、“家を持たない人”を特別視しないし、忌避もしない。
それは、私にとって“車を持たない人”や“高級ブランド品を持たない人”と同義だからだ。



ブルーシートをタープ代わりに張った下は、ちょっとした社交場の様相で、3人の男性が歓談していた。
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いつの間に先回りしたのか、キジ白が男性の足許で寛いでいた。


い、いや、違う。この猫はさっきまで一緒にいたキジ白ではない!
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顔も似て、体の大きさもおっつかっつだが、被毛の色が違っている。


全体的に毛色が薄いのだ。茶の面積が広いといったほうが適確かもしれない。
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更によく観察すると、尻尾の形状も異なっていた。長さが同じでも、この子のは丸く巻いている。


このとき、私は心の中で「あっ!」と驚嘆の声を上げた。
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このキジ白も、子供を産んでいたのか‥‥!


やがて、ずっと胸中にあったわだかまりが、徐々にほぐれてきた。
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「そうか、お前だったのか‥‥、あの日、大きなお腹を抱えて私にすり寄ってきたのは」


そこへ、さっきのキジ白も姿を現した。
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ココの住人に話を訊くと、この2匹は姉妹だと言う。
容姿からすると、同じ父親を持つ双子だと断定しても差し支えないだろう。



記事を書くのに煩瑣なので、さっそく呼び名を決めることにした。
毛色の濃いキジ白を“リン”

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そして、毛色の薄いキジ白を“ラン”と命名した。
私と同世代の読者なら、名前の由来をすぐに察するだろう。



共に母親、授乳のために栄養をつけなければならないので、揃って食欲は旺盛だ。
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住人の話によると、出産したのはリンのほうが先で、仔猫の数は4匹だったそうだ。
ただ、ランが何匹の仔猫を産んだのかは、まだ分からないと言う。



食事を終えたランは、男性に抱かれてご満悦の態である。
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男性の目を嬉しそうに見つめるラン‥‥、何とも心温まる光景だ。
前回の記事にも書いたが、やはり猫が一番心安らぐ場所は人の膝の上である。



このシーンに、私の拙いキャプションは邪魔になるだけだ。
ランの表情を見ているだけで、きっと何かを感じるだろう。

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一方、リンはというと、まだ食事の真っ最中だ。
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腹を空かせた4匹の可愛い子供のために、リンはひたすら食べる。


やがて、やっと満腹になったのか、リンは用意されている水を飲みはじめた。
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リンとランは、ココの人たちに可愛がってもらっているようだ。


テーブルの上には、いつでも食べられるようにカリカリも置かれている。
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しかし、今は2匹だが、いずれ仔猫を含めた大所帯になるのだ‥‥。


「ラン、お前の子供は何匹いるんだ?」と、つい訊きたくなる。
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更に住人から話を訊くと、確かに以前はこのエリアにリンとランの親兄弟も一緒に暮らしていたが、ある日突然、2匹を残してほかへ移動した、と言う。


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想像したとおり、リンとランは子育てのために、自らココへ残ったのだ。自身もまだ親に甘えたい年頃なのに、だ。


いとま乞いをした私を、リンが名残惜しそうに途中まで追ってきて、見送ってくれた。
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いかにも儚げな幼い母猫の姿を見ていたら、私は胸がいっぱいになった。
だから、思わず声をかけた。「頑張れよ、お母さん‥‥」



家路についた私の心は沈鬱だった‥‥。
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それでなくても、よく眠れないのに、この日はリンとランのことが頭から離れず、なかなか寝つくことが出来なかった。



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コメント

  1. ぴよ | URL | q6AO.T9M

    お見送りの写真…私も胸がいっぱいになってしまいました。。
    まだまだ幼い、甘えたい子猫ちゃんですね。
    でももう、赤ちゃん産んで育てているのですね。

    それでも、おじさんたちに可愛がられて、甘えることができるのだから
    この幼い姉妹母猫は、幸せなのでしょうか。。

  2. ネコまま | URL | SLJ/JtpM

    お久しぶりです。
    お気持ち分かります。
    ネコちゃん達の事が気がかりで寝付けなくなることもありますよね。
    だからといって全てのネコさん達を救うこともできず・・・
    どのネコさん達も暖かいお家の中で生活できるといいですね。

  3. ぐーやま | URL | -

    外猫の出産はやはり憂鬱な気持ちになりますね
    子猫を見て、手放しに可愛いなどとはもう決して思えません
    どこでどうやって暮らしているのだろうかと、
    たとえ優しく撫でてもらっていても、給餌をしてくれていても、
    それでも例えようのない不安感はぬぐえません

    今、これを書いている瞬間も、自分の膝の上で安心しきっている我が猫を見るにつけ、外猫のことを考えるとやるせなさを覚えます
    我が猫よりもずっと幼い子猫のような猫が、過酷な外の環境で出産し子育てをするということが、たまらなくせつないです

  4. dodo | URL | gRaZrKeE

    今朝、子猫を見ました。

    wabiさん

    おはようございます。
    今朝、あの場所で7匹生まれたネコちゃんの1匹だと思います。
    とても愛くるしく可愛い子猫でした。
    まだ母猫の様には近づいて来ませんでした。

    今日のblogに載せてありますので確認して下さい。

  5. 亜子ちゃんのマンマ | URL | ExqQ9F9w

    お久しぶりです。まだ仔猫のような母猫をみると、切なくなりますね。以前いた美実もいる真心子も、一見仔猫のよう絵、すでに仔猫を産んでいました。
    ランちゃん、リンちゃん、そして彼女達を可愛がってくれる人達の穏やかな日々をお祈りします。

  6. wabi | URL | -

    ぴよさんへ

    慕ってくれる野良猫と別れるときは切ないですね。
    食べ物を与えることしか出来ない自分が歯痒く、いつも心のなかで猫たちに謝っています。
    まだ母に甘えたいだろう、この2匹の姉妹を見ていると、特にそう感じます。

    ただ、見守ってくれる人が側にいるのは、やはり大きいと思います。
    彼女たちが幸せかどうか‥‥、正直私には分かりません。
    これはほかの海岸猫にも言えることです。

  7. wabi | URL | -

    ネコままさんへ

    海岸猫(野良猫)と接していると、楽しいことより辛く切ないことのほうが多いです。
    そういう場合は、海岸から帰宅すると、我が家の元海岸猫に、つい愚痴ってしまいます。
    「風、今日はこんな子に会ったよ。でもお前しか助けられないのが情けない」と。
    感情が昂って、元海岸猫を撫でながら落涙することも少なくありません。

    今の私に出来ることは、そんな猫たちの苦境をブログで発信することだけです。


  8. wabi | URL | -

    ぐーやまさんへ

    海岸猫に限らず、飼い主のいない仔猫に遭遇すると、胸が張り裂けそうになります。
    それと同時に、激しい怒りが湧き起こってきます。
    野良猫という存在を作り出した、心ないニンゲンに対しての憤りです。

    おっしゃるように、世話をしてくれる人がいても、外で暮らす限り、彼らに平穏はありません。
    野良猫の周りには、事故、虐待、病気等々、想定可能な危難がいくつもありますから。

    なので、彼らとの別れは、唐突にやって来るのが常です。
    毎年、交通事故、病気などで数匹の海岸猫が命を落とします。
    また行方不明になる猫も多く、私自身も心安らぐ日はあまりありません。

  9. wabi | URL | -

    dodoさんへ

    早速ブログで確認させてもらいました。
    この時点では、仔猫をちゃんと撮った写真がなかったので嬉しかったです。
    ありがとございました。
    仔猫は警戒心が強く、近くに来てくれないので、コンデジではキツイですね。

    最近は睡眠障害が少し改善し、海岸へ行ける日も多くなりました。
    必然的にdodoさんに会える機会が増えるので、色々情報交換したいと思っています。
    ではまた、海岸で‥‥。

  10. wabi | URL | -

    亜子ちゃんのマンマさんへ

    こちらこそご無沙汰しています。

    リンとランでさえ、まだ里子に出せる年頃なので、仔猫を産んだと知ったときは驚きました。
    そして同時に暗然とした気持ちに襲われ、このエリアを頻繁に訪れるようになったのです。

    後日、仔猫を目撃出来たのですが、あまりに儚げな小さな命に、心がちりちりと痛みました。
    可能な限り、この子たちを見守っていくつもりです。

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