海岸猫たちの朝

2012年11月07日 22:00

明け方の湘南海岸‥‥。
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ランエリア
この春生まれたランの子チャゲは、すでに目覚めていた。

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そしてアスカも、エサ場から出てきて私を迎えてくれた。


人がそうであるように、猫も同じ親から生まれた兄弟であっても資質や性格はそれぞれ違う。
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チャゲとアスカ兄弟の性格の相違も徐々に分かってきた‥‥。


私との距離のとり方にも、その違いがすでに表れている。
チャゲは好奇心が強く積極的な行動をとる。対してアスカは慎重で消極的な子だ。

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チャゲは人慣れしていて、私が近づくといきなり地面に体を横たえ愛らしい仕草を見せる。


父親の性格が不明なので確かなことは言えないが、この人懐こさは母親譲りだろう。
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チャゲは甘えた鳴き声を発して、盛んに私に訴えかける。実に直截的な表現で、何を言いたいのか私にも伝わってくる。


ランの立ち振る舞いは落ち着きを増し、ますます母親らしくなってきた。
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でもランがまだ1歳にも満たない幼い猫であることを知っている私は、その変化に切なさを感じてしまう。


チャゲの訴えに応えて、さっそく朝食にした。
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早朝のこの時刻は、野良が一番腹が減っているころである。日中は複数のボランティアの人がこの子たちにエサを与えている。


仔猫たちの食欲は相変わらず旺盛だ。2匹は脇目も振らず一心不乱に猫缶を頬張る。
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よく見ると、まともに咀嚼しないで飲み込むように食道へ送りこんでいる。


先に猫缶を平らげたチャゲの視線はアスカのトレイに注がれている。
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そして、アスカがほかに注意を逸らした隙を逃さなかった。


しかしアスカは、そんなチャゲの暴挙を責めもせず、猫缶を仲良く食べる。
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そんな兄弟の食事風景を、私は微笑ましく、そして羨ましく眺めた。


食べ盛りの仔猫にはまだ足りないらしく、チャゲが缶に残った欠片を漁りだした。
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すると、それを見たアスカも缶の中に顔を突っ込み、缶の内側をぺろぺろと舐める。


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仔猫たちのために追加分をトレイに盛ったのだが、それへ最初に口を付けたのは母親だった。
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朝食を続けるのはランとアスカだけで、チャゲの姿はすでになかった。


周囲を見回すと、チャゲは防砂ネットの陰に身を潜めていた。
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私が名を呼んでも、もう近づいてはこない。理由は明瞭だ。腹が満たされたのでニンゲンに愛想を振りまく必然性が無くなったからだ。
それでいい、野良で生きていくには最低限の警戒心は必須だ。



結局、最後まで残ったのはランだっった。思えば、この猫もまだ育ち盛りなのだ。
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アスカもトレイから離れ、満足気に舌なめずりをしている。
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アスカのお気に入りの場所は防砂ネットの側だ。ここならネットの下を潜り抜ければ安全な防砂林へ逃げ込める。


ランもやっと腹が満たされたようだ。身体を起こし、おもむろに辺りを見回す。
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私はランに問い質したいことがある。他でもない、元のエリアに残してきた娘のユイのことだ。


父親が違うから残してきたのか、それともメスだから残してきたのか‥‥。
しかし当然ながらランからはっきりした理由を聞くことは出来ない。

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私は考える。ランとユイに元の母娘の絆を取り戻させる良い方法はないものだろうか、と。


私はラン親子に別れを告げて、別の海岸猫に会うため海岸沿いの道を東へ向かった。
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テント小屋に着いて名を呼ぶと、チビ太郎は小屋の中からおもむろに姿を現し、私の目の前で端座した。
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チビ太郎の様子と食器の状態から、今朝はまだ世話をしている猫おじさん猫おばさん夫妻が来ていないことが分かった。


ただ、たまたま私のほうが早かっただけで、いずれ夫妻はここを訪れるはずだ。かといって、いつ来るか分からない二人を待つことも、腹を減らしたチビ太郎をそのままにして立ち去ることも私には出来なかった。
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夫妻には今度会った時に事情を話せばいい。だいいち、こんなことで気分を損ねる人たちでもない。


長靴おじさんの話では、チビ太郎とミケは一時期ここで一緒に暮らしていたそうだ。ミケがボウガンの矢で首を射抜かれ、3ヶ月の入院治療を受けたあと、長靴おじさんが引き取ったのだ。
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ところがチビ太郎は成長するとミケをしつこく追い回すようになり、やがてミケ自ら別のエリアへ移ったと聞いている。


そしてその後もチビ太郎はミケのエサ場へ現れては、小さな諍いを起こしていた。
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ミケのエサ場に棲みついたサンマとチビ太郎が険悪な雰囲気で睨み合うのを目撃したのも一度や二度ではない。


だが何度記憶を辿っても、実際にチビ太郎が他の猫と喧嘩をしているところを目撃したことはただの一度もなかった。
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チビ太郎は相手が自分の姿に怯えるのを、ただ見つめていただけだった。


当時私にはチビ太郎の底意を知る由もなかったが、もしかしたらミケに特別な感情を持っていたのかもしれない、と今になって思うことがある。
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母として姉として慕っていたのか、それとも異性として心を寄せていたのか‥‥。


いまさらそんなことを質しても、この海岸猫は素直に答えてくれないだろう。
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「野暮なこと訊くなよ、終わったことだ」とはぐらされるのが関の山だ。


満腹になったチビ太郎はゆっくりと歩き始めた。
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そして発泡スチロールの上に座ると、遠くを見るような仕草を見せた。
チビ太郎が見つめている方向には、この防砂林の出入り口がある。



防砂林の側道に人の気配を感じ、主の長靴おじさんが帰ってきたと思ったのかもしれない。
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それからチビ太郎は、防砂林の出入り口を向いたまま微動だにしなくなった。


忸怩たるものがあるが、私はこの海岸猫にかける言葉を持ち合わせていない。
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ただチビ太郎の願いと私の願いが同じだということを伝えるしかない。
「チビ太郎、おじさんが早く帰ってくるといいな‥‥」



陳腐な私の慰めは、この野良の心情を1ミリも動かしていないだろう。
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だが、今の私に何が出来るというのか?
せいぜい時折訪ねてエサを与え、益体もない贅言をくりかえすことくらいだ。



そんな思いにかられている私をおいて、チビ太郎は小屋の屋根へ跳び乗った。
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私は慌てて後退りして屋根の上を見上げた。
チビ太郎は確かな足取りで屋根の頂まで歩んでいった。



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そしてそのまま屋根の反対側へ姿を消した。


小屋の裏へまわってみると、シートの切れ目からチビ太郎が顔を覗かせていた。
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笑っているように見えるが、むろん猫は微笑まない。この表情がチビ太郎の普通の状態なのだ。口吻の歪みも幼い頃に患った病気の後遺症だと思われる。


顔を引っ込めたチビ太郎は、ブルーシートをハンモック代わりにして身体を横たえた。
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あの場所は彼のお気に入りの場所なのだろう。おそらくずっと以前から。


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この道を通って、長靴おじさんが帰ってくる日は果たしてやって来るのだろうか‥‥?


私はさらに東を目指して自転車のペダルを漕いだ。何としても会いたい海岸猫がいるからだ。
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故郷から戻って何度も足を運んだのだが、タイミングが合わなかったようで、未だ顔を見られずにいる。


元気だということは仄聞しているが、やはり自分の目で確かめないと気が済まない。
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しかし今回も、以前と変わらずこのエリアにいるだろう僅かな証を確認しただけだった。


「今度来たときには元気な姿を見せてくれよ、ソックス」
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脚注
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11月10日。
郵便受けに入らないからと、配達員から直接レターパックを手渡された。

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表書きを見ると、送り主は大阪に住む友人の『大阪 Cat Story』の管理人桐生明さんだった。

中には壁掛け用のカレンダーと卓上用のカレンダー、そして前回の個展に出展された写真が入っていた。
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写真がカレンダーに採用されるようになってから、桐生さんはこうして毎年カレンダーを郵送してくれる。
「桐生さん、ありがとうございました!」

この猫カレンダーは全国の書店とネットショップで購入できます。
来年1年を愛らしい猫と一緒に過ごしたい方はこちらへ。



そして12月には、大阪で桐生さんの個展が開催されます。

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「大阪 リバーサイドキャッツⅡ 大きな橋の下の猫家族」
12月11日(火)~23日(日)。17日は定休日。
大阪・東三国の猫カフェ「キャッテリア クラウドナイン」にて。




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その数時間後、今度は宅配便が届いた。
部屋番号を確認した
宅配便ドライバーは「重いですよ」と言ってダンボール箱を私に手渡した。
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フタを開けると、中にはキャットフードがぎっしりと詰まっていた。
送り主は『always』の管理人であるダージリンさんだ。これまでもダージリンさんからは海岸猫のために何度もキャットフードが届いている。



その中に手提げ袋が入っていた。最初は小分けのキャットフードだと思ったが、違った。
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同封されていた手紙を読むと、それは私のためのドリップコーヒーだという。
私としてはありがたいやら恐縮するやらで、しばらく気持ちが落ち着かなかった‥‥。
「ダージリンさん、ありがとうございました!」


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