警戒する猫

2012年11月30日 21:00

湘南海岸、朝‥‥。
この日、ついに私の願いが叶った。なかなか会えなかった海岸猫にようやく会うことが出来たのだ。

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その海岸猫の名は、“ソックス”。
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海岸猫は性格や習性を異にしても総じて愛らしいが、なかんずくこのキジ白を愛しく思う人は多いと聞く。


かく言う私もそのひとりで、この海岸猫の顔を久しく見ないと落ち着かなくなる。
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実家から帰ってから何度もこのエリアを訪ねたが、運命の悪戯か、それとも私の日頃の行いが悪いからか、この海岸猫に会うことがこの日まで叶わなかった。


元気だということは仄聞していたが、やはり自分の眼で確かめないと納得出来ない。
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同じキジ白の母猫と仲良く暮らしていたが、その母はこの春から姿を見せなくなった。


このエリアを担当するボランティアのA夫妻は20年近く海岸猫の世話をしている。食事の管理も万全で、エサ場にはいつも余るほどの食料が置いてある。
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だからこのエリアの海岸猫は飢えとは無縁で、食べ物を得ようとしてニンゲンに媚びへつらう必要はない。


ただその弊害として、栄養過多による肥満は避けられないが。
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こうして猫缶を与えてみても、貪ることなく味見するような食べ方をする。


結局、ソックスは猫缶をほんの少し食べただけでトレイから離れてしまった。
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やはり、腹は満たされているようだ。


“けっして餓えさせない。”
たとえそれによって太ろうとも、海岸猫を世話する場合、これは非常に重要なことだ。

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空腹のために身命を賭して交通量の多い国道を渡ったり、悪意のあるニンゲンの甘言に騙されたりしないために‥‥。


この海岸猫は独り遊びの達人である。
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遺棄された黒いビニールも、ソックスにかかれば忽ち玩具になってしまう。


それにしても、この黒いビニールをいったい何に見立てて格闘しているのだろう?
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ひょっとしたら、海岸の覇権を争っているカラスに仮想しているのかもしれない。


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傍から見ていると、ただ無邪気に遊んでいるようだが、海岸猫はいかなる時も警戒を怠らない。


これは飼い猫にはない悲しい性であり、このストレスがある限り、海岸猫が長生きすることはないだろう。
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だが個人的には、この海岸猫には出来るだけ長生きしてもらいたい。ソックスがいない湘南海岸はきっと淋しいものになるだろうから‥‥。


次はいきなり独りかくれんぼが始まった。しかし、鬼のいないかくれんぼに終わりはない。
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かといって、私は猫相手に鬼を務めるつもりはない。身を隠すことが得意な猫とかくれんぼしても勝ち目はないからだ。


ソックスに限らず、キジトラ柄の猫の行動を観察するたびに、己の被毛が枯れ草の保護色だと自覚している節が窺える。
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「惜しいなソックス、お前がもう少しスリムなら完璧なのにな」


ソックスの遊びへの探究心には限りがない。
今度は、やはり打ち捨てられたシートを相手にじゃれ始めた。

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念のために言っておくが、私が遊びのきっかけを作ったり、また遊びに誘ったりは一切していない。


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さすがに遊び疲れたのか、ソックスの動きがにわかに鈍くなってきた。


そのソックスのふくよかな背中を撫でようと、私は余った左手を何気なく近づけていった。
このとき私は、うっかりしてソックスの悪癖を忘れていた。

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私が手を差し出した次の瞬間、ソックスのパンチが一閃した。それもよく見てもらうと分かるように、前脚と後脚のダブルパンチである。


ソックスの悪癖‥‥、それは遊びに熱中すると手加減をしないこと。
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過去にも遊びの最中何度か猫パンチを食らって、今回より酷い手傷を負わされた。この海岸猫と遊ぶときは安易に手を出さない、是非、このことを守ってほしい。


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さっきのように寝転がっているときは、とりわけ注意が必要だ。


傷を負いたくなければ、少し離れて、刻々変化するこの海岸猫の表情を観察するに留めた方が賢明かもしれない。
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この海岸猫はしかし、そうやって見ているだけでも十分我々を楽しませてくれる。
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そして特徴的なエメラルドグリーンのどんぐり眼を覗くと、何かが見えてくるかもしれない‥‥。


私が移動すると、ソックスはすぐに後を追ってくる。
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こうやって慕われると勿論嬉しいが、別の感情も同時に湧き上がってくる。


慕われれば慕われるほど、切なくなるのだ。野良の場合は。
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“人懐こい海岸猫”
小説『人間失格』のトラ・コメ*遊戯に倣うと、私にとってそれはトラもトラ、大トラなのだ。



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私が側にいようと、ソックスはけっして気を緩めず、周りを油断なく監視する。


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この時も、水を飲んでいる時間より周囲を見回している時間の方が圧倒的に長かった。


猫缶をほとんど食べなかったので、試しにドライを与えてみたのだが‥‥。
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食欲より警戒心の方が勝るようで、そわそわと落ち着かない様子だ。


盛んに周りを見回しているが、ソックスと私の近くには誰もいない。
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にもかかわらずソックスは、全ての感覚を駆使して執拗に辺りの気配を窺う。


聴力に秀でた猫のことだから、ニンゲンの私には聴こえない音を聴き取っているのだろうが‥‥。
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ソックスを見ているだけで、彼女の神経がぴりぴりしているのが伝わってくる。


砂浜という、防砂林のような遮蔽物がない、開けた場所だとやはり心許ないのだろう。
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それでもようやく周囲に自分の脅威となる存在が無いことを確認したのか、ソックスは再び水を飲み始めた。
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しかし、相変わらずドライフードには口を付けようとしない。


私は、この猫の人懐こい性格を好もしく思っているが、容姿も大好きだ。
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ずんぐりした体と丸い顔、そして大きな眼が、何とも言えず愛くるしい。


母を失くしてから、その風貌に憂いが含まれているように見えるのは、私だけの錯覚だろうか。
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ただ顔を伏せているのかと思ったら、足許のドライフードを凝視している。
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ところがソックスは、目を逸らしてドライフードを前脚で跨いでしまった。
“猫跨ぎ”。それは猫も見向きもしない不味い魚を意味するが‥‥。



姿勢を変えてドライフードに顔を近づけていくソックス。やっと食べる気になったのか。
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が、口を付けずにあっさりと体を起こした。


そしてその場に、大きな体をどたりと横たえた。
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ソックスはやっと警戒心を解き、穏やかな気持ちになってきたようだ。


私は久しぶりに会ったこの海岸猫と、今しばらく時を過ごすことにした。
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11月某日。
湘南海岸は穏やかな休日を迎えていた。

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この日、防砂林に住まう人が世話をしている仔猫たちを、里親さんに譲渡する。
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私が訪れた時、一人の男性が別れを惜しむように仔猫を遊ばせていた。


話を聞いていて、私は改めて思い知った。この2匹の仔猫たちは、ここに住まう人たち全員のアイドルだということを。
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なのに、仔猫たちの将来を考え、里子に出すことを承知してくれたのだ。


そこへ、里親さんとその友人が仔猫たちを迎えにやって来た。
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里親さんは今年の3月、やはり元野良猫だった愛猫を亡くしている。友人が当ブログで里親募集していることを教えると、「すぐに連れてきたい」と応えたそうだ。


やがて、この日のために用意された真新しいキャリーに2匹は収められた。
‥‥こうして仔猫の譲渡は無事に終わった。

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これで、やがてやって来る海岸の厳しい冬を、この子たちは経験せずにすむ。


里親さんはすでに仔猫の名前を決めていた。
キジトラの子は『陸(リク)』、そしてキジ白の子を『空(ソラ)』と。

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湘南海岸で生まれた兄弟にぴったりの素敵な名前だと、私は思った。



脚注
トラ=トラジディー(悲劇)の略
コメ=コメディー(喜劇)の略


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コメント

  1. ゆうたん@ | URL | 4CvheNDY

    やっぱり、タビは姿を見せませんか。
    母娘で仲良く暮らしている様子を拝見していたので、
    ソックスがひとりになってしまったのは見ていて切ないです。
    もちろん、猫はひとりでも暮らしていけるでしょうが、
    やはりタビがいてくれたら・・・と思います。

    子猫ちゃんたち、シアワセを掴みましたね。
    譲渡まで護って下さったみなさまのお気持ちを考えると
    自分たちのためではなく、子猫たちのために・・・という気持ちが
    伝わってきて本当に頭が下がります。

    いずれにしましても、どの海岸猫たちもそして街猫たちも
    彼らの目を見ていると切なさでいっぱいになります。

  2. katter | URL | Tt4EiFNU

    wabiさん こんにちは!

    初めましてkatterと申します。
    只今 大ネコ2匹とスウェーデンで暮らしています。

    本日、あし@を辿って お邪魔しました。

    海岸ネコ・・・

    ソックスの猫本来の生き方と、
    寒い冬の海岸の情景が
    ダブって見えました。。。

    湘南海岸・・・
    江の島 江ノ電
    とても好きな場所。。。
    お写真を見ながら・・・
    ひととき懐かしい想いに浸れました!

    また、遊びに来させて下さいね♪

    それでは、是非良い週末を お過ごしください。

  3. dodo | URL | -

    リクとソラ、とても可愛いですね!
    良かったです。

    wabiさん、お疲れ様でした。

  4. きょう | URL | -

    こんにちは

    リクとソラ。とてもいい名前ですね。
    この子たちがこれからもずっと幸せで暮らせますように。

    ソックスは相変わらず愛らしいですね。
    何枚かとても気に入った表情の写真があります。

    私もこの海岸猫に心寄せる一人です。

  5. wabi | URL | -

    ゆうたん@さんへ

    今のところ、タビの目撃情報は何処からももたらされていません。
    海岸一仲の良かった母娘猫だっただけに、ソックスの喪失感も大きいと思われます。
    外で暮らす猫には何が起こるか分かりません。
    タビが無事でいることを祈るばかりです。

    2匹の仔猫を引き取ってくれた女性は、数年前に怪我をした野良猫を保護し
    そのまま飼い猫として家族に加えたのですが、その子は今年3月病を得て亡くなったそうです。
    そして今回、兄弟を離れ離れにするのは可哀想だと、2匹同時に引き取ってくれました。
    いつまでも仲良く暮らしてほしいものです。

  6. wabi | URL | -

    katterさんへ

    katterさん、こちらこそ初めまして。

    ソックスも立派な体躯をしていますが、バムセくんとシャルくんには少し及びません。
    外で暮らす猫は防寒対策として脂肪を蓄えますが、やはり北欧の猫も同じ理由で身体が大きのでしょうか?

    キジ白のソックスは愛らしい子で、写真のモデルとしても一流。
    まさにフォトジェニックな海岸猫です。
    記事にもあるように、遊びにも長けていて、見ているだけで癒されます。

  7. wabi | URL | -

    dodoさんへ

    dodoさん、コメントありがとうございます。
    あまり朝早いと、私のカメラではまともに写真が撮れないので、最近は海岸へ行く時間を遅らせています。
    日が長くなったらまた海岸で会えると思います。

    2匹の仔猫は人懐こくて本当に可愛かったです。
    事情が許せば、私が連れて帰りたかったほど‥‥。
    兄弟一緒だから寂しい思いもせずに済みます。
    末永く仲良くして欲しいですね。

  8. wabi | URL | -

    きょうさんへ

    リクとソラ。私も現場で聞いた時に良い名前だと思いました。
    目の前に広がる“海”を除いたのは、もう1匹引き取るつもりかな、と余計なことを考えました。(笑)

    母を失くしてもソックスはソックスでした。
    表情にも仕草にも愛嬌があって、人を魅了する海岸猫です。
    彼女の大きい目を見つめているだけで、心を洗われる気がします。

    でもこれ以後も、なかなか会えなくて、気を揉んでいます。

  9. imagica | URL | -

    ソックスの話、少しずつ読んでます。

    ソックスの風貌は私も好きです。ふっくらと太めで、おおらかそうで、眼が大きくて・・。でも警戒してなかなか、餌を食べないと云う辺りを読むと、あの海風のキツイ海岸で暮らし、飼い猫ではないんだと改めて思い至ります。それでも、愛嬌あるふくよかな風貌のソックス編は写真見ていて、和やかな気持ちになります。哀しいヒロイン猫もいたからです。

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