故郷の猫 その八『惜別』

2013年03月02日 06:00

眼ぢからの強い仔猫は、また体を乗りだした。今にも水路へ飛び込まんとしている。
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そこでやっと私の存在に気づき、何やらバツが悪そうな面持ちで見返した。
「いったい、お前は何をしようとしているんだ?」



猫は感情豊かな動物だ。だから当然、見栄や羞恥心もある。
そのときの仔猫が、無様なところをニンゲンに目撃され、当惑しているように私には見えた。

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仔猫はやおら立ち上がると、体を翻しその場から足早に離れていった。


そして、明確な目的があるかのように、仔猫はしっかりとした足取りで歩いていく。
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やがて、ワイヤーが張られた参道のほぼ真ん中で立ち止まると、口を地面に近づけた。


それを見ていた私は、やっと合点した。
130115-38-39.jpg水路で見せた仔猫の不可解な行動の意味がやっと理解出来たのだ。


仔猫が口を近づけていたところ、それは、ポールを立てるためのアスファルトに掘られた穴だった。
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仔猫は、その穴に溜まった雨水を飲んでいたのだ。
たしかに、数日前に雨が降った。けれど、水はけの悪い穴の水が飲料水に適しているとは、とても思えない。



眼ぢからの強い仔猫は喉の渇きから、危険を顧みず水路の水を飲もうとしたのだ。
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すぐ側に清流があっても、飲めなければ、野良たちにとっては無用の長物だ。
私は飲み水を用意してこなかったことを後悔した。



先ほどから、若いキジ白が地面に鼻を擦りつけ、懸命に匂いを嗅いでいる。
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恐らく、トレイからこぼれた猫缶の欠片を漁っているのだろう。


と、そこへサバトラが近づいてきた。世知に長けた猫だから、隙あらばキジ白が見つけた食べ物を横取りしようと企んでいるのかもしれない。
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そんなサバトラの魂胆を察したのか、キジ白がやにわにパンチを繰りだした。不意を衝かれたサバトラは、顔を歪めて大きくのけぞる。


思いがけない攻撃に遭ったサバトラは、いきなり地面に横たわった。
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私の眼には、このサバトラの行動もまた、照れ隠しの表れに映る。


白猫きょうだいは、そのサバトラを物珍しそうに見つめている。
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この白猫きょうだい、毛色からして父猫も同じだと思われる。
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こういう諺がある‥‥“兄弟は他人の始まり”
ニンゲンは結婚などで各々が家庭を持つと、徐々に疎遠になり、ついには他人同様になる、という意味だ。



唯一の兄弟である弟を15年前に喪った私には実感がない。が、周りを見ていると、この諺が正鵠を射ているケースが多々あることに気づく。
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猫の場合は、自分の意志とは関係なく肉親と離別する場合も少なくない。
だから‥‥。



家を持たぬ苦境のきょうだいには、野良でいるあいだだけでも仲良く暮らしてもらいたい。
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“寝子”が語源と言われるほど、猫は実によく眠る。平均睡眠時間は14時間以上と、1日の半分以上を寝てすごす。


仔猫の睡眠時間はさらに長く、平均20時間にもなる。この数字は、よく眠る動物として知られるナマケモノやコアラとおっつかっつである。
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ただ、常に外敵を警戒している野良猫の睡眠時間は短く、平均8時間ほどだといわれている。


生き物にとって睡眠はひじょうに大切だ。
ちなみに、ニンゲンの理想的な睡眠時間は7時間で、それより短くても長くても病気などによる死亡率が高くなる、というデータがある。

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だから、飼猫と比べて野良の寿命が著しく短いのは睡眠時間のせい、という説には頷ける


「ん、じゃあ睡眠障害を患い夜の睡眠時間が2、3時間ほどで、昼間細切れに数回眠ってしまう私の場合はどうなるのだろう‥‥?」
深く追求するとよけいに眠れなくなり、負のスパイラルに陥るので考えるのをやめた。



サバトラがしずしずと松の根元にやってきた。
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まず長毛キジ白の機嫌をうかがうように挨拶する。


長毛キジ白は不承不承といった感じで応対した。存外つれない態度である。
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気のせいかサバトラの表情が冴えない。若いキジ白に味わわされた屈辱が、未だ尾を引いているのだろうか。


遠慮がちにきょうだいの前を横切るサバトラ。
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横柄だったサバトラにしては、ずいぶん神妙な態度である。


そしてサバトラは、藁の上に体を横たえると、そっと仔猫に寄り添った。
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はて、このサバトラの態度の変化は、仲間に対する今までの専横な振るまいを反省してのことだろうか?


ネコ科の動物は総じて自立心が強く単独行動を好む。だから、ライオンを除いて、イヌ科の動物のように仲間と群れることはない。
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だけど野良猫の場合は、こうやって同じエサ場を持つ者どうしが群れつどう例がままある。


寄る辺ない暮らしをしているうちに、自然と仲間意識がめばえるのかもしれない。
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参道に面した民家のひさしの上に、白と茶の模様が見える。
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よく見ると、2匹の茶シロが日向ぼっこをしていた。


いつからそうしていたのか、山門の脇に白猫が独り佇んでいる。
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先日2匹の仔猫を引き連れていた、母猫と思われる白猫だ。


私の動きに注意をはらいながら、白猫は慎重な足取りで近づいてきた。
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常連のエサ遣りさんが給餌してくれる時刻が近づいたのかもしれない。


「もう少し早くやって来れば、猫缶が食べられたのにな‥‥」
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私がそう語りかけても、白猫は虚ろな面持ちで辺りを見回すだけだった。


野良たちが揃って昼寝を始めたので、私は境内をしばらく散策した。
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山門前に戻ってみると、さっきの白猫の姿はなく、その代わりに若いキジ白が加わっていた。
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白猫きょうだいは体を絡み合わせて眠りつづけていた。


カメラを構える私を、若いキジ白が見つめ返してくる。
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でも最初会ったときに濃かった警戒色が、少しではあるがその瞳から薄まっているように感じる。


このとき、野良たちと私との距離は5メートルほど。
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以前なら、逃げるまではいかなくても、眠るなど考えられなかった距離である。


少なくともここにいる野良たちは、私が敵意を持っていないことを分かってくれたようだ。
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白猫きょうだいに至っては、警戒心など微塵もない様子で爆睡している。


ふと視線をあげると、民家の屋根に移動した茶シロがのんびりと毛繕いをしていた。
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街中には猛禽類などの外敵もいないから、思えば一番安全な場所だ。


さて、出会えばいずれ別れがやってくるのは必定‥‥。
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こうして、このエリアの野良たちと少しだけ近しくなったが、私が故郷を離れる日が迫っていた。


私自身の診察日が近づいてきたのだ。
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だから母が小康状態を保っているうちに帰宅することにした。


しかし、今は落ち着いているとはいえ、母が予断を許さない状態なのは変わりなく、近いうちにふたたび実家へ戻ることになるだろう。
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私は野良たちの眠りの邪魔をしないよう、静かに山門から離れていった。
また会えることを祈りながら‥‥。



午前中にケアマネジャーさんと主任ヘルバーさんと、入念な打ち合わせを行った。
そして午後、私は故郷をあとにした。




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