ランの警戒

2013年03月09日 11:00

夕刻の湘南海岸。
久しぶりに向かい合った湘南の海は、灰色の雲におおわれ、タールような重苦しい表情で横たわっていた。

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それでも、このパノラマを眼前にすると、「嗚呼、還ってきたんだなぁ」という実感を覚える。


私は見当をつけて防砂林に向かって名を呼んだ。すると、時をおかずに甘えた鳴き声がした。声の主はアスカだとすぐに分かった。
ややあって、まずランが軽々と、つづいてアスカが難渋して防砂柵を乗り越えてきた。

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ランとアスカの母子は、私の声をちゃんと覚えてくれていた。こういうとき、私の心中はホクホクとした温かい思いに溢れる。


猫は冷淡で情が薄いなどという、根拠のない虚言に惑わされてはいけない。
このように猫は情が厚く、誠実な動物なのだ。

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(あることがあって以来、私はこの母子にことさら強い想い入れを持っている)


こうしてランとアスカが以前と変わらず息災でいられるのも、ボランティアさんのお陰である。
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365日、ほぼ休まず海岸猫にエサを与え続けているその方たちには頭が下がる思いだ。


私が食事を与えることなど、自分の慰みのためだと言われても、反論のしようがない。
しょせん私は、此処でも気まぐれな傍観者に過ぎないのだ。

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いつの間にか、息子は母より大きくなっていた。


外敵の多い野良は、一時たりとも気が抜けない。
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たとえ食事中であっても、周囲への警戒を緩めることは出来ない。


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アスカは自分のトレイに猫缶が残っているのに、悠然とした足取りで母に近づいていく。


そうして、強引に母のトレイを奪いとる。ランはそんなアスカの横紙破りな行為にも腹をたてることなく、あっさりと猫缶を譲る。
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ランは息子が食べ残した猫缶を食べはじめた。


アスカはこうして、やや強引に母から食べ物を譲ってもらい、結果ここまで大きくなったのだろう。
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私の訪れた時刻が遅かったので、既にほかのボランティアの人からエサを貰ったようだ。


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念入りに毛繕いするアスカの後ろ姿は、あのソックスを彷彿とさせる。


振り返ると、ランの姿が消えていた。慌てて周りを見回すと、植込みの中で動く影を発見した。
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植込みの中を覗くと、不安げな面持ちのランと眼があった。


そのランの眼光は、警戒の色を帯びている。まるで何かに怯えているように。
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私が湘南を離れているあいだに、何かあったのだろうか?ランをして、ここまで警戒させる何事かが‥‥。


私は独り砂浜に下り、刻々と朱色が濃くなってゆく情景を眺めた。
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しばらくそうしていると、ランが防砂林から出て、砂浜にやってきた。
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ランの表情が心許なげに見えるのは、私の気のせいだろうか。
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「ラン、どうした?」
私はそんなランの様子が気になり、そう問いかけた。



するとランは私の足許にやって来て、身体をすり寄せた。
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誰にも庇護されない野良は、自分の身は自分で護るしかない。
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そして自衛するには、持って生まれたこの敏捷な身体と動物の本能だけが頼りだ。


すべての外敵に対抗して野良として生きていくのは恐らく、並大抵のことではないと思われる。(私には想像も出来ないが)
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浩々たる海を背にすると、ランの姿はあまりにも小さく、そして如何にも脆く儚げに見える。


ランはやにわに防砂林へ向かって駆けだした。
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周囲に身を晒す砂浜は、小さな猫とてやはり目立ってしまう。それを危惧してのことだろうか。


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こうやって防砂林の中にいれば、雉模様は保護色の役目をはたす。


恐らく猫は、そのことを本能で自覚していると思われる。
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と、いきなりランが目を大きく見開いた。


ランは防砂ネットへ一気に駆け寄ると、身を沈めて防砂林の奥を見つめたまま動かなくなった。
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ランのあとを追った私も防砂林の奥に目を凝らしたが、それらしきものは見つけられない。


そのとき何を思ったのか、アスカがランと私の間に割りこんでくると、いきなり地面に寝ころがった。
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このおおらかな息子には、母の緊張感が伝わっていないようだ。


考えてみれば、なりは大きくても、生まれて1年経たぬ幼子なのだ、この子は。
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緊張を解いたランは、ネットから離れてそんな息子を見つめている。


だが、いつもなら食後は長閑にしていたのに、ランの面持ちは依然として険しい。
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ふたたびランが目を瞠った。


ランの視線の先には、散歩中の犬の姿があった。
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「ラン、何処へ行くんだ?」
ところがランは、私の質問に応える余裕もないのか、防砂林の中へ走っていく。

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そして植込みへ潜りこみ、そのまま姿を消してしまった。


遅れて母を追ってきたアスカが、植込みの中を窺う。
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「アスカ、私が居ないあいだに何があったんだ?」


しかし幼いアスカには私の趣旨が伝わらないようで、不安げな鳴き声をあげると私の足許に身を寄せてきた。
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久しぶりに会ったランが何に怯えていたのか‥‥、私はのちに知ることとなる。
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ところで私が何故、この母子に特別の想いを抱いているのか、次回は少し過去に遡って事情を述べたいと思う。


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『血まみれの毛皮』


日本では今、ファー(毛皮)が流行している、という。

ファーは上着のフードや襟や袖口、そして手袋、帽子、ブーツ、バッグ、アクセサリー、ケータイストラップと、実に様々なものに使われる。
そして、デパート、スーパー、専門店はもちろんのこと、今や100円ショップでも売られている。


ところで、これらの製品を作るために、多くの動物が生きたまま皮を剥がされている事実を、あなたは知っていますか?


「ここに、その事実を伝える映像がある」
ただし、かなりショッキングな映像なので、相応の覚悟をして観るように。
ちなみに私は、この映像を観たとき、あまりの衝撃に嗚咽と吐き気がしばらくとまらなかった。
そして‥‥、自分がニンゲンであることを心底嫌悪した。



最近では、フェイクファー(人工毛皮)より安価というだけでリアルファーが作られるそうだ。
それがため、アジアでは犬猫だけでも毎年200万匹が殺されている。
しかも、その毛皮のほとんどが日本へ輸出されるという。

あなたはこの事実を知っても、まだファー(毛皮)を身に付けますか?


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『血まみれの毛皮Part2』


今や死語となった感は否めないが、『鬼畜』という言葉がある。
仏教用語の『餓鬼・畜生』の略語だ。

『餓鬼』とは餓鬼道に墜ちた強欲な死者のことである。
『畜生』とは本能のままに生きていて仏の教えを得ることが出来ないニンゲン以外の生き物のこと。


ともあれ、鬼畜とは欲深く酷薄な生き物を指す、最大級の蔑称である。
(太平洋戦争中は敵国であるアメリカ、イギリスを『鬼畜米英』と呼んで蔑んでいた)

アジアでは犬猫も例外ではなく捕獲、飼育し、生きたまま皮を剥がしている。
そうやって作られた毛皮はほかの動物の名前に変えられ、その多くが日本に輸出されている。


以下の映像に写っているのはニンゲンと犬と猫だが、果たして鬼畜と呼ぶに相応しいのはどの生き物だろう?



誰が観ても、答は明らかだ。

防寒に毛皮が不可欠だった時代ならいざ知らず、金儲けのためにほかの動物を虐殺してその毛皮を剥いでいるニンゲン、そして虚栄心を満足させるために動物の死骸である毛皮を身に付けているニンゲンって‥‥
もはや鬼畜以下ではないのか


毛皮製品を買う行為は間接的にせよ、動物を殺すことに加担している。
いつまでも知らないでは済まされないだろう。



詳しい実情を知りたい方は下記のサイトへ。
あなたに出来ることもきっとあるはず。

地球生物会議ALIVE
JAVA
ヘルプアニマルズ
アニマルライツセンター




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コメント

  1. 美香 | URL | -

    おはようございます。

    私も、猫は情が厚いと思います。
    ただ、好き嫌いがはっきりしているだけ^^
    野良たちって、鋭い目をしていますよね。
    サバンナのライオンと変わらない。狩りの名手、鋭い眼光。
    飼い猫でも、時々見せる鋭い眼光。
    でも、野良たちの比ではないと思います。

    猫には人間と同じ情緒を感じることができると聞きました。
    ポツンと一人座って微動だにせず、遠くを見つめている時って
    やっぱり何か心に思うことがあるのでしょうか^^

  2. maru | URL | GkbuMSm.

    こんばんは。
    wabiさんの仰るとおり、知らないでは済まない時代に来ていると思います。
    日本の最大手化粧品メーカーも今年度から動物実験の廃止を決定したそうですね。

    長い間海岸に通い、猫の気持ちに寄り添い、見守り、真実の記事を書く事は誰にでも出来る事ではないです。
    傍観者ではありませんよ。頭が下がります。

  3. Oyran | URL | -

    初めまして。Oyranと申します。
    我が街にも、150匹の地域猫が一生懸命の毎日を送っています。
    猫たちが、たとえ一日でもひと時でも皆幸せな気持ちで
    過ごせるよう祈るばかりです。

  4. wabi | URL | -

    美香さんへ

    「犬は人に付き猫は家に付く」などと言われていますが、
    私は間違っていると、以前から思っていました。
    久しぶりに会う海岸猫たちも、私をしっかり覚えていてくれ、体を寄せてきますから。
    私が保護した元海岸猫も情愛を体全体で表します。

    外敵が多い野良猫は警戒心が強く、どんなときも周りへの注意を怠りません。
    そのためでしょう、目付きが鋭くなるのは。
    野良猫が穏やかに安心して暮らせる社会になれば良いのですが‥‥。
    それは我々人間の行動しだいです。

  5. wabi | URL | -

    maruさんへ

    資生堂の動物実験廃止は朗報でした。
    長年反対運動をつづけた方々には、本当に頭が下がります。
    一人ひとりは非力でも、多くの人が集結すれば大きな力を生むんですね。

    私のやっていることは、大好きな猫と触れ合い、癒された体験をブログで発信しているに過ぎません。
    実際は、私の方が猫たちに励まされているのです。

  6. wabi | URL | -

    Oyranさんへ

    こちらこそはじめまして。

    猫を含めた動物と人間が、本当の意味で共存する日はやってくるのでしょうか。
    それとも再び神の怒りに触れ、誰かが方舟を作る運命なのでしょうか‥‥?

    我々は今、試されているような気がしてなりません。
    そして、その運命を左右するのは猫との関係だと思っています。

    Oyranさんの街に棲む150匹の野良たちが穏やかに暮らせることを祈っています。

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