不妊手術 その壱『必要悪』

2013年04月03日 23:30

捕獲決行日の前日、私はキャリーバッグを持参し海岸へ赴いた。
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私がエリアに着くと、ランは間をおかず防砂林の中から姿を現した。
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「今日は飽くまでも捕獲の予行だ」私は自分に強く言い聞かせた。


欲を出して、あわよくば捕獲しようなどと考えると、鋭敏な勘を持つ猫にすぐ見抜かれる。
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犬猫の不妊手術に異議を唱える人たちがいる、と聞いた。動物の生殖器官を強制的に摘除することは虐待行為だ、というのだ。
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「T.N.R.‥‥。それは猫からすれば、いきなり拉致され、移送された病院で有無をいわさず生殖器官を摘出されること」


「自分が同じ目に遭うことを想像すれば、その行為が如何に理不尽か分かるだろう」
まったき正論である。反駁のしようがない。
が、しかし‥‥。

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今の日本のペット事情は、そんな正論や理想論がまったく通用しない状況だ。


我が国では年間20~30万匹もの犬猫が殺され、ゴミと同じ扱いで焼却処分されているのだ。
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今度は別の方向から「犬猫は、増え続けるので処分するしかない」という声が聞こえてきそうだ。が、実際にドイツでは犬猫を殺処分していない。【ドイツからのレポート】


犬猫の殺処分ゼロは可能なのだ。
とどのつまりは意識の問題だろう。我々一人ひとりが小さな命の尊厳を重んじるかどうかの。

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そんなドイツでもやはり、犬猫問題の唯一の解決策は不妊手術だという。
ニンゲン社会にも、ほかに術がなく不本意ながらもやらなくてはならないことが沢山ある。



その“必要悪”とでもいうべき不妊手術を、ランに受けされるため、今回私は行動を起こした。
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私はまず、捕獲に備えてランをキャリーバッグに慣れさせることにした。防砂林に住まう人の小屋で生まれたランは、今までキャリーバッグを見たことすらないだろうから。


母の様子を植込みの中から覗いていたアスカが、好奇心に負けて姿を現した。
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私は、可能ならアスカにも去勢手術を受けさせたいと考えていた。


手術をすればほかのオスとの諍いが減るし、発情のストレスも経験しなくてすむ。
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そうはいっても、『二兎を追う者は一兎をも得ず』の諺どおり、ニンゲン欲をかくと碌なことがない。


そこで今回は、ランの捕獲を最優先に考えている。
このまま放置しておけば、ランは1年に数回の妊娠出産を繰りかえし、毎年10匹以上の子を産む可能性がある。そうなると、母体のことも心配だ。

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海岸で生まれた仔猫のなかで、陸と空のように優しい里親が見つかることなど稀なこと。


これからも海岸で暮らすであろうアスカは常に外敵に怯え、夏の暑さや冬の寒さに耐え、怪我を負い病を得てもすぐには対処してくれない。
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野良猫の平均寿命は家猫のそれに比べ、半分以下の4~6歳であることが、厳しい外での暮らしを如実に表している。


初めて目にするキャリーバッグに、アスカも興味津々だ。
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こわごわとキャリーに頭を入れ、中の様子を仔細に窺っている。


すでに母ランの匂いが付いているから安心したのか、アスカはいきなりキャリーへ半身を突っ込んだ。121005-06.jpg
アスカにとっては、キャリーバッグも遊びの道具と何ら変わらないようだ。


遊びに興じているうちに、アスカの全身がほぼキャリーの中へ収まった。
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ランのときもそうだったが、私はこのまま扉を閉じてしまいたい誘惑に駆られた。だがそこで、本来の目的を思い出しぐっと我慢した。


母子に、キャリーバッグを慣らすという意図は、何とか成功したように思う。
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だから、明日の捕獲は是が非でも成功させたかった。



そして。


‥‥翌朝。ランの捕獲決行日が訪れた。
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この日も、私が名を呼ぶと、ランは防砂柵の上に姿を現した。
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ランは柵の上から睥睨するように辺りを見回し、脅威になる外敵がいないのを確認すると、やおら道路側に身を乗りだした。


ランは私の企てに気づいていない‥‥、はず。
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だが勘の鋭い猫のこと、こちらが日頃と違う雰囲気を漂わせただけで見抜かれる恐れがあった。


ランに気取られないように、私は努めて平静を装った。いつもの表情をして、いつもの立ち居を心がける。
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しかし、態度とは裏腹に私の胸中は穏やかではなかった。「捕獲の失敗は絶対許されない」と思い詰めていたからだ。


私は覚悟をしていた。
捕獲が成功しようが失敗しようが、それをきっかけとしてランは私に不信感をいだくだろうと。

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そしてランは私を忌避し、今までのように慕ってくれることはないだろうと‥‥。
だから、どのみち嫌われるなら、最後に不妊手術を受けさせたかった。



しばらく待っていると、アスカも姿を現した。
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ランの捕獲が成功し、それを目撃したアスカが逃げないでその場に留まるようなら、一緒に捕獲するつもりでいる。


そのために、この日はキャリーバッグを2つ用意した。
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もう1つはゆきママさんから拝借した。
そして独りでは心許ないので、ゆきママさんに手伝ってもらうことにした。



ゆきママさんには、前もってキャリーバッグを持って防砂柵の陰に隠れてもらった。
そうして私は、さり気ない調子でランを両手で抱き上げた。いつものことだから、ランも素直に身を任せてくれる。

「ゆきママさん、いきますよ」と私はゆきママさんに声をかけた。
その合図を聞いたゆきママさんが、扉を開けたキャリーバッグを持って防砂柵の陰から出てきた。

私はゆきママさんへ近づき、キャリーバッグの中へ、ランを入れようとした。
と、ゆきママさんの出現に驚いたのか、ランはいきなり暴れはじめた。
それでも私は、ランをキャリーバッグへ押入れようと一段と力を込めた。
だが、ランも必死に抗う。「凄まじい力だ!」

私は捕獲を断念し、ランを抱いた手の力を緩めた。
ランは私の手を振りきると、防砂柵を越えて防砂林の中へ走り去った。



私の腕には、ランに引っ掻かれた傷が一筋残った。
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しかし、自己嫌悪と敗北感に襲われていた私は、傷の痛みなどまったく感じなかった。


防砂林の奥へ姿を消したランは、私に裏切り者としての烙印を押すだろう。
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こうして、ランの捕獲作戦は、想定しうる最悪の結果に終わった‥‥。


失策の要因はいくつかあったが、この期に及んで顧みても詮ないことだ。
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この結果をもって、ランの捕獲は、しばらく冷却期間をおかざるを得なくなった。


同日、夕刻。
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ランとアスカの様子が気になったので、私は再び海岸へ足を運んだ。


母子は、何事もなかったようにエサ場にいた。
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アスカは、私が与えた猫缶を何の迷いもなく食べはじめた。


ところが、ランはトレイに背を向け口を付けようともしない。
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やはり、朝の出来事にわだかまりを持っているのか。


私が近づこうとすると、ランは防砂林の奥へ足早に逃げていった。
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ランの反応は、昨日までと明らかに違っている。


私は追うのをやめた。すると、ランも立ち止まり、私の方へ向き直った。
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逃げ去ることなく、私と微妙な距離を保っているラン。
「完全に嫌われたのではないのか?」ランの様子を見て、私は一縷の望みをいだいた。



そこで私は、捕獲に至った事情を、ランに諄々と説明した。
「いきなりで驚いただろうけど、お前のことを思ってのことなんだ‥‥」

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果たしてランは、私の本心を理解してくれるだろうか‥‥。私はランの反応を静かに待った。


やがて、ランはおもむろに腰を上げると、こちらに向かって歩みはじめた。
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そして私の足許まで来ると、何も言わず寄り添うように佇んだ。
「ありがとう、ラン‥‥」私は、自分の胸に熱いものが染み渡るのをリアルに感じた。



愛情をもって付き合えば、猫とニンゲンも心が通じあえる。たとえ野良であっても。
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望外の展開でランとの信頼関係は修復出来たが、私は彼女に不妊手術を受けさせることを諦めたわけではない。


〈次回へつづく〉



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コメント

  1. するる | URL | gmuBEe9w

    wabiさん

    お疲れ様です。
    手の傷は大丈夫ですか?

    不幸な子が増えるのは
    本当に辛いですよね。
    ランちゃん、wabiさんを信じて
    頑張って。


  2. 茶チャママ | URL | Wb6Olee.

    お怪我の方は?

    お疲れ様でした
    私はケージでドアに紐を付けて捕まえました
    素手では怪我をする危険が有るので
    予行練習に何度も練習して(タイミングとひっくり返っても開かないよう)
    自腹でのことでしたが・・・
    頑張ってくださいね
    昨日ピアを避妊に連れて行きましたが
    患者さんのママさんに
    「酷い事する、子猫は可愛いのに」
    「それは違うと話したのですが」
    聞き入れてはもらえませんでした
    現実問題を理解していない人が多いのも事実です

  3. 茶チャママ | URL | Wb6Olee.

    お怪我はどうですか

    私は自腹でかなりの避妊をしてきました
    ケージでドアを紐で閉めるようにして
    ひっくり返ったりして開かないか
    予行練習を何度もして、最悪の状態どうしたら
    昨日我が家の猫を避妊に連れて行きましたが
    「何て酷いことをする、子猫は可愛いのに」
    「それは違う」
    説明しても分かってくれません
    そう言う人も居るのです
    「産んだら捨てればいい」
    それも違います
    現実と実態どう理解して貰えるのか
    むなしい繰り返しをしています
    今は年金生活でボランティアできないのですが
    頑張ってください

  4. 茶チャママ | URL | Wb6Olee.

    お怪我はどうですか

    ご苦労様です
    他人が入って来たのは間違えでしたね
    私は一人で自腹でしていました
    ケージで捕獲していました
    最悪のことも考えて試行錯誤と練習を何度も繰り返し
    ドアに紐を付けて引っ張る
    気が焦って素手では無理ですよ
    さすがに年金生活になって出来なくなりましたが
    見つけたらやはり保護してしまってます

  5. ねこやしき | URL | ezOaKyPo

    wabiさん ご苦労様です。
    「他に術がなく不本意ながらやらなくてはならない現状」が、
    犬猫の避妊手術に関して確かにあると私も思います。
    しかも捕獲は本当に大変です。
    私も最近捨てられた猫たち3匹をめぐっての捕獲に苦労しています。
    2匹は成功しました。あと1匹に関しては、緊張ゆえに手元が狂い、
    貴重なチャンスを二度も逃してしまい、へこんでいます。
    失敗を何度も頭の中で再現しては更に落ち込む、という繰り返しで嫌になりますが、
    あせっても仕方ない…と気を取り直すよう自分を励ましています。
    wabiさんは立派です。ご自身の病気とお母様の状況に対処しつつ、
    外で生きる猫たちの福祉のために行動しておられるのですから。
    どうか元気を出してください。

  6. Sabimama | URL | cbwYL0zY

    キャリーバックに入ったら、そのままは扉を閉めにくい。
    私はすぐ立てます(縦に)上からタオルで押すとか、そのままふたを!
    上からふたは自分も閉めやすい、ですよ。
    押さえながら閉められる。
    万が一に手で猫の頭を押さえながら閉められる。

  7. キキママ | URL | 92eFZkuY

    私は杉並区で猫ボラをしてます
    私は餌やりをしてないので
    猫繁殖現場でいきなり
    捕獲器を使い顔をみたこともない
    警戒心ばりばりの生粋の野良猫さんを年間
    50匹ほど、捕獲して避妊しえてます
    良かったら私のブログをご覧んください

  8. sara | URL | DCeDf1vE

    どきどきしながら拝読しました。

    私も家のうらに来る猫達のTNRをやっています。
    もう20匹を超えましたが、すべて捕獲器を使用しています。
    去年だいぶ慣れた小柄なメスを抱き上げたのですが
    手に噛み疲れ後から酷く腫れましたので病院にいき抗生剤を
    頂き破傷風の注射もして頂きました。

    残るは手ごわいオス2匹!!
    来週決行します。

    不幸な命が増えないため頑張りましょう。

    ランちゃんもきっとわかってくれます。

  9. wabi | URL | -

    するるさんへ

    遊びに熱中した我が家の猫に、しょちゅう引っ掻かれているので大丈夫です。
    お気遣い、ありがとうございます。

    無責任な飼い主が多すぎます。
    モノはリサイクル出来ても、命の再利用は出来ません。

    ペットショップで、ただ可愛いからと買ってきて、躾もせず、
    それがために手に負えなくなったら、粗大ゴミと同様役所に持ち込む。
    ペットは飼った時点で『家族』だという意識が欠如しているとしか思えません。

  10. wabi | URL | -

    茶チャママさんへ

    引っ掻き傷を負うことには慣れているので、大丈夫です。
    お気遣い、ありがとうございます。

    ランの場合も結局ひとりで捕獲しました。
    端から捕獲するつもりが無かったのが功を奏したようです。
    そのため、ランもすっかり油断していましたから。

    勘の鋭い猫は、ニンゲンの挙動の変化を直ちに察知します。
    そういう意味で、今回は運が良かったとしか思えません。

  11. wabi | URL | -

    ねこやしきさんへ

    現在のペット問題を招いたのは、ニンゲンの無為無策が原因です。
    少しばかり罰則を重くしても、殆ど抑止力になっていません。

    私自身は、ペット問題は『教育』で解決するのが本筋だと思っています。
    大人が子供たちに命の尊厳を説くべきです。
    しかし、今の大人たち自身が不作為犯なので、望み薄なのですが‥‥。

    捕獲は本当に難しいですね。
    平素なら普通に抱き上げることが出来るのに、『捕獲する』という意識が働くと、
    自分の挙動も微妙に変化するし、猫もその変化を敏感に察知し素直に身を任せてくれません。
    今回のラン捕獲は、私にその気がまったく無かったので奏功したようです。

  12. wabi | URL | -

    Sabimamaさんへ

    必死になったときの猫の力は凄まじいですね。
    何度かその力に遭い、苦汁を甞めているので、今度こそはと決意を固めるのですが、
    やはりいざとなると怪我をさせたくないという思いから、手を放してしまいます。

    今回のラン捕獲は、そんな苦労は一切しませんでした。
    本当に皮肉なものです。

  13. wabi | URL | -

    キキママさんへ

    コメント、ありがとうございます。

    捕獲器を使っての捕獲は、癌に侵された白猫ミリオンのときだけしか経験がありません。
    素手やネットを使っての捕獲をことごとく失敗したので選択の余地が無かったからです。

    捕獲は何度やっても緊張します。
    その緊張が猫に伝わり、警戒される結果になります。
    ニンゲンとしての修行が足りないのも原因でしょう。

  14. wabi | URL | -

    saraさんへ

    私は悪運が強いのか、引っ掻かれたり軽く噛まれた経験はありますが、
    深手を負うまでには至っていません。
    ただ他の人が噛まれるのを目撃したり、体験談を聞いたことはあります。

    なので軽く噛まれたときは、すぐにペットボトルで用意していた水で洗浄しました。
    そのせいで腫れることはありませんでした。

    手強いオスの捕獲の成功を祈っています。

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