シシマル哀惜 その弐

2013年05月02日 21:00

私の記憶によれば、シシマルは出現頻度が非常に高い海岸猫だった。エリアを訪ねると、大抵会うことが出来たものだ。
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それに、彼がエサ場から100メートル以上離れた場面を、ついぞ見たことがない。


果たして彼自身がその行動を、エリアのボスの務めと自覚していたのかどうか、私には分からないのだが。
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私の姿を認めると、ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで近づいてくる。


大きくて骨太な体躯と外国種の血を受け継いだ長毛がシシマルの外見的特徴だ。
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尻尾を立てているからには、取りあえず私の訪問を歓迎してくれているようだ。


大型種の血が混じったシシマルは稀にみる巨漢猫だが、性格は至って穏やかだ。
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この柔和な面差しが、そのことを雄弁に語っている。
シシマルが理由もなしにほかの猫に対して威嚇行為や示威行為をしているのを、私は一度たりとも目撃したことがない。



シシマルはエリアの中心である、四ツ辻の真ん中に歩み出た。
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そして、自分が統べるエリアに変事が起こっていないか、視線を巡らせる。


変わりがないことを確認すると、シシマルは再びおもむろに歩を進めはじめた。
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その時、シシマルが前方を見て急に立ち止まった。


漁港へ出張っていたであろうコジローがエサ場に戻ってきたのだ。
コジローはシシマルに体をぶつけるようにして挨拶をする。シシマルはそんなコジローを優しく受けとめた。

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そしてお互い尻尾を垂直に立てて喜びを表す。


体を反転させたシシマルがコジローに顔を近づけた。何やらニンゲンには聞かせたくない情報を交換しているようだ。
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2匹の前に回りこんでみると、シシマルはコジローを労うようにグルーミングしていた。クールを標榜する“浜の伊達男”もシシマルには唯々として従う。


やがてシシマルとコジローは、思い思いの場所に体を横たえた。
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シシマルの威風堂々とした佇まいは、エリアのボスとしての度量を感じさせてくれる。
この海岸猫が健在な間はこのエリアは安泰だと、誰もが思っていたのだが‥‥。



爪研ぎも、シシマルの場合は豪快だ。
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ガリガリと音を立てて太い角材に爪痕をつけていく。


中型犬にも劣らないこの太い前脚でパンチを食らったら、大方の相手は戦意を喪失するだろう。
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が、私はそういう状況に居合わせたことがない。相手を威嚇するシシマルは見たことがあるが、実際に喧嘩をしている現場を見たことは唯の一度もない。


ライオンを彷彿とさせる風貌から“獅子丸”と名付けたのは私だが‥‥。
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実際のシシマルは、ライオンとは似て非なる温厚な性格の持ち主だ。


私はこの海岸猫の出自について、ほとんど知らない。
いつどこで生まれたのか‥‥、そしてなぜ、野良として海岸で暮らす羽目になったのか。

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知り合った当初は警戒心が強く、近づくことすら許してくれなかったので、恐らく生粋の野良だろうくらいに思っていた。


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ところが去年、シシマルの態度に変化が表れた。それも豹変といってもいいほどの変わり様だった。


この海岸猫の内側でいったい何が起きたのか‥‥、それまでのシシマルを知る者は、その変化を一様に驚きを持って受けとめた。
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この野良の性格からして日和っている訳でも、一時的な気まぐれでもなさそうだ。


ニンゲンに対して頑なほど不信感をあらわにしていたシシマルだったのだが。
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来訪者に自ら近づき、その巨体をすり寄せてくるようになったのだ。


シシマルの急変を目の当たりにしたとき、私は戸惑うと同時に一抹の不安を覚えた。
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人馴れして、無警戒にニンゲンに近づくことは、野良の場合、大きな危険をはらんでいるからだ。


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前回も紹介したが、シシマルとアイは本当に仲が良かった。
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顔見知りのニンゲンには愛想がいいアイだが、本来の性格は臆病である。


ところが、シシマルの側にいるときのアイは表情も和らぎ、安心しきっている。
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この2匹の間に割って入ることは誰にも出来ない。


血族でもないシシマルとアイがどうしてこんなにも親密なのか、相性が良いという説明だけでは不十分だ。
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私が見るところでは、多分にシシマルの包容力と寛容性に担う部分が大きい。
シシマルがもしニンゲンだったら、一角の人物になっていただろうに‥‥。



でも、この光景はもう二度と見ることが出来ない。
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独り残されたアイの喪失感と孤立感はいかばかりかと思うと、胸が押し潰される。




このとき、仲睦まじいシシマルとアイをユキムラが凝視していた。
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その険しい目付きは何を意味しているのだろう。羨望、嫉妬、それとも憎悪‥‥。


アイが独りで所在なげにしていると、シシマルが近づいてきた。
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そして、アイをガードするように、側にうずくまった。


シシマルが傍らにいる安心感からか、アイはおもむろに毛繕いを始めた。
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シシマルは、そんなアイをまるで保護者のように目を細めて見守っている。


ついと顔を上げたシシマルの表情がにわかに変わった。
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その視線の先にはユキムラがいた。さっきと同じように胡乱な目付きで2匹を見詰めている。


ユキムラの底意は分からないが、険しい形相に善意が含まれていないことだけは確かだ。
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アイがユキムラを苦手としていることをシシマルは知っている。だから、シシマルはユキムラがアイにちょっかいを出さないように、こうして陣取っているのだ。


エリアの平穏を維持するため、シシマルは相手によって態度を替える。
同じトラブルメーカーのシロベエとユキムラとでは、その対応が違っている。

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シロベエがおずおずとシシマルに近づいてきた。気配を察知し、おもむろに振り返るシシマル。


体を横たえシロベエは、明らかにシシマルに恭順の意思を示している。
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2年前に2週間行方知れずになっていた間に後ろ脚に障害を負ったシロベエは、性格がすっかり変わり、誰彼なく執拗に突っかかっていた。


以来、“トラブルメーカー”とも“空気の読めないヤツ”とも呼ばれ、エリアの仲間から厭われる存在になった。
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その当時、シシマルもシロベエに謂われのない敵意を向けられ困惑していた。
最近は大人しくなったシロベエだが、それでもコジローなどは未だに忌避している。



そのシロベエが、相手にしてほしいとシシマルへ懸命に訴えている。
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が、シシマルは歯牙にもかけない様子でシロベエをシカトした。しつこいシロベエへの対応は“取り合わない”がベストである。
やがてシロベエは、諦めてその場を離れていった。



ボスの宿命として、幾多の争いを経験したシシマル。その結果、程度の差こそあれ何度か体に傷を負った。
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この顔面の傷は、当時シロベエが負わせたと推察された。


穏やかな陽射しを浴びて、寛いでいるシシマル。
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この心優しい海岸猫は、事故に遭わなければ今でもこういう日々を送っているはずだった。


過失とはいえ、シシマルの場合もニンゲンの行為が生んだ奇禍に違いはない。
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「シシマル‥‥どうしてお前が、こんな目に遭わなければならないのか、私は理解出来ない」


ミイロだって、さんざ辛酸を嘗めさせられて、ようやく海岸での生活に慣れたのに、何故あんな酷い死に方をしなければならなかったのか‥‥。
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いったい彼らが何の罪を犯したというのか。社会の片隅で、ひっそりと健気に暮らしていただけなのに。
それも元はといえば、ニンゲンの身勝手のせいで野良猫という境遇に貶められたのだ。



断罪されるべきは我々ニンゲンのはず。
傲岸なニンゲンは勘違いをしているのではないだろうか。神のごとく、ほかの動物に対する生殺与奪の権利を持っているとでも‥‥。

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直接手を下してほかの生き物を殺し、あまつさえ環境を破壊して間接的にも彼らの命を奪っている。


もし再び天からのお告げで方舟を作っても、今度ばかりはニンゲンの乗船は許されないだろう。
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「ところでシシマル、ミイロにはもう会えたかい‥‥」
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「この世では、特に親しい間柄ではなかったけれど、そっちの世界では同じエリアで暮らした誼みで仲良くするんだよ」


ミイロの事故死を未だに引きずっている私に、シシマルの悲報を受け容れる余地は残っていない。
ただ頭は『こういう苛酷な野良猫の実情をこそ、ブログで発信しつづけるべきだ』と主張している。
だけど、病を得た心がそれに応えてくれない。

頭と心のせめぎ合いに決着はついていない、まだ‥‥。




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コメント

  1. tako | URL | 15SviwpI

    シシマル、安らかに・・・

    wabiさん、初めてコメントさせてもらいます
    私はシシマルが大好きでした。ウチの外猫にオレンジというよく似た猫がいました。
    彼もとても優しくおおらかで包容力のある猫でした。
    ある時から急に顔を見せなくなり、3年が経ってしまいました。
    シシマルとミイロは虹の橋で会えたでしょうか・・・
    wabiさんも、お身体に気をつけて、時々海岸の猫の写真を見せてくださいネ。

  2. 荒野鷹虎 | URL | -

    素晴らしい感動の事実物語です!

    何時も時間を忘れ最後まで胸をときめかせて読み終えて何時しか私の眼にうっすらと涙が光ります。文章の上手さと言うより、猫を見る視線の美しさと崇高な生き物への愛の視線が心を打って仕方がありません。シシマルちゃん、ほか全てのやむなく野良となった猫ちゃんの生きる権利を守りたいものと思いました。感動でした。泣き)

  3. 茶チャママ | URL | Wb6Olee.

    心優しい子でしたね

    事故に遭って亡くなった時にはショックでした
    アパートの時のボス猫に性格が良く似ていて
    母猫を避妊で入院中は、そのボス猫トラが子猫を守っていました
    トラも去勢して子猫達は貰い手を捜し
    仲良く二匹で暮らすはずでしたが・・・
    トラは交通事故に、野良おばさんは心無い人間に毒を飲まされて・・・
    病院に駆け込んだのですが手遅れでした
    人間恐怖症になったようでした
    また子猫が脱走して、その子も毒を・・・
    人間ほど怖いものは無いと・・・
    でもこの頃心ある人間達の居ることにホッとしています

  4. いちこ | URL | -

    こんにちは。
    シシマルの死、無念です。安らかに眠ってほしいです。
    きっと辛いお気持ちでしょう。
    何と言えばよいか、言葉が浮かびません。

    >もし再び天からのお告げで方舟を作っても、今度ばかりはニンゲンの乗船は許されないだろう。

    私もそんな気がしますよ。

    ご自愛くださいね、wabiさん。


  5. Sabimama | URL | cbwYL0zY

    柱を失った思い。
    辛いお気持ちですね。
    彼の生きた証しは、
    深く刻まれ、貴方の胸に
    永遠に生きるのでしょう。
    お悔やみ申し上げます。

  6. ねこやしき | URL | -

    シシマル… きみはもういないんだね。
    一度も会ったことはなくても、いつも身近に感じていました。
    wabiさんの猫たちを愛する気持ちがあふれているブログから
    いつも慰められ、励まされています。
    ありがとうございます。

  7. dodo | URL | gRaZrKeE

    シシマル...今は安らかに眠って下さい。
    そして、wabiさん、お体を休めて下さいね!

    海で元気なwabiさんに会いたいものです。

  8. wabi | URL | -

    takoさんへ

    takoさん、はじめまして。

    シシマルは身体に似合わず、心優しい猫でした。
    ずっとニンゲンに対しては警戒心を持っていたのですが、
    彼のほうから徐々に近づいてきました。
    エリアのボス、そしてアイの兄貴分としてあまりにも存在感が大きかったので、
    喪失感もまた、大きいです。
    ニンゲンのように地位やお金で他を従わせるのではなく、
    オレンジちゃんや、シシマルのように優しさと包容力で慕われるのが
    本当のリーダーですね。

    ミイロとシシマルは再会を果たしていると思っています。

  9. wabi | URL | -

    荒野鷹虎さんへ

    過分なお言葉をいただき、恐縮しています。
    海岸猫と接するときの私の視線に“美しさ”や“愛”が含まれているのか、
    私自身には分かりません。
    ただ、彼らにカメラを向ける際には、実際の視線を出来るだけ下げ、
    と同時に感性も彼らに合わせようと努めます。
    すると稀にですが、彼らの気持ちが分かる時があるのです。
    勿論私の思い込みなのですが、そういうときに“お話”が浮かびあがってきます。
    後はそのお話に従ってキャプションを書くだけです。
    でも、こういうことは先述したように“稀”にしか起こりません。

  10. wabi | URL | -

    茶チャママさんへ

    野良猫と係わっていると、それぞれの性格が見えてきてます。
    ニンゲン同様さまざまな性質があり、特徴的な猫も多いですが、
    シシマルのようにリーダーとしての資質を持っている猫はそうそういません。
    それも力だけではなく、優しさで仲間の信頼を得ている猫は稀だと思います。

    トラちゃんもきっとそんな猫だったんでしょうね。

    ニンゲンと野良猫が共存出来る日は果たしてやって来るのか‥‥?
    私自身は否定的なのですが、けっして諦めてはいません。

  11. wabi | URL | -

    いちこさんへ

    あんな大きな身体を持ったシシマルが、こんな最期を迎えるなんて、
    想像もしていませんでした。
    私にとっては青天の霹靂のような出来事でした。

    歴史から学ばずお互い殺し合い、ほかの生き物を無意味に殺し、
    自分たちの住む地球をも破壊しようとしているニンゲン。
    今のままでは人類滅亡の日は想像より早くやって来るでしょう。
    その際は、ほかの生き物を巻き添えにしないことを願うばかりです。

    お気遣い、ありがとうございます。

  12. wabi | URL | -

    Sabimamaさんへ

    シシマルはエリアのリーダーとして仲間の猫からも関係者からも、
    信頼されていた海岸猫でした。
    穏やかな性格の心優しい猫で、特にアイにとっては兄のような存在でした。

    一年ほど前から急に人懐こくなり、抱っこ出来るほどに近しくなったのに‥‥。
    あの時感じたずっしりとした感覚が今も腕に残っています。

  13. wabi | URL | -

    ねこやしきさんへ

    未だシシマルの死を受け容れられない自分がいます。
    野良猫の最期は大抵の場合悲惨なものだと分かっていても、
    いつの遣り切れない心境に陥ります。

    私もシシマルから大切なことを学びました。
    生きる上で、優しさが如何に大切であるかを。

  14. wabi | URL | -

    dodoさんへ

    dodoさん、ご無沙汰しています。

    まだ海岸へいける状態ではないので、今はdodoさんのブログを観て
    疑似体験している次第です。(笑)

    私も海岸でお会いするのを楽しみにしています。

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