不妊手術 その六『眷族』

2013年06月08日 05:00

私がその海岸猫を見かけたのはたった一度だけだった。
そのとき私と顔を合わせた海岸猫は、私にカメラを構える隙も与えずたちまち防砂林の奥へ歩き去ってしまった。

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以来、その海岸猫の姿は見ていないが、この日2度目の遭遇を果たすことになる。


私は夕刻の湘南海岸を訪れた。
ランエリアに足を踏み入れた途端、アスカが鳴き声を上げながら姿を現した。

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私が側にいると、アスカはこんな無防備で大胆な格好を見せる。


『犬は人に付き猫は家に付く』という諺があるが、私はすんなりと首肯できない。
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猫も犬と同様、受けた恩義を忘れない忠順な動物だと私は信じている。
童話作家立原えりかのエッセイ『二匹の猫のこと』には20キロ以上離れた引越し先に自力で辿り着く黒猫が紹介されている。



草むらで寛ぐ母の側へ歩み寄るアスカ。
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母子の情愛もまた、ニンゲンが思っているほど希薄ではない。


一つのトレイで食事をするランとアスカ。このカリカリはエサ遣りさんのWさんが与えたものだ。
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Wさんはこのエリアも含めて数カ所のエサ場を廻り、海岸猫に給餌している。


アスカも顔馴染みのWさんの前では警戒心を解く。
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アスカは抱かれることに慣れていない。その格好は、まるで吊り下げられた木偶人形みたいだ。


Wさんの自転車の側で寛ぐアスカ。気心の知れたニンゲンがいることで安心しきっているようだ。
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無邪気で屈託のないアスカの双眸は、今まで何を見てきたのだろう。


猫に時間の概念はないというが、いなくなったチャゲや離れて暮らすユイと暮らした頃のことも忘れてしまったのか。
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たとえ回顧しなくても頭が良い猫だから、兄弟たちのことは憶えていると思われる。


Wさんが帰ろうとして自転車を動かすと、アスカは前脚をスタンドにかけた。もっと遊んで欲しいと、引き止めているつもりなのか。
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今度は車輪に戯れつき始めた。


Wさんもアスカのなすがままに任せている。これだけ執拗引き止められるとにべない態度も取れず、Wさんは少々困惑気味だ。
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アスカに怪我をさせないようにWさんはゆっくりと自転車を移動する。アスカもゆっくりとした歩調で後を追う。


Wさんが道路に出ると、アスカはやっと諦め歩みを止めた。アスカの身の上を知るWさんは名残惜しそうに、アスカに別れの言葉を告げた。
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Wさんの姿が見えなくなると、アスカはとぼとぼと引き返してきた。


ランは端然と座ったままWさんを見送っている。
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遊び盛りのアスカは構ってくれる相手がいなくなったのが寂しいのか、道路の方を凝視したまま動かない。


アスカはには2匹の兄弟がいたが、ユイは生まれたテント小屋に残り、一緒に移動してきたチャゲはある日突然姿を消した。
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だから今は、このエリアで母のランと2匹だけで暮らしている。だが、さすがに母親相手ではチャゲと同じような遊びはできない。


アスカにとってランは飽くまでも慕う相手であって、遊び相手ではないのだ。
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私も15年前に無二の弟を喪ったが、それでも小さい頃はよく遊んだものだ。


アスカも同じ年頃の遊び相手が欲しいのでは、と私は思っている。
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現在リンが育てている仔猫は、アスカにとって従兄弟に当たる。その中から遊び相手が現れるといいのだが‥‥。


そんなことを考えているときだった。母子の表情がにわかに緊張で固まったのは
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ランとアスカは目を大きく見開き、視線を一点に集中している。特にランの形相はにわかに険しくなった。


ランはその対象から一瞬たりとも目を離さず、視線を巡らせる。
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ランの視線を辿って、私はゆっくりと後ろを振り向いた。
そこにいたのは立派な体躯をしたキジ白だった。私はこのキジ白が以前このエリアで目撃した海岸猫だとすぐに分かった。



前回見かけたときは遠目だったので確認できなかったが、体付き、面構えなどからオスだと推察される。
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キジ白は我々に背を向けたまま、辺りを用心深く見回している。
その風貌からの連想で、私はこの海岸猫に“ムッシュ”という呼び名を付けた。



リンとランが産んだ雉トラ柄の仔猫の父親は、このムッシュだと私は睨んでいる。
周りから得た情報もそれを裏付けるものばかりだった。

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自分を孕ませたムッシュに対するランの目は殊の外険しい。


カメラを構える私を見つめる面持ちに緊張感など微塵もなく、不敵な面構えを崩さない。「図太い神経の、豪胆なヤツだな」というのが、私の第一印象である
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ムッシュがリンやランとともに、防砂林に住まう人のテントで暮らしていた眷族なのかはどうかの情報は得ていない。しかし、人馴れしていない性格からその可能性は低いだろうと私は思っている。


ムッシュは生粋の野良らしく警戒心が強く、一定の距離を侵犯すると逃げ去ってしまう。
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悠然とした足取りで私の目の前を横切ると、防風ネットの裂け目を潜り、以前と同じように防砂林の中へ姿を消した。


ランとアスカはムッシュの後ろ姿を見送る。
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アスカはムッシュが自分の父親だということを知っているのだろうか。


猫の場合、子供と父親の縁は希薄だ。稀に自分の子供を可愛がる父猫がいるが、通常は育児をすることはないし、我が子であっても父猫は相手をオスかメスで認識する。
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だからメスを巡って息子と喧嘩するし、発情したら娘とでも交尾しようとする。ただ自然界のメスには近親交配を察知する本能が備わっていてそれを忌避する。


だが限られたエリアで暮らす野良猫だと、近親交配が起こる確率は高くなる。
そういう意味でも野良猫の不妊手術は必要不可欠なのだ。

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父親のムッシュにはあまり関心を示さなかったアスカが、先程から興味津々の様子で目を瞠っている。


アスカが関心を寄せているのは帰り支度をしている釣人だ。
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だが、釣人は側に佇む海岸猫をまったく気にかけていない。今は釣果のことしか考えていないのかもしれない。


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落日間近の最後の陽射しを浴びて、ランは微睡みはじめた。
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避妊手術を受けたランは二度と発情しない。そんなランにとってムッシュはどんな存在なのだろう。


そして、ランとは違ってムッシュの血を受け継いだアスカは‥‥。
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ニンゲンの場合、『親の背中を見て子は育つ』と言われているが、猫の場合はどうなのだろう?


私が知らないだけで、今までもアスカはムッシュと接触を持っていると思われる。
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生体的にもムッシュの遺伝子を受け継いでいるアスカだから、彼から何らかの影響を受けるはず。


たとえ親としてでなくても、ムッシュは年長の先輩猫としてアスカに感化を与え続けるだろう。
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ちなみに私は、父を反面教師として生きてきたつもりだったが、周りの評価は意図に反して“よく似ている”だ。私自身も馬齢を重ねる度に、外見や性格だけでなく人生さえも父に似寄るのを実感する。


でも、『血は水よりも濃し』『血は争えぬ』『氏より育ち』『兄弟は他人の始まり』など眷族にまつわる数多ある諺のどれにも素直に諾えない私がいることもまた事実だ。
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一つの言葉で言い表すことができるほど眷族との関係は複雑で一様でないということだ。


ともあれ、ムッシュの存在が明らかになったことで、つくづくランに避妊手術を受けさせて正解だったと思う。
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そうなると、ますますリンとユイのことが気懸かりになる。猫は授乳中でも妊娠が可能なのだ。



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コメント

  1. 茶チャママ | URL | Wb6Olee.

    猫にも帰巣本能があります

    そして犬は人に猫は家に
    これは私の体験と獣医さんの体験から逆なことを感じました
    山の頂上近くに捨て猫が日増しに痩せてきて
    こんな所に捨てるのに怒りが
    保護しようと毎日行ってますが見つからないことが
    見つかっても餌の缶を振って餌を置くのですが・・・
    おとといは離れて見ていたら、かなり迷いながらも食べてくれました
    昨日は見つかりません
    今日も行きます、何とか耳カットして地域猫の土地に移動させたいです

  2. 荒野鷹虎 | URL | -

    mozinohekanngadekimasenndesita!!!!!

    itumokanndoudesu.!

  3. wabi | URL | -

    茶チャママさんへ

    命あるものをゴミのように捨てるニンゲンの心境は到底理解できませんね。

    どうしてそうなる前に避妊手術をしなかったのか。
    それが出来ないなら、どうして動物を飼おうなんて思ったのか。
    ただ可愛いだけで飼っていたとしたら、無責任極まりない身勝手なニンゲンです。
    元々そういう輩は動物を買う資格なんて無いのですから。

    山に捨てられた子が保護されるよう祈っています。

  4. wabi | URL | -

    荒野鷹虎さんへ

    パソコンのトラブルにも拘わらずコメントをお寄せ頂き恐縮しています。

    私自身も海岸猫から沢山の感動を貰っています。
    その感動を他の人にも知って欲しいから記事を書いています。
    しかし、拙い写真と拙い文章では実際の感動の半分も伝わっていないと思いますが‥‥。

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