不妊手術 その七『不在』

2013年06月13日 08:00

湘南海岸‥‥早朝。
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防砂林へ向けて私が名を呼ぶと、まずアスカが姿を現し足許に擦り寄ってきた。
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いつもなら母のランも揃って姿を見せるのだが‥‥。


「アスカ、お母さんは一緒じゃないのか」
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だがアスカは不安げな面持ちで座り込み、私の問いかけを聞いている様子もない。


私はさらにランの名を呼びつづけたが、その声は防砂林の中へ虚しく吸い込まれるばかりだ。
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その場に留まり、辺りに動くものの気配がないかしばらく意識を集中したが、鈍麻した私の五感は何も察知できなかった。


何気なく植込みの中を覗いた私は思わずのけぞり後ずさりした。
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そこにいたのはムッシュだった。


ムッシュは私と対峙しても顔色一つ変えない。やはりそうとう肝が据わったヤツだ。
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やがてムッシュはその場にうずくまり、顔をそっと伏せた。さすがに私の双眼とレンズの三つの眼と睨み合うのは避けたようだ。


私は植込みを回り込み、砂防柵越しにムッシュを俯瞰した。
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ムッシュは不敵な面持ちで私の顔を睨み返してくる。この海岸猫の来歴は不明だが、その眼にはニンゲンへの不審感が仄見える。


ランが不在なのはムッシュが居座っているからなのか。
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にしても、何処へ行ったんだランは?エサ場近くにいないと、エサにありつけないのに。


取り敢えずアスカに猫缶を与えることにした。
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いつもは母と一緒に食事するアスカ。
私見だが、独りの食事ほど味気ないものはない。どんな美酒美肴であろうが、家族や親しい者との食事に勝ることはない。たとえそれが粗食であっても、だ。



だが育ち盛りのアスカにはそんなことはあまり関係ないようだ。。
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与えた猫缶は見事に完食されている。


腹が一杯になり満足したのか、アスカは私の足許に体を横たえた。
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心成しか物憂げに見える表情は、やはり母の不在が原因なのだろうか。


仔猫たちが姿を見せなかったことはあったが、ランが姿を現さなかったことは、これまでなかったと記憶している。
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いつも一緒にいたアスカなら母が何処へ行ったのか知っているはず。


何も語らないのはそれなりの理由があってのことかもしれない。
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ひょっとして、父であるムッシュへの遠慮からか‥‥。


たった1日姿を見せなかっただけで、過度に憂慮するなど大袈裟だということは分かっている。
だが、過剰に反応する情動をどうしても抑えられないのだ。

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部屋に一泊させたことで、ランとアスカに対して殊更近しさを感じているからだ。


人影が見えたので近づいていくと、ボランティアのIおばさんだった。
Iおばさんの海岸訪問時間は不規則だが、朝に来るのは稀なことだ。

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Iおばさんは猫缶を持って植込みの中へ入っていった。


そして猫缶を入れた食器を差し出す。
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その様子をムッシュはじっと観察している。逃げないところを見ると、Iおばさんとは既に見知った仲なのだろう。


ところが、その猫缶を真っ先に食べはじめたのはアスカだった。
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「おいアスカ、お前はさっき食べただろう」私がそういうと、アスカは眼を丸くして振り返った。


私の顔を見ると、アスカはバツの悪そうな表情をつくった。
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が、それも束の間のこと、アスカはすぐに食器に顔を突っ込み猫缶を食べだした。意外だったのは、ムッシュがアスカの無作法な態度を咎める素振りをみせないことだ。


結局、アスカが猫缶を独り占めした。
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父のムッシュは植込みの奥へ引っ込み、ぽつねんとしている。


私は勝手にムッシュは豪胆で気性の荒い猫だと思っていたが、アスカにすんなり猫缶を譲ったことで、その印象は一変した。
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もしかしたら、アスカが自分の子供だと知っているのだろうか。動物の本能で‥‥。


そう思うと、食いしん坊のアスカを見るムッシュの目が優しく感じてくるから不思議だ。
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「アスカ、優しそうな父さんだな‥‥。それにしてもお前食べ過ぎだぞ」
そんな私の言葉も耳に入らないほど、アスカは食べることに専心している。



杞憂と分かっていても、私はランの不在が気掛かりでならない。
そこでランが行きそうな他のエリアへ行ってみることにした。

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そのエリアに着いて、舌を鳴らしていると、1匹の海岸猫が足早に近づいてきた。
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だが、それはランではなくリンだった。


「リン、ランを見なかったか」
可能性は低かったが、生まれ育った元のエリアに戻っているかもしれない。

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だが私の呼びかけに姿を現さないことやリンの態度からも、ランがこのエリアに戻っていないことはすぐに分かった。


私の印象ではお互い子供を産むまでは、姉妹であるリンとランの仲は良好だった。
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それなのに何故ランは2匹の子供を伴ってこのエリアを去ったのか。ここに留まっていれば、防砂林に住まう人から食べ物も与えられるのに、だ。


考えられるとすれば、メスにもそれぞれテリトリーがあり、リンとの確執が生じる前に自らエリアを出たということだ。
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特に子育て中のメスは神経質になっているから、姉妹であっても諍いは起こる。それに猫は自分の子供を擁護するあまり、他の猫を疎外し、場合によっては迫害すらする。


リンとランがこのエリアで子育てをしている時、そういう場面を私は何度か目撃している。
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その行動は母性本能のなせる業だが、昂じると育児放棄や子殺しにまで至る。


だから、そういう惨事を避けるため、ランはこのエリアを離れたのだろう。
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ところで、私がリンとユイの避妊手術を諦めたことに不審と疑問を持った方もいると思われる。
実際にそういう旨のコメントも寄せられたので、私の見解を述べておく。

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以前にも記したようにリンとユイは防砂林に住まう人の世話を受けている。つまり“飼われている”状態だ。


土地の所有権を持たない彼らにも“物”の所有権はある。だからリンとユイの所有権は彼らにある、と私は理解している。
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彼らの所有動物であるリンとユイに勝手に不妊手術を受けさせれば“器物損壊罪”に問われる。立場上、彼らが当局に訴えることはないと思うが、刑法に抵触する行為であることに違いはない。


現実的にも、馴れているリンはともかくユイを捕獲するには彼らの協力がなければ難しい。
この問題に対する私の悩みも苦衷もそこにある。

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「それにしてもラン、いったいお前は何処へ行ったんだ?」



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コメント

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  2. おこちゃんちゃん | URL | -

    ランちゃん心配です。

    気まぐれでどこかに遊びに行っているだけであることを願ってます。

    いつも いるランちゃんがいないと、wabiさんも心配でいたたまれないでしょうね。

  3. ゆうたん@ | URL | 4CvheNDY

    今までの海岸猫たちのことを考えればやはり不安になります。
    ランちゃんが姿を現してくれますように!

  4. ミュウ | URL | -

    ランちゃんはどこに行ったのでしょうか。
    とても心配になります。

    wabiさんは尚更でしょうね。

    何事もなく無事に戻ってきてほしいです。

  5. wabi | URL | -

    写真コンテストChoipicさんへ

    コメント返しが遅くなりましたことを、まずお詫びいたします。

    さてせっかくのお誘い光栄なのですが、私自身は写真・カメラに興味がなく、
    飽くまでも野良猫の生態を記録するための道具としてカメラを使用しているに過ぎません。
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    ですからコンテストに出品出来るような写真は一枚もありません。
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  6. wabi | URL | -

    おこちゃんちゃんさんへ

    ランはこの頃から、元のエリアから離れることが多くなりました。
    その場所が国道の向こう側なのかどうかは分かりません。
    ただ、アスカとともにあの隧道を使っていることは明らかです。
    下を通っていれば交通事故に遭う心配はないのですが、放浪癖のある海岸猫ですから、
    海岸へ戻ってこなくなる可能性があり、心配しています。
    街は海岸よりさらに野良猫にとっては厳しい環境ですから。

  7. wabi | URL | -

    ゆうたん@さんへ

    お気遣いありがとうございます。

    今回はすぐに姿を現しましたが、ランは元のエリアにいることが稀になってきました。
    近くならエサ遣りさんが気がつくでしょうが、あまり遠くへ行くとエサもまともに貰えなくなります。
    またねぐらも都合よくありませんから、心配しています。
    彼女なりの事情があって移動しているのでしょうが、移動先でトラブルに巻き込まれないか、
    それもまた心配の種です。

  8. wabi | URL | -

    ミュウさんへ

    行く度に必ず姿を見せてくれていたのが、いきなり姿を現さなくなると、
    今までの経験から最悪の事態を想像してしまい、心配で落ち着かなくなります。
    今回は翌日にすんなり姿を現してくれましたが、これ以後、時折姿を見せない日があり、
    300メートルくらいの範囲をランの姿を求めて歩き回ることが多くなりました。
    アスカと一緒のときありますが、独り離れたエリアから姿を現すこともあり、
    探すのに一苦労します。
    彼女なりの事情があるとは思うのですが、私としては気が休まりません。

  9. wabi | URL | -

    challengerさんへ

    コメント返しが遅くなりましたこと、まずお詫びいたします。

    仰るように野良猫と係わっていると、嬉しいことより悲しく切ないことのほうが
    圧倒的に多いですね。
    また野良猫への理解がないニンゲンに対する憤りも募るばかりです。
    野良猫が存在している理由など、考える必要もないほど自明なのに‥‥。
    愚かなニンゲンのせいで寄る辺ない暮らしを強いられているだけでも
    彼らにとっては理不尽なことなのに、さらに排斥、虐待に及ぶなど言語道断の所業です。

    さてコメントに記してあった子の情報は私も得ていましたが、世話をした人の希望で
    ブログには書かないと約束いたしました。

    私へのお気遣いありがとうございます。
    微力ですが、今後も猫たちの現状を発信していきたいと思っています。

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