不妊手術 その八『隧道』

2013年06月23日 17:00

海岸猫が海岸から去る事例は、三つに大別される。
死亡する、行方不明になる、保護される、の三例だ。

それらの割合がどうなっているのか‥‥、勿論、正確な数字など私は知る由もない。
ただ、記憶をより所に私の所感を敢えて述べると、死亡確認が一割、保護も一割、そして残りの八割が、“行方不明”だ。
数値の確度は低いが、海岸猫の実情を知っている人なら、ある日を境に突然姿を見せなくなる猫の割合が一番多いのには賛同してくれるはず。

海岸猫と交誼を結んでおよそ6年、その間に行方知れずになった数のなんと多いことか‥‥。
その中には他界した猫もいるだろうし、保護された猫もいるだろう。
しかしそれらは、所詮推測、憶測の域を出ない。
行方不明は飽くまでも“消息不明”や“生死不明”と同義で、分からないことなのだから。

ひっきょう、殆どの海岸猫との別れは突然やってくるのだ。




ランが姿を見せなかった翌朝、私は不吉な予感を抱いたまま海岸へ赴いた。
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ところが‥‥、
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そんな私の予感を鮮やかに裏切り、ランはあっさりと姿を見せた。
私は安堵のあまり腰が砕けそうになった。

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ランはアスカと一緒に、女性のエサ遣りさんからもらった猫缶を食べていた。


これほど母子の食事光景が微笑ましいと感じたことは、今までなかった。
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前日は何処へ行っていたのか、ランにそう尋ねることも忘れて、私はただ2匹を眺めていた。


ランをして、私の呼びかけにも応えさせないトコロとは何処なのか?
数日後、私はそれを暗示する出来事と遭遇した。



湘南海岸、早朝‥‥。
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この日も、何度名を呼んでもランは姿を現さなかった。
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まるで私が来るのを待っていたように、すぐさま姿を見せたアスカは、鳴き声を上げながら体を寄せてきた。


「アスカ、お母さんは今日もいないのか?」
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アスカの鳴き声を聞いたランが姿を見せるかもしれないと思い、しばらく待つことにした。


「だからアスカ、少し我慢してくれ」
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アスカは母が恋しくて鳴いているわけではない。早く猫缶を食べさせてくれと、私に訴えているのだ。


もしやと思い植込みの中を覗いたが、ムッシュの姿はなかった。
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ランがエサ場を離れる原因はムッシュの存在ではない、ということか‥‥。


だとしたら幼いアスカを独り置いて、ランは何処へ何をしに行ったのだろう。
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どうやらアスカはランの行方を知らないようだ。それに、今は母のことより自分の腹のことで頭がいっぱいの様子だ。


ランは一向に姿を見せないし、これ以上アスカにお預けをくわすのも不憫なので、先に猫缶を与えることにした。
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育ち盛りのアスカは脇目も振らず猫缶を次々とと嚥下していく。


体の大きさは既に母を超え、父ムッシュに近づこうとしている。
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トレイの猫缶は見る見るうちにアスカの胃袋に収まっていく。


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そして、小さな欠片を残すだけの見事な完食をやり遂げた。


それでもアスカが不服そうな素振りを見せるので、追加の猫缶をトレイに盛った。
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するとアスカは、一皿目と同じペースで猫缶を食べはじめた。


「おいおいアスカ、いったいお前の胃袋のキャパはどんだけなんだ?」
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私の言葉も耳に入らないほどアスカは食べることに集中している。


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結局、二皿目もほぼ完食状態。よっぽど腹が減っていたようだ。


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満腹になったアスカは従容とした足取りで防砂林の奥へ入っていく。


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枝間から顔を出した朝陽を見つめ、アスカは何を想っているのか‥‥。


ある日突然海岸から去ったチャゲのことを思い出しているのだろうか。それとも離れて暮らすユイに思いを馳せているのか。
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はたまた時折訪ねてくる父ムッシュを思い起こしているのか。


「にしても、アスカよ、母よりデカくなったとはいえ、お前の後ろ姿は何て小さくて儚げなんだ」
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湘南海岸の片隅でひっそりと暮らす1匹の野良猫など、世の中からすれば取るに足らない存在だろう。


だが彼らも我々ニンゲンと同じ“命”を持っている。
広大無辺な宇宙から見れば、猫とニンゲンなど生物としてはおっつかっつだ。

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進化の過程で枝分かれしたが、同じ祖を持つ言わば同胞(はらから)だ。天の配剤次第では立場が逆転したかもしれない。


その同胞を軽んじて遺棄し虐待し、あまつさえ殺処分してしまうニンゲンがいることに、私自身忸怩たらざるを得ない。
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野良猫が増えると騒音被害や糞尿被害を及ぼすから殺処分も致し方ないという人がいる。


だがそんな理屈は噴飯物の詭弁でしかない。
どう考えても猫に責任など問えないだろう。そもそも野良猫という存在を作り出したのは、我々ニンゲンなのだから。

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それに野良猫が環境に与える影響なんて、ニンゲンが犯している環境破壊に比べればどれほどのものかと訊きたい。
こんな、聡い子供でも分かることを理解しようとしないニンゲンの如何に多いことか。



野良猫を増やさないためには“不妊手術”しか手段がないことを認めるべきだ。
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私は野良猫を撫でるとき、ゴメンな、と呟く。


といっても、ニンゲンを代表して謝罪しているわけではない。私はそこまで思い上がっていないし、優しくもない。
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第一、今の私の心に他人を慮る余裕など皆無だ。


ただひたすら自分の無力を呪い、彼らを救えないことが悔しいだけだ。
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しつこいと分かっていたが、この日も呟いた。「アスカ、お前を救いだせなくてゴメンな」


私の想いが海岸猫に通じているのかどうかは分からないが、これからも同じ台詞を呟きつづけるだろう。
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アスカはさらに防砂林の奥へと足を運んでいく。私は距離を置いて後をついていった。
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目的があるように歩いていくが、この先には国道のコンクリート壁が立ち塞がっているだけだ。


その国道の立ち上がり面にぽっかりと穴が開いているのが見える。
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以前にも紹介したが、この隧道は国道の下を反対側まで貫いている。


防砂林には今も狸やハクビシンがいる。国道の着工時にはもっと数が多かったはず。この隧道はそれらの野生動物が事故に遭わないよう造られたものだと推測される。
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存在が認められていない海岸猫のために造られたのではないことだけは明白だ。


アスカは躊躇うことなく隧道に入っていった。
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どうやら、今回初めて足を踏み入れたわけではなさそうだ。


アスカはそのまま隧道を突き進んでいく。
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そして、隧道を抜けて国道の反対側へ姿を消した。


この隧道を猫たちも利用していると想像していたが、実際に目撃したのは今回が初めてだ。
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私は思った。もしかしたらランも国道の向こう側に行っているのではないかと。そしてそれを知っているアスカが、母の許へ駆けつけたのではないかとも。


5、6分経ったころ、アスカがひょっこりと隧道から顔をだした。
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しかし、戻ってきたのはアスカだけだった。「アスカ、お母さんと一緒じゃないのか?」
隧道を抜けたところにはこちら側と同じ防砂林があり、その先は住宅地になっている。



このエリアでは時折、見慣れない猫の姿を目撃することがある。住宅街に棲む外猫たちもこの隧道を利用して海岸へ来ているのだろう。
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国道を貫く隧道はここ以外に後2箇所あるのを知っている。その間隔はほぼ500メートルで、探せば他にもある可能性がある。


アスカが戸惑うことなく隧道を往復したのを目の当たりにした私は、ある推論を立ててみた。
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臆病なアスカが独りで入ることは考えられない。最初は母のランの後について隧道を通り抜けたのではないだろうか。


アスカの姿を確認した私は、そろそろ海岸を離れようと思って海岸沿いの道路へ向かった。
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その時だった、辺りを見回していた私の視界に1匹の猫の姿が入ってきたのは。


それはランだった。
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いきなり現れたのでランがどっちからやって来たのか、正確な方向は分からない。


ただランが海岸側にいれば、私の呼びかけに応えたはずだという思いと、アスカの行動を目撃したことで、ランも隧道を使い国道の反対側に行っていたのではという疑念が濃くなってきた。
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猫は探究心の強い生き物だから、あの隧道に関心を持たないほうが却って不自然だ。


それはさておき、まずはランに食事を与えることにした。
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あまり空腹でないのか、ランは小鳥がエサを突くように少しずつ食べる。


食べ終えるのに時間がかかると思った私は防砂林をでて海岸へ降りた。
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戻ってみると既にランの姿はなかった。
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トレイの中の猫缶は殆んど残されていた。やはり腹は減っていなかったのだ。


妙だな、と思った。
いつも一緒にいる母子なのに、アスカはいつもより餓え、ランだけ満腹なのは甚だ不自然だ。

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私は思いつき、トレイをそのままに、隧道へ近づいていった。


「いた、ランだ!」
ランは入り口から数メートルのところに佇んでいた。

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やがてそこへ座り込むと、動かなくなった。


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海岸を離れる時間がきたので、私はゆっくりと隧道から離れていった。


さっきの不自然な状況の説明だが‥‥。
ランが別の場所で食事を与えられたと考えれば辻褄が合う。

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しかし、そういう場所が国道の反対側にあるのかどうかは、残念ながら確認できなかった。



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コメント

  1. ミュウ | URL | -

    ランちゃんが無事戻ってきたことにホッとしました。
    本当に何事もなくて良かったですね。

    それにしてもランちゃんは今までどこにいたのでしょうか?
    ランちゃんに聞ければいいのにって思いますね。

  2. なな | URL | -

    ノラ猫へのエサやりは禁止ですよ!
    エサ与えるなら糞を処理すべきです。
    楽しいことだけして、めんどうな事はやらない。野良だからどこで糞してるか分からないとか理由つけるなら、与えるべきじゃない。
    無責任すぎる。

  3. なな | URL | -

    コメント拒否する人は都合悪いと逃げる人と考えてます

  4. おこちゃんちゃん | URL | -

    ランちゃんがいてよかった~!!

    前回のブログを読ませて頂いてから、心配で気がきでなくって、更新はいつかと、
    毎日の様に伺っていました。

    アスカちゃん、ランちゃん、、自然の環境は厳しいだろうけれど、いつまでも一緒にいて欲しいです。

  5. なな | URL | -

    ノラ猫なのに毛並はきれい

  6. いちこ | URL | -

    こんにちは。
    ランちゃん、姿を見せてくれて良かったですね!
    wabiさんのほっとするお気持ち、よくわかります。
    きっとどなたかエサを与えてくれているんでしょうね。

  7. 荒野鷹虎 | URL | -

    感動そのものです!

    何度見ましてもこれほど感激。感動するブログは見当たりン戦。頑張っている姿も感動です。‼楽しみに野良猫の人生に興味を持っています。涙の物語と言えます。☆!!

  8. ミイコ | URL | -

    wabiさんこんにちは。
    心配するwabiさんに、アスカ君が、「お母さんはこのトンネルの向こうにも行ってるんだよ、心配しないでね」って、言ってるように見えました(^^)
    ランちゃんもゴハンを食べないで元気な姿だけ見せにきたような。。。
    ランちゃんが行方不明でなくて良かったですね♪
    ほっとしました~(((^_^;)

  9. ねこやしき | URL | ezOaKyPo

    いつも会えていた猫たちに会えなくなるのは、本当に切ないものです。
    いつまでもいつまでも思い出します。
    死んだり、保護されたりする場合もあれば、思いもよらない新たな場所で、
    どなたかの優しい給餌を受けて安寧に暮らしている場合もあります。
    転々と移動する子もいれば、同じ場所に死ぬまで留まる子もいます。
    なじみの場所を離れることにはその猫なりの様々な理由がありますが、
    エサがそこにあるという理由だけでは彼らを引き留められないんですよね。
    ランもアスカもいつかトンネルの向こうに行きっぱなしになってしまうのかなぁ…
    行ってほしくないです…

  10. wabi | URL | -

    ミュウさんへ

    自分が生まれ育ったテント小屋から子供たちを連れて離れたラン。
    彼女には放浪癖があるのかもしれません。

    広くて見通しの悪い防砂林で猫を捜すのは一苦労です。
    以前は私の自転車のスタンドを立てる音で自ら姿を現していたのですが。

  11. wabi | URL | -

    ななさんへ

    あなたは私のブログのほんの一部を見てコメントしているでしょう。
    もしかしたら最新記事しか読んでいないかもしれません。

    ななさんは海岸が、そして防砂林がどんなトコロか知っていますか?
    恐らく知らないでしょう。知っていたらこんなコメント普通書けませんから。

    読解力、文面から推すと、あなたはまだ若い人のようですね。
    ななさんも大人になったら分かるでしょうが、社会には複雑で難解な問題がたくさんあります。
    野良猫問題は大の大人が知恵を絞っても尚、解決できない難しい問題です。
    役所の人達も頭を抱えるくらいですから。

    もし野良猫問題の要旨が分からないなら周りの大人の人に訊きなさい。
    そして、ななさんが大きくなったら改めてこの問題に取り組んでください。

  12. wabi | URL | -

    おこちゃんちゃんさんへ

    ランが姿を見せないなんて、今までなかったので私もずいぶん心配しました。

    これまでも海岸沿いに数百メートル移動することはたまにあったのですが、
    そのときは名を呼べば姿を現してくれました。
    なので今回はあの“隧道”を通って、国道の反対側に行っていたのでは、
    と私は思っているのですが‥‥。

  13. wabi | URL | -

    いちこさんへ

    海岸猫はある日突然行方不明になりますから、日頃から心の準備はしていました。
    でもランは避妊手術の後、アスカと共に部屋に一泊させてたせいで、
    情が移ってしまい気が気ではありませんでした。

    次の日は祈るような気持ちで海岸へ行ったので、無事な姿を見たときは本当に安堵しました。
    野良猫との係わりは精神衛生上良くないですね。

  14. wabi | URL | -

    荒野鷹虎さんへ

    前回同様、過分なお褒めにあずかり恐縮しています。

    私としては野良猫たちの生き様を出来るだけ偏見なく伝えているだけです。
    だから私自身、彼らの行動から感動を受けることもしばしばです。
    そして、学ぶことも実に多くあります。

  15. wabi | URL | -

    ミイコさんへ

    ランが姿を見せなかった日は本当に気をもみました。

    部屋に一泊させたことで、情がわいたこともありましたが、
    もしアスカ独りになったら不憫だなという思いも強かったです。
    ランとアスカは今、海岸猫のなかで一番仲の良い親子ですから、
    出来るだけ長く一緒に暮らしてほしいと願っています。

  16. wabi | URL | -

    ねこやしきさんへ

    仰るように海岸猫も様々で、終生同じ場所にいる猫もいれば、
    エリアを転々とする猫もいます。
    移動する猫の多くはオスですが、メスでもランのように生まれ育ったテント小屋を
    自ら離れる事例もあります。
    この際も、姉妹であるリンと何らかの確執があったのでは、と想像していますが、
    本当のところは分かりません。

    隧道の向こうは住宅地が近いので、トラブルに巻き込まれる可能性があり、
    私も心配しています。

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