生きること・死ぬこと その八

2014年03月09日 09:00

これまで私に対して頑なに警戒心を解かなかったキジトラだったが‥‥、
その姿勢に変化が表れた。


そして ”その時” は、思いがけない形で突然おとずれた。


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相も変わらず、キジトラは拙宅に日参してくる。


この日も夕刻に姿を見せたので、食事の用意をして彼を迎えた。
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ところが、なにか気に入らないことでもあるのか、キジトラは不機嫌そうな面持ちで玄関先に体を横たえたまま身じろぎしない。


器にあるのはいつもと同じ銘柄のカリカリであり、量にしても不足があるとも思えず、だから私の饗し方に落ち度はないはずである。
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それにキジトラに警戒心を起こさせぬよう食器を扉の近くに置き、さらに私自身は彼のパーソナルスペースを侵さない十分な間合いをとっている。


ここまで気遣って遇してもその場に留まっているのは、そもそも腹は減っていないということか。
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そうならもっと好適な寛ぐ場所があるだろうし、簡易ながら犬走りにはねぐらを設置してある。
私とてやるべきことが無くはなく、いつまでもこうしてキジトラに付き合っている訳にもいかない。



そこで、扉に猫が通れるだけの隙間をのこして、その場を離れようとしたときだった。
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キジトラはおもむろに玄関に入ってくると、食器に鼻を突っこんだ。
このように猫の考えは我々ニンゲンには読めないし、けっして意のままに行動してくれない。



そもそもニンゲンと猫の間に、いわゆる主従関係というものは存在しない。
その行動から推すと、彼らは少なくともニンゲンとは対等以上の関係だと考えているフシがある。

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ボスが率いる仲間と群れて暮らしていた犬は、ペットになってもリーダーを必要とし、家族の中での自分の序列を認識する。だが単独で生きてきた猫にはそんなヒエラルキーの概念はない。


食事を終えたキジトラは後ずさりながら外へ出ていく。
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そして、先ほどの場所へ再び体を横たえた。
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食器の中を見ると、食べた量はほんの僅かである。


この猫にはどこかに “親” がいて、食事を与えられていることは当初から承知していたが、では何が目的でこの家を訪れるのか、未だに私は分かっていない。
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融通無碍に生きる猫にその理由を尋ねても詮無いが、だがやはりこのキジトラとの出会いに宿命めいたものを感じている私の心には蟠りが常にある。


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しばらく毛繕いをしていたキジトラだが、やおら起き上がると従容として去っていった。


この日私は、母が床に臥して以来荒れるに任せていた庭の手入れをしていた。
“手入れ” といっても、ただ不用になった植木鉢やプランターを片付けたり、伸びすぎた枝を適当に切り落とすだけである。

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というのも私が去ったあと容易に空き家と気取られないよう、少しでも見栄えをよくしようと思ってのことだ。


作業の途中何とはなしに視線を巡らしたら、いつの間に来たのか、キジトラが玄関先にぽつねんと佇んでいた。
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「もうじき私はいなくなるけど、お前ならここで生きていけるよな」と私は自分に言い聞かせるように呟いた。


この家がある限り、私は今まで通りときおり帰ってくるつもりだし、また近い将来ここに移り住む可能性だってある。
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『 このキジトラの登場は、私が近い将来下さなければならない、ある決断に影響を与えるかもしれない 』と以前述べた “ある決断” とは、終の棲家の選択のことである。


この子の為に実家を選ぶ、ということはないが、選考する際の一つのファクターではある。
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が、おっさんの一方的な想いなど自分には関係ないとばかりに、キジトラは無聊そうに大きなあくびをした。


私はキジトラのにべ無い態度に嘆息しつつ玄関扉を開けた。
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私の挙動を凝視するキジトラの表情は殊のほか険しい。
「念のために言うとくけど、扉を閉めてボクを監禁しようなんてしょうもないことしたら、家ん中メチャクチャにするで」と威嚇しているに相違ない。



彼がいつ来てもいいように、食器にはカリカリと新鮮な水を常に用意している。
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このように私としては出来る限り歓待しているつもりなのに、それでも未だキジトラから相応の信頼を得られないことが、ちょっぴり悲しかったりする。


適切な表現ではないかもしれないが、『 親の心子知らず 』という諺が脳裏をよぎった。
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しかし前回も述べたが、こういう猫の素気ない蠱惑的なところが人をして魅了せしむるのも事実である。


「このままの関係でいい」と私は独りごちた。
キジトラと今以上に近しくなると、情が移り、結果別れが一段と辛いものになるだろう。

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それにかろうじて安定を保っている私の心の振り子が、またぞろ揺れ動いてしまう。


犬走りに置いてあった簡易ねぐら、少し強い雨が降れば用をなさなくなる。
そこで中身を亡父のウール製の衣類に替え、外にあるロッカーの中を空けてそこへ設置した。

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ここなら雨に濡れることもなく、寒さもある程度は防げるだろう。
このねぐらをキジトラが気に入るかどうかは分からないが、ねぐらを持たないほかの子が使ってもイイと思っている。



数日後の明け方のことだった‥‥。
母の緊急入院をきっかけに帰省して以来、私は仏壇がある座敷で起居している。

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この日もとうに起床していた私は、その座敷に寝転んで本を読んでいた。


ふとふり返ったら、部屋の中を覗きこんでいるキジトラと目が合った。
ちなみに私は目覚めると、キジトラの為にすぐに玄関の扉を開ける。

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だからキジトラが家の中へ侵入したこと、それ自体は驚くにあたらない。


しかし、これまで警戒して式台にさえ近づかなかった彼が、上がり框を越え廊下にまで足を踏み入れたのには正直いって驚いた。
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この直後、私が一歩足を踏み出したところ、キジトラは足早に外へ出ていってしまった。


さらに数日後の宵の口‥‥。
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キジトラは食事を終えると先日と同じように上がり框にあがり、マットに体を横たえた。
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前回の反省をこめて、彼のパーソナルスペースを侵犯しないよう気をつけた。


「そこが気に入ったのなら好きなだけいるがいい」そう言い残した私は迂回して座敷に戻った。
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しばらくして廊下に出てみたら、キジトラの姿は既になかった。
ここ数日のキジトラの行動をみて、私は思った。ひょっとしたら彼の心もまた、私同様揺れているのではないか、と。



翌日から天候が崩れ二日間雨が降りつづいた。
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雨を厭うキジトラは、その間一度も姿を見せなかった。


三日目の昼前には雨はあがり、鈍色の雲の合間から青空がのぞいていた。
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キジトラの姿を庭に認めた私は、外へ出ていった。
すると、まだ湿っているであろう枯れ草に横臥していたキジトラがおもむろに起きあがった。

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それから私の足許まで来ると、物言いたげな表情で私の顔を見あげる。


私は恐る恐るキジトラの頭に手を近づけていった。
なんとなれば、これまで何度か彼の体を触ろうとして、その度に猫パンチを繰りだされ、そのうちの何発かをくらって流血の憂き目に遭っているからだ。
ところが‥‥。





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意外なことに、キジトラはなんの抵抗もせずあっさりと私の掌を受け容れた。


私を見つめる名状しがたい彼の表情がなにを語っているのか、生憎私には読みとれない。
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こういうとき私の脳裏にはきまってある思いが浮かんでくる。
「村上春樹の小説に登場するナカタさんのように、猫語を完璧に習得できたらイイだろうな」と。



キジトラはとうとうその場に体を横たえた。彼が私に心を開いた瞬間である。
ただキジトラはこういう状況に場慣れしていないのか、動作が幾分ぎごちない。

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それに私をまだ完全には信用していない風で、視線は常に私へ注がれている。


やがて気持ちが和らいだのか、キジトラは腹を見せて体をクニクニしはじめた。
犬が腹を見せるのは服従の表現だが、猫の場合はそれと異なる。

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相手への信頼を意味しているが、大抵の場合「気持ちイイからもっと撫でろ」とか「なんか楽しいことをして遊んでくれ」と言っているのだ。
それもあくまでも自分はニンゲンより対等以上だと思っているから、懇願ではなく上から目線の強要である。



キジトラが突然態度を変化させ懐いてくれたことは嬉しいが‥‥、
手放しで喜んではいられない。
私の心の振り子が再び大きく揺れはじめたからだ。

加えて私は、実家を去る時期への早急な決断を迫られていた。





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コメント

  1. Sabimama | URL | cbwYL0zY

    この子の中の選択肢にいるのですね。
    その選択肢の上の方にいます。
    それは間違いない。
    数カ所の寄り合い所の中でも一番候補。
    そこの最終チェックに来ています。
    ここなら良いかな?どうかな?

    そんな考えを巡らしながら通っている。
    あのおばさんは居ないな、でもその後のニンゲンも平気みたいだな。
    その思案中・・・彼の最終チェックの思案中。
    そう感じました。

  2. ティフアニー(Ms mimi) | URL | -

    無言のうちにも思いやりによって繋がっていく・・・・凄いできごとですね。
    命を上から目線でなく対等におき 理解していこうとする愛と忍耐する心に、とても心魅かれました。。。わたしもにゃん子を飼っていたことがありますが、どうすることが、彼らのしあわせなの??と考えさせられることの多いもの!!  今度飼う時があるならこの記事のことを思い出そうと素直に感じています。素晴らしい記事に感謝。。。

  3. 俊樹 | URL | -

    愛猫タラに会いたくなって来ます。キジトラは猫はの中でも一番野生に近い種類ですね。

  4. シェイド | URL | iAn.OV3g

    ご無沙汰しています。

    彼との出会いは必然なんでしょうね。
    さくらちゃんとお母様が最後にWabiさんの為においていった
    想いなのでしょう、見える形として。。。

    いつも一緒にいるから、ちゃんと見守っているよと。
    いつ読んでも泣きそうになります。

    お互いの思いを勝手に載せてしまって。
    素晴らしい文章に涙です。

    きっと一緒にと思っているのは私だけでしょうか?
    体調を崩されませんように。。。

  5. ijin | URL | 7ozVZe.w

    何時も拝見しています

    私は病弱。
    私からはお尋ねしていませんが、ご訪問記録頂いた時拝見しています。
    素晴らしいブログです。
    だから、
    応援もしています。

  6. nekonekonyanko | URL | -

    こんにちは。
    少しずつですが読み進めていこうと思います。
    昨夜はシシマルさんの記事を読みました。
    しし丸という別な猫さまに以前ご縁があったものですから…。
    今後とも度々お邪魔させていただきます。
    宜しくお願いいたします。

  7. wabi | URL | -

    Sabimamaさんへ

    仰るように、このキジトラは検分をしているのだと思います。
    このニンゲンはボクの要望にちゃんと応えてくれるのか、
    ボクを偽っていないか、そしてこの家は居心地がいいのか、と。

    だから彼の方から少しずつ接近して、私の反応を見ているのでしょう。
    用心深く賢い子です。
    こういう性格になったのは、これまでの彼の生い立ちが影響していると思われます。
    何度もニンゲンに裏切られ酷い目にも遭ったのでしょう。

  8. wabi | URL | -

    ティフアニーさんへ

    たとえ言葉が通じなくても、人と動物は互いの態度で意思の疎通が可能だと思っています。
    その為には、仰るように彼らの目線で気持ちを推し測ることが必要です。
    彼らが何に拘り、何を望んでいるのか、そしてそれに対して自分は何が出来るのか。
    自問自答の連続です。

    記事でも述べましたが、生き物の命に軽重の差はなく原則的に“等価”です。
    だからこそ短く脆い命を、より尊重すべきなのだと私は考えています。

  9. wabi | URL | -

    俊樹さんへ

    ブログを拝見して、俊樹さんも私と同じ心の病を抱えていることを知りました。
    そして難病と闘っていることも。

    5年前に海岸猫(野良)を保護し一緒に暮らしていますが、
    今の私とって彼女は無くてはならない存在です。
    だから『タラコ』ちゃんとの別離は、さぞ辛かっただろうと拝察いたします。

    作家である俊樹さんからみれば下手な写真と拙い文章のブログで、まったく汗顔の至りです。

  10. wabi | URL | -

    シェイドさんへ

    こちらこそご無沙汰しています。

    現れた時期が時期だけに、このキジトラとの出会いが偶然とは思えず、
    私も亡くなった母とサクラの意志を感じずにはいられません。
    ふたりが、私の悲哀を少しでも和らげようとして‥‥。

    もしそうなら、その目的は達成されています。
    キジトラが訪ねてくるようになって、私の喪失感は少しずつ埋められていますから。

    私へのお気遣いありがとうございます。

  11. wabi | URL | -

    ijinさんへ

    ijinさんの写真には被写体への優しい眼差しが感じられるので
    訪問させていただいています。
    これは私の一方的な想いですから、その度に訪問返しをなさらないでください。

    それでなくても私のブログは更新が滞りがち‥‥、
    時折訪れるくらいでちょうどいいと思いますから。

    お体を大切にして、これからも素敵な写真を撮ってください。

  12. wabi | URL | -

    nekonekonyankoさんへ

    4コマ漫画のようなnekonekonyankoさんのブログ、
    拝見するたびについ微笑んでしまいます。

    私もそうですが、猫のいない生活なんて考えられませんね。
    猫と暮らしたことのない人は、猫がニンゲンを必要としていると
    思っているかもしれませんが、
    事実は逆で、ニンゲンが猫を必要としているのですから。

    こちらこそ宜しくお願い致します。

  13. nekonekonyanko | URL | -

    お返事コメントありがとうございます。
    正直こちらのブログを開くのは毎回【ヨッシャ―!】…と気合いが入ります。
    思い当たる数々の感情の起伏を思い出させるからです。
    えぐるような胸の痛み、理不尽さを再認識しなくてはならないからです。
    それでも読み始めると止まれなくなるのは、掛け値のない温かさも同時に感じるからだと思うのです。
    ホントにパワーがいるんですよ、コチラへ伺うの…(笑)
    でも、真実(ホント)のコトが一番イイ…と思い知らされるのです。
    溯り読みなのですが、不妊手術まで拝見させていただきました。
    通勤電車の中で読むと決めています。
    (止まらなくなるので)
    少しずつですみません。
    またコメントさせていただきますね。

  14. wabi | URL | -

    nekonekonyankoさんへ

    こちらこそ一つの記事に再度コメントをいただき恐縮しております。

    野良猫に係わっていると、楽しい出来事は稀で、大抵は悲しく辛い出来事に遭遇します。
    私もその度に胸が張り裂けるような悲しみ・怒りに襲われ、何度も野良猫と距離をおこうと思いました。
    でもやはり彼らのことが気掛かりで、会いたくなるのです。

    野良猫の問題は取りも直さず “命”の問題だと私は思っています。
    弱者である動物の命をどう扱うかで、ニンゲンの質が問われているのだと‥‥。
    残念ながら今の日本には、小さな命をゴミのごとく扱う人が沢山います。
    年間30万頭もの犬猫が殺処分されている国ですから。

    私はこのブログで読者の方を啓蒙するつもりなど毛頭なく、
    ただ、起こった事実に私の主観を交えて提示しているだけです。
    1匹でも多くの野良猫たちが幸せになるのを祈りながら‥‥。

    でも気合を入れなくては訪問できないブログ、私なら敬遠するかもしれません。(笑)

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