2年半振りの再会 (後編)

2015年02月01日 23:00

“ 臆病猫のビク ” に会いたいという私の願いは、2年半振りにようやく叶った。

ビクの元気な姿を確認できた私はほっと安堵の胸を撫で下ろした。

しかし‥‥。


重症とはいえないが、彼女は目を病んでいた。


湘南海岸、夕刻。
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ビクの身体を撫でながら、私の頭には様々な思いが駆け巡っていた。
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まず脳裏に浮かんだのは《 ビクはいったい誰の世話を受けているのだろう? 》という疑問だった。


東のエサ場を担当していたKさんは、世話をしている海岸猫がエリアから去ったのを機に海岸へ来なくなったと人づてに聞いている。
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しかしビクは以前と変わらない丸々と太った体型を維持している。ということは、十分な食事を与えられているはずだ。


食べ物を得られる機会が多い街中で暮らす野良猫と違って、海岸猫は定期的に給餌してくれるボランティアの人がいないと生きていけない。
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ただ臆病で警戒心の強いビクとて、生きるためならほかのエサ場へ出張ることもありえる。


しかしこのエリアで独り暮らしていることからも、やはり誰かがエサ遣りに通っていると考えた方が自然だろう。
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《 ではいったい誰が‥‥? 》結局私の思考は最初の疑問に回帰してしまう。


この日も食事を終えた直後なのか、空腹を訴える素振りをまったく見せない。
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ただ不可解なのは、エリア内にエサ場が見当たらないことだ。


給餌するのに紙製の器を用い、毎回処分するエサ遣りさんもいるが、それでも飲料水用の食器は置いてあるものだが‥‥。
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ここ数年は両親が相次いで他界したり、また私自身の体調不良が原因で、以前に比べて海岸を訪れる回数がめっきり減ってしまった。


当たり前のことだが、私が不在のあいだにも海岸猫を取りまく環境は変わり続けている。
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海岸猫の顔ぶれが替わりエリアの区分も不明瞭になり、そしてエサ遣りさんも入れ替わった。


そのせいだろうか‥‥、私が “ 海岸 ” から疎外されているように感じるのは。
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ほんの少しだが、陸に戻った際の “ 浦島太郎 ” の心境が分かる気がした。


爪研ぎを終えたビクは何かの気配を察知したようで、いきなり身構えた。
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耳をそば立て険しい目付きで防砂林の一角を見つめている。ビクの視線を辿って振り返ったが、私にはビクが何を見ているのか分からない。


胡乱な気配は消え去ったのだろうか、ビクは表情をやや和らげて開けた場所へ出てきた。
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しかし警戒を完全に解いていないのは、ビクの目が雄弁に語っている。
おそらくニンゲンの私には聞こえない “ 音 ” にビクは反応しているのだろう。



猫の耳は27もの筋肉、言うところの『 耳介筋 』で出来ている。
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だから猫の耳はパラボラアンテナのように方向を自在に変えられるのだ。それも左右別々に前後180度の角度で動かせる。


ちなみにニンゲンの耳の筋肉は三つだけで、またその筋肉も退化しているため耳を動かせるのは10人にひとりくらいだ。
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ビクは何かを見つめている風だが、耳を見れば分かるように実際は後方の音に神経を集中している。


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おもむろに体を横たえたビクはしかし、まだ警戒を解いていない。


ビクが執拗に気にしている音の正体が何なのか、ニンゲンである私には分からない。
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私の耳に聞こえるのは海風とその風が樹木を揺らす音くらいだ。


2004年、ビクは東のエサ場で野良猫の母から生まれた。


野良猫の平均寿命は4~6歳というのが事実なら、10歳を迎えたビクは稀な存在だ。
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その10年間、ビクは様々な苦難に遭ったと推測されるが、とりわけ “ あの事件 ” はビクを危殆に瀕しさせた出来事だったと思われる。


想像するだにおぞましい事件が起きたのは今から8年前‥‥、
ビクが2歳の時だった。



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ボランティアのKさんは、その日も日課である海岸猫への給餌のために海岸へやって来た。

おそらくKさんの目には、海岸の風景がいつもと変わらない平穏なものに映っただろう。

だがKさんはじきに、信じがたい異様な光景を目にすることになる。


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Kさんの到着を前もって知っていたかのように、エサ場にはすでにビクの姿があった。

ところがビクはとても奇態な姿をしていた。


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ビクは頭に細長い棒状のモノをくっつけていたのだ。

訝ったKさんがよく見ると、その棒はビクの小さな頭を貫いていることが分かった。

驚いたKさんは棒を握ってビクの頭から抜こうと試みたが、頭蓋骨を串刺しにしている棒はぴくりとも動かない。


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自分の手に余ると判断したKさんは、すぐにビクを動物病院へ連れて行った。

医師によって抜き取られた棒の正体は “ ボウガンの矢 ” だった。

つまり誰かが故意にビクをボウガンの標的にしたのだ。


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ビクはしかし、奇跡的に一命を取りとめた。

ボウガンの矢は頭の部位に致命的な傷を負わせていなかった。運が良かったと言うほかない。


この出来事はKさんから直接聞いた実話である。


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この地球上で最も残忍酷薄な生き物、それは間違いなく我々ニンゲンだ。


強い者が弱い者を餌食にする、 “ 狭義の食物連鎖 ” の上位捕食者であるライオンでさえ、満腹の時はたとえ獲物が目の前にいても食指を動かさない。
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それなのに‥‥、ニンゲンだけだ、慰みに無辜な弱者を虐待したり命を奪ったりする生き物は。


弱肉強食は自然の摂理だが、自分たちが生殺与奪の権をほしいままに握っていると心得違いしているのもまた、ニンゲンだけだ。
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かかる卑怯な犯罪者はいずれ地獄の業火で焼かれる運命とはいえ、この世でも相応の報いを受けるべきだ。


初めてボウガン事件の顛末をKさんから聞かされた私は、ビクが臆病になったのはこの事件が原因だと思った。
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しかし猫と交誼を続けていくうちに、彼らの性格形成はそんな単純なものではないことが分かるようになった。


だから今はビクの臆病な性格が先天的なものなのか、それともボウガンの矢で頭を射抜かれた事件の衝撃が影響しているのか私には判断できない。
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いずれにしろビクの臆病な性格は変わらないが、あんなむごい目に遭いながらもビクはニンゲンを慕い、愛情を求め続けている。


2年半も会っていなかった私のことをちゃんと憶えていて、以前と同じようにこうして身を委ねてくれる。
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《 九死に一生を得たビクにはぜひ長生きしてもらいたい 》と私は強く願った。


ビクはいきなり私から離れると、防砂林の奥へ逃げ込んでしまった。
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「ビク、ごめんよ、驚かせてしまって」私は自戒の念を込めてビクに謝罪の言葉をかけた。


ニンゲン同士でもままあるだろう、良かれと思ってしたことが却って相手の機嫌を損ねてしまうことが‥‥。
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ビクの身体を撫でている行為に乗じて、私はティッシュをポケットから取り出し、ビクの目にこびり付いた目ヤニを拭おうとしたのだ。


猫は保守的な生き物で変事を厭い、環境が急変したり相手がいつもと違う行動をとると敏感に反応する。
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ビクもまた、私の行動に常ならぬものを感じたから急いで私から離れたのだ。


爪研ぎには古くなった爪を剥ぎ武器である爪を尖らせるという実際的な目的と、ストレス解消や気分転換をするという精神的な目的がある。
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この時のビクの目的は明らかに後者で、昂ぶった気持ちを鎮めるために爪を研いでいるのだ。


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爪を研ぎ終えたビクは私を一顧だにしないで、防砂林のさらに奥へと歩き去ってしまった。


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こうして少し気まずい別れ方をしたが、ビクに会えた喜びで私の心は充足していた。


『 猫は三年の恩を三日で忘れる 』とか『 犬は人につき猫は家につく 』などと猫が薄情なように言われているが、これらはニンゲンの認識不足による妄言虚言の類である。

前述したように環境の変化が苦手なだけで、猫は情に厚く、受けた恩もしっかり憶えている生き物だと分かってもらえただろう。



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コメント

  1. orenge | URL | iAn.OV3g

    仰るように人間ほど酷い生き物はいませんね。
    無益な殺生をするのも人間ですし、wabiさんのように心優しき人もいますが。
    新聞記事などでありましたね。捕獲して病院へ連れて行ったとか。。。
    最近はあまり聞きませんが、その代わり虐待が…変質者が増えているのでしょうか?

    今我が家のワンコが具合が悪いのでこの子の様子も気になります。
    目ヤニでも触られるのが嫌なんですね。やはり不安なんでしょうね。(溜息)

    これから寒さが一段と厳しくなります。
    海岸は余計に風も冷たいのではないでしょうか?
    どうかご無理なさいませんように。

  2. マライヒ☆ | URL | -

    以前、犬の散歩をしてた時に、茶色の首輪をした犬が近寄ってきました。
    ところが、それは首輪ではなくて・・・血の跡でした
    人でなしが、犬の首にワイヤーを巻きつけたんです
    私はどうする事も出来ずに、持参していた犬のおやつをあげて
    その場を去りました
    哀しかったです。 こんな酷いことをする人間が確実に
    いるんですよね・・・人間は残酷
    ビクちゃんは、どなたか優しい方にご飯を貰っていると思います

  3. くまさつお母さま | URL | LFBiOYFc

    寒い季節は外で暮らさざるを得ない猫たちのコトが気にかかります。
    それなのに、ボウガンですか…?!
    動物や幼児虐待…。
    弱いモノを標的にするなんて!怒りでカラダが震えます。

    ただ、丸々と太っているビクさんを見ると、
    それでも悪いニンゲンばかりではないとわかってくれているのかな…。
    そうであってくれますように。

  4. wabi | URL | 0MXaS1o.

    orengeさんへ

    動物はニンゲンを裏切りません。
    裏切るのは決まってニンゲンです。

    昨今の事件を鑑みてもニンゲンの残忍さはとどまるところを知りません。
    記事にも書きましたが、この世でもっとも残酷なのはニンゲンなのは明白です。
    でも‥‥。
    もっとも慈悲深い生き物になれるのもニンゲンだと思っています。
    私はすべてのニンゲンが自分の命と同じように他者の命を大切にするように
    なってほしいと願っています。

    お気遣いありがとうございます。
    寒さ厳しい折、orengeさんもご自愛してください。

  5. wabi | URL | 0MXaS1o.

    マライヒ☆さんへ

    おっしゃる様に残酷なニンゲンは実際にいます。
    それも普段は素知らぬ顔をして社会に紛れているはずです。
    こういう輩は弱い者を苛めるだけで強い者には何もできません。

    他者の命を弄ぶ者はいずれ自分の命もぞんざいに扱われる羽目に遭うはずです。
    現代社会はあらゆる分野で格差が広がっていますが、命の重さはだけは
    みな平等であるべきだと思います。

  6. wabi | URL | 0MXaS1o.

    くまさつお母さまさんへ

    私は現場にいたわけではありませんが、ビクの身体を撫でるたびに、
    小さな頭にボウガンの矢が刺さっている光景を想像して心が凍ります。

    本当に強い者は弱者を守るのが役目であるはず。
    だから弱い者いじめをする輩の正体は、卑怯な小心者だと思います。

    ビクは愛すべき子です。
    あんな酷い目に遭っていながら、以前のエリアにいる時には
    私が訪ねるとたいてい最初に姿を現してくれました。
    そして今回のように地面に腹ばいになって背中を撫でて、とねだるのです。

  7. おこちゃん | URL | -

    wabiさんに 撫でられている姿からは
    とてもそんな惨いことがあったとは、想像ができません。
    それだけに 尚更、健気なビクちゃんが 愛おしく感じられます、、。
    。。。10歳位には 見えないですネ。
    長生きして貰いたいです。。

  8. wabi | URL | 0MXaS1o.

    おこちゃんさんへ

    ビクは胴に対して足が短いユーモラスな体型をしています。
    そしてトコトコと歩いてきて人の足許に腹ばいになり
    身体を撫でてと要求してくるのです。
    その仕草があまりに可愛いので、そうされた人はついつい時間をかけて
    彼女の身体を撫でてしまいます。
    それもあって、ビクの毛並みは家猫のように艷やかなのかもしれません。

    なのでビクには家猫と同じくらい長生きしてほしいと、私も思っています。

  9. ケン | URL | -

    wabiさん こんばんは^^

    以前のボランティアのKさん、どうしてやめてしまったのでしょうか?
    約8年間くらい続けていたと思うのですが、急にやめる理由がわかりません。
    あの方は、猫だけでなく、カラスにもエサをやっていました。
    人間的に非常に良い方でしたが、急にやめられたという事を聞き、たいへん残念です(-_-;)

  10. wabi | URL | -

    ケンさんへ

    Kさんが海岸猫の世話をやめたというのは、飽くまでも知人の話です。
    なので私が確証を得ているわけではありません。
    ただ東のエサ場が機能していないのは、食器などが無くなったことからも
    本当のようです。

    実は私自身も、Kさんが長年つづけたボランティア活動を簡単にやめたとは
    思えないのです。
    新しい情報が入ったらブログでご報告いたします。

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