夕暮れの情景 (前編)

2015年05月02日 16:00

至極当たり前のことだが、ブログの更新頻度は私の体調と密接に関連している。

つまり更新の間隔があいているのは調子が落ちている証左である。

症状のなかでブログを更新する際に障害となるのは、まず何を主題にするのか判断がつかないこと、そして文章作成に集中できないこと、さらに集中できてもその状態が持続しないことだ。

『 SSRI 』は上限まで増薬されていて、薬物治療の効果はこれ以上望めない。

ブログの一時休止も念頭にあるが、いましばらく抗ってみたい。

それでも、もしなんの予告もなく更新が止まったら(当ブログの場合その判断は極めて難しい)、私の症状がさらに悪化したと推察してほしい。


湘南海岸。
太陽はすでに稜線の向こうに没し、残照が西の空を茜色に染めている。





シシマルエリアからの帰途、被写体となる風景を探していると、知らぬ間にランが背後に忍び寄っていた。



「ラン、元気だったのか」
いつものように私が自転車のスタンドを立てた音を聞き付けたのだろうか。



ランは毎日ボランティアの人から食事を与えられている。

だから私から食べ物を貰おうとして近づいてきたわけではない。


実際、ここへ移り住んでからのランは私が猫缶を与えても、申しわけ程度に口を付けるだけだ。

つまりランは純粋に私に会うために、安全な防砂林から出てきてくれたのだ。
ランの気持を思うと、眼球の奥がじわりと熱くなる。



私はランに会うたびに自責の念にかられる。なんとなれば不妊手術を受けさせるために一緒に捕獲した息子のアスカは、私が神奈川を離れているあいだに行方不明になったからだ。       (詳細はカテゴリ「不妊手術」を参照



「さーて、ニンゲンも少なくなったことだし、砂浜に降りてみようかしら」と言っているようにランは再び大きく伸びをした。


と、その時、ランが天敵と見做している犬が背後に現れた。



犬の方はランの存在などまるで気に留めていないが、ランは一瞬で警戒モードに入り身構える。


過去において、ランに犬を敵視させるどのような出来事があったのか私は知らない。





犬と猫だっていくつかの条件が揃っていれば、喧嘩などせず互いに寄り添って生きていける。

日本では仲が悪い喩えとして『 犬猿の仲 』という慣用句が使われるが、『 犬猫の仲 』という言葉はない。

しかし、そもそも『 犬猿の仲 』だって語源のはっきりしない、極めて信憑性の低い慣用句だ。



この動画を観れば分かるように、無垢な仔犬は尻尾を振って生まれたばかりの猿の赤ん坊に近づいている。仔猿も警戒する素振りすら見せないではないか。


「ニンゲンは自分たちが妬んだり恨んだりして仲が悪いものだから、ほかの動物にかこつけて揶揄するズルい生き物なんだ」

「お前だって生まれたばかりの仔犬を見たら、母性本能が目覚め世話をするはずだ」


私はランの緊張をほぐそうと思い背中をそっと撫でてみた。

飼い猫でも背後から触れられると驚くものだが、ランは耳を僅かに動かしただけで身動ぎしない。まるで私が触れるのを前もって知っていたかのように。



と、その時である。気配を感じたのでふと顔を上げると、我々に近づいてくる人影が私の視界に入ってきた。

ランも見知らぬニンゲンの接近を察知し、防砂林へ戻ろうと慌てて波消しブロックを登っていく。

よく見ると、その人は瞳を輝かし満面の笑みをたたえながら階段に佇んでいた。

そこで私はランに向かって声をかけた。「ラン、逃げなくてもいいよ、この人は大丈夫だから」

その人は私とランの様子から自分がどういう行動を取ったらいいのかすぐに了解したようで、笑みを浮かべたまま静かに歩み寄ってきた。











そしてランの傍らにしゃがみ込むと、ランの身体を優しく撫で始めた。しかし初対面のふたり、撫でるほうも撫でられるほうもいくらか動きがぎこちない。



ここに至って私は気が付いた。ブルーのランニングウェアに身を包んだこの女性、さっきテラスで海を眺めていた人だ。



ランもこの女性が害意を持っていないと分かったようで、気持ち良さそうに身を委ねている。


実はこのカットを撮る直前に私は一瞬迷ってしまった。何に迷ったかというと、ランと若く美しい女性のどちらにピントを合わせるべきか心が揺れたのだ。

で、結局どちらにピントを合わせたか、それは写真を見て判断してもらいたい。ただし広角での撮影だし、ブログ用に縮小加工してあるので分かり難いと思うが。



ランニングウェアの女性が立ち去ると、海岸はいよいよ人気がなくなり、夜の気配が漂い始めた。





また何者かが近づいてきたのか、ランは眼を見開き体勢を整えた。


ランの視線の動きで分かるが、その何者かは私の背後をかなりの速度で移動しているようだ。



視線を砂浜に移してからも、ランは対象物から目を離さない。


体勢を低くし波消しブロックの陰に身を隠すラン。



ランが身の危険を感じるほどの相手とは何者なのか‥‥?。


ここで初めて私はランの視線を辿った。想像していた通りランが凝視していたのは犬だった。
しかもノーリードの大型犬だ。それに周りに飼い主らしき人影も見えない。






私は他人ごとながらノーリードの犬を見るたびに思う。

ノーリードの飼い犬が人に危害を加えたら、自分が傷害罪に問われることを飼い主本人は知っているのだろうかと。

そして刑事罰に加え民事でも賠償責任を問われることを、さらに犬が殺処分された前例があることを知っているのだろうかとも。







もし知らなかったら余りにも愚昧だし、知っての上なら度しがたい痴れ者である。

無論咬傷事故において飼い犬に責任はなく、利己的なニンゲンの行為で犠牲になるのは決まって弱者である動物だ。

昨今、飼い犬による咬傷事故が全国で多発しているのも飼い主のマナー低下が原因としか思えない。





咬傷事故に備えて保険に加入しているから大丈夫と高をくくっている飼い主もいるかもしれないが、被害者が死亡したり後遺症を負ったら、まともな神経を持つニンゲンであれば罪の意識は一生消えないだろう。





さて勘違いしないでもらいたいのは、様々な経緯があって野良猫の実情をこうして発信しているが、私は愛犬家でもある。というか、実は飼ったのは犬のほうが先なのだ。

それというのも、父が猫嫌いで最初に飼ったペットは保護した捨て犬だったし、以来実家にはいつも犬がいたからだ。

今でも左の頬と唇の上に微かに傷跡が残っているが、私は5、6歳の頃に隣家の犬に顔を噛まれて大怪我をした。

私は数人の大人たちによって病院に担ぎ込まれ、そこでは誰かが「狂犬病の検査を」と大きな声で訴えていたのを憶えている。

そんな目に遭っても私は犬を嫌いにならず、それから数年後に私自身が捨て犬を拾うことになるのだ。


ランの表情は険悪で、大型犬を見つめていると思われる眼には警戒を怠らない決意が見受けられる。





その視線はさっきと反対に移動している。


そこで私は後ろを振り向いた。
すると階段を駆け登ってくる黒い大型犬の姿が目に入った。




どうやら飼い主は砂浜を見下ろす道路に留まり、飼い犬に取って来るように指図して、ボールを砂浜に放ったようだ。


そんな無謀なことをする愚物を私は敢えて見なかった。なんとなれば、顔を見れば苦言を呈したい情動にかられると思ったからだ。



ただランには「よくそのニンゲンを憶えておくんだ。そしてその姿を見かけたら、いち早く安全なところへ逃げるんだ」と忠告した。


黒い犬が遠ざかって安心したのだろう、ランは砂浜に向かって階段を駆け降りていく。



「ラン、待ってくれよ、置いてきぼりはとはつれないなぁ」
私もランの後を追って砂浜に降りていった。



〈つづく〉



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コメント

  1. おこちゃん | URL | -

    こんばんはー。
    環境が整えば 仲良く出来る。そうですね。
    うちで預かっている子😺、仲良くなれましたよ!🐶😺😺
    夫も子供の時に、犬に頭を咬まれ今でも大きな傷が数ヶ所残っています。
    命も危険だったそうです。
    しかし、その後、その傷だらけの頭が、冷やかされる原因となり、辛い思いをして 中学卒まで、暗い子だったそうです。
    身体だけでなく心まで傷つけてしまうので、飼い主は気をつけなければなりませんね。
    Wabiさん お身体お大事にネ! (=^ェ^=)

  2. 無料で稼げる情報が満載 | URL | -

    初めて訪問いたします。

    ランちゃんの生涯が見えるようなブログですね。
    とてもいいと思います。

    うちにもそっくりの猫がいるので共感がもてました。

    女性との写真、どちらにピントを合わせるか迷いますね。
    私ならやはり猫と女性の手にピントを合わせるでしょう。

    好みのタイプの女性ならわかりませんが(笑)

    また訪問させていただきます。

  3. wabi | URL | 0MXaS1o.

    Re: タイトルなし

    おこちゃんさんへ

    ご主人は大変な目に遭いましたね。
    冷やかされたのが中学卒までということは、
    それまで丸坊主だったのでしょうか。

    私の通った中学校も男子は丸坊主が校則でした。
    禿げのことを方言で『びす』と言い、
    頭に目立つ傷跡がある子は「びす」と
    からかわれていました。

    身体の傷は癒えても心の傷はなかなか癒えまえん。
    病と一緒ですね。

  4. wabi | URL | -

    はじめまして

    無料で稼げる情報が満載さんへ

    私もうちにいる愛猫と似た毛色の子には
    特別な感情を抱きます。

    ランと女性のツーショットですが、やはりブログの性格上、
    仕方なくピントはランに合わせました。(笑

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